高校二年生、出会う
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「お姉ちゃん!!」
妹はいつも元気で大変素晴らしい。
そんなことを思いながら、騒々しく帰ってきた江を見つめる。
今日は鮫塚に行くと言っていたが、そこで何かあったのだろうか。それとも、凛に会えて嬉しかったとか?
くるくると回る思考回路、色んな可能性をあげていくが結局は本人の口から聞いたほうが早い。
まあ、それよりも。
「おかえり、江」
挨拶は大事にしないと。
「ただいま。……じゃなくて!」
「なに?」
「お兄ちゃん、水泳部入ってないって本当!?」
「そうなんだ。母さん、知ってた?」
「そうなんだ!?」
凛が水泳部に入っていないこと、そしてそれを片割れが知らないこと、知らせていないこと。さらに、知らないことに対して何も感じていなさそうな姉。
衝撃の原因が細かく分かれて増えていく。
江の戸惑いと、衝撃の行先を失って静かになる様子に、名前は肩をすくめてやり過ごす。
「あら、凛言ってなかったの?」
「初めて聞いた。まあ、でも好きなものをずっと好きでいるのも大変だろうし、……江」
「……うん」
「大丈夫だよ。あれだけ大好きな水泳を、凛が簡単に手放すわけない。ね?」
「そう、だよね」
「凛には凛の考えも思いもあるんだよ。……さ、ご飯の準備しよ」
何かを言いたげな江の視線を感じるが、名前は凛の行動に口を挟む気にはなれないし、しようとも思わなかった。
私はただずっと隣にいて、ずっと凛の選択を見てきた。
突拍子のない選択も、強い意志も。
私には全てが眩しかった。
見ることは叶わなかったが、小学六年生のあの時の大会は、凛にとってかけがえのない思い出であることは間違い無いのだから。
「そうだ、母さん」
「なあに?」
「ご飯食べた後、ちょっと外に出てくる。遅くならないようにする」
名前はただ、凛が輝く姿をこれからも近くで見ていたいだけだ。
廃墟と呼ぶに相応しい外観を見上げる。
寂れた外観。
ここが昔、多くの子どもや大人が集っていたなんて想像できそうもなかった。
凛も、昔は。
少しだけ息の切れた呼吸を落ち着かせ、端に自転車を停めた。
懐中電灯を片手に、開け放たれた扉から建物の中へと入る。
幸運なことに窓ガラスは割れておらず、中も荒らされた様子はなかった。
江は何度か入ったことがあるのだろうか。
「……」
初めて来たものだから、どこに行けば何があるのかなんて分からない。
手当たり次第、懐かしむ思い出もないくせに見て回った。
不思議と、凛がここに通っていたという過去があると思うだけで、僅かに心苦しくなる。
古びた写真が廊下に飾られ、当時の広告ポスターや優勝経歴があちこちに貼られており、色褪せて剥がれかけたものまである。
月日を感じる。
長い年月は、慈しみと寂しさを刺激する。
大きくなった自分の体、成長していく記憶に反して、取り残されたものは時間が止まったまま、さびれていくだけだ。
「……これ、父さん?」
欠けた額縁、色が薄れた写真が飾ってある。
いつのものだろうか。
記憶よりもずっともっと幼く、どこか凛に似ているその少年の笑みを見ていると、何故だか泣きたい気持ちになった。
そっと触れば、湿った埃が指の腹を不快に撫で付ける。
ティッシュか何か持って来ればよかった。
そう思ったが、無いものはない。
汚れた指先と目を奪うほど明るい笑みを浮かべる少年を見比べて、肺の中にある息を全て吐き切った。
額縁に指を伸ばす。
く、と額縁が壁から外れた。
「名前?」
肩が跳ねる。
その動きに連動して、腕が、指先が不自然に動く。
「……凛」
少年の笑顔は、壁を背にしたまま輝いている。
「お前、こんなところで何して……」
「それはこっちのセリフなんだけど」
「や、俺は、……つか、夜遅いのに一人で出歩くなよ。しかも、こんなとこ。変な奴が出たらどうすんだよ」
「大丈夫。それに、私もちゃんと気をつけてるよ。今日、ここに来たのは、……凛が来るかもしれないって思ったから」
片割れ。
生まれた時から、いや生まれる前から、命が母の腹の中で結びついた時から私と凛は時間を共にしている。
だからだろうか。
根拠のない勘、それもこと凛に関してはよく当たる。
「……はあ。あー、お前の前ではうまくいかねえ」
「そんなのこっちのセリフ。というか、凛は私の前でどうにかうまくしようとかそういう気持ちあったの?」
「うっせえ」
頬をぐい、とつねられる。
変な顔をした凛の照れ隠しのために犠牲になった頬は、少しだけ痛い。
「江、寂しがってた」
「……おう」
頬をつねる指の力が、わずかに緩む。
「気持ちの整理がついたら、会ってあげてよ」
「……おー」
しゅるしゅると指先が離れて行く。
カッコつけたがりの兄の姿を、江に見せてやりたい。
ふ、と堪えきれなかった笑みが溢れる。
「凛、父さんを見に来たの?それとも、違うもの?」
「……お見通しか。そーだよ、これ持って帰ろと思って」
「いいの?」
「どうせ壊されてゴミクズになるだけなら俺が持って帰っても問題になりゃしねえよ」
まあそれもそうか。
埃まみれの指先で、今度こそ額縁を壁から外す。
差し出した写真を凛は静かに受け取り、じっと見つめる。
「なあ、名前」
「なに」
「海、行かねえか」
「……いいよ」
きらきらと輝く瞳が懐かしい。
私と全く同じの色が、夢や希望をしっかりと見つめるその輝きはいつも私の心を満たしてくれていた。
沈んでいく、濡れていくその色に、どうかまた輝きが戻るようにと願うことしかできない自分にもどかしさを感じていたのも事実で。
空っぽの凛の手を、握った。
「行こ」
埃まみれの手だということは、すっかり頭から抜け落ちていた。
「わ、寒い」
「長居はしねえよ、風邪ひいたら困るしな」
「凛、水泳できなくなっちゃうからね」
「……知ってんのか」
「今日知った。江、すごいショック受けてた」
「あー、……そ」
潮の匂いが脳髄にまで広がる。
吹き付ける風の冷たさに震えていれば、凛が体を近づけてくれた。
大きくなった体は熱を持ち、握ったままの手のひらだけが熱くてたまらない。
江の名前が出るたびに、気まずそうに目を逸らすのが面白い。と思うのと同時に、申し訳ないと自覚しているのならさっさとプライドをへし折って会いに行けばいいのにとも思う。
お互いに触れている部分が熱くなる。
「水泳、嫌になった?」
ぽつりと、頭のどこにもなかった言葉が勝手に落ちていった。
ぴくりと、凛の体がわずかに跳ねた。
握っている手のひらが、指が、逃げるように引かれる。
「寒い、凛。離れないで」
「……ちっ」
私はただ、凛のことを近くで見ていたかった。
眩しく輝いて、自分と同じ色のくせに全く違う輝きを持つ片割れのことが、何よりも大事だったから。
だから。
頭の中になかった疑問が、言葉が、自分の口からこぼれ落ちて耳に入って驚いた。
それに。
「私、凛がどんな選択をしようと別になんでもいい」
でもそれは、嫌われたくないから。拒絶されたくないから、ただ傍観に徹していただけなのかもしれない。
「凛が夢を見て、夢に向かってる姿を見るのが好き。でも、それが苦しくてもうどうしようもないって思うなら、終わってもいいと思う」
「……」
「七瀬遙に会ったよ」
ぴくりと、また体が動く。
伏せていた瞳が、私を見つめる。
ぎらぎらと、燃え上がるその色に引き寄せられるようにして、凛の額に自分のものを重ねた。
「凛も、あの色に囚われているんでしょ?」
妹はいつも元気で大変素晴らしい。
そんなことを思いながら、騒々しく帰ってきた江を見つめる。
今日は鮫塚に行くと言っていたが、そこで何かあったのだろうか。それとも、凛に会えて嬉しかったとか?
くるくると回る思考回路、色んな可能性をあげていくが結局は本人の口から聞いたほうが早い。
まあ、それよりも。
「おかえり、江」
挨拶は大事にしないと。
「ただいま。……じゃなくて!」
「なに?」
「お兄ちゃん、水泳部入ってないって本当!?」
「そうなんだ。母さん、知ってた?」
「そうなんだ!?」
凛が水泳部に入っていないこと、そしてそれを片割れが知らないこと、知らせていないこと。さらに、知らないことに対して何も感じていなさそうな姉。
衝撃の原因が細かく分かれて増えていく。
江の戸惑いと、衝撃の行先を失って静かになる様子に、名前は肩をすくめてやり過ごす。
「あら、凛言ってなかったの?」
「初めて聞いた。まあ、でも好きなものをずっと好きでいるのも大変だろうし、……江」
「……うん」
「大丈夫だよ。あれだけ大好きな水泳を、凛が簡単に手放すわけない。ね?」
「そう、だよね」
「凛には凛の考えも思いもあるんだよ。……さ、ご飯の準備しよ」
何かを言いたげな江の視線を感じるが、名前は凛の行動に口を挟む気にはなれないし、しようとも思わなかった。
私はただずっと隣にいて、ずっと凛の選択を見てきた。
突拍子のない選択も、強い意志も。
私には全てが眩しかった。
見ることは叶わなかったが、小学六年生のあの時の大会は、凛にとってかけがえのない思い出であることは間違い無いのだから。
「そうだ、母さん」
「なあに?」
「ご飯食べた後、ちょっと外に出てくる。遅くならないようにする」
名前はただ、凛が輝く姿をこれからも近くで見ていたいだけだ。
廃墟と呼ぶに相応しい外観を見上げる。
寂れた外観。
ここが昔、多くの子どもや大人が集っていたなんて想像できそうもなかった。
凛も、昔は。
少しだけ息の切れた呼吸を落ち着かせ、端に自転車を停めた。
懐中電灯を片手に、開け放たれた扉から建物の中へと入る。
幸運なことに窓ガラスは割れておらず、中も荒らされた様子はなかった。
江は何度か入ったことがあるのだろうか。
「……」
初めて来たものだから、どこに行けば何があるのかなんて分からない。
手当たり次第、懐かしむ思い出もないくせに見て回った。
不思議と、凛がここに通っていたという過去があると思うだけで、僅かに心苦しくなる。
古びた写真が廊下に飾られ、当時の広告ポスターや優勝経歴があちこちに貼られており、色褪せて剥がれかけたものまである。
月日を感じる。
長い年月は、慈しみと寂しさを刺激する。
大きくなった自分の体、成長していく記憶に反して、取り残されたものは時間が止まったまま、さびれていくだけだ。
「……これ、父さん?」
欠けた額縁、色が薄れた写真が飾ってある。
いつのものだろうか。
記憶よりもずっともっと幼く、どこか凛に似ているその少年の笑みを見ていると、何故だか泣きたい気持ちになった。
そっと触れば、湿った埃が指の腹を不快に撫で付ける。
ティッシュか何か持って来ればよかった。
そう思ったが、無いものはない。
汚れた指先と目を奪うほど明るい笑みを浮かべる少年を見比べて、肺の中にある息を全て吐き切った。
額縁に指を伸ばす。
く、と額縁が壁から外れた。
「名前?」
肩が跳ねる。
その動きに連動して、腕が、指先が不自然に動く。
「……凛」
少年の笑顔は、壁を背にしたまま輝いている。
「お前、こんなところで何して……」
「それはこっちのセリフなんだけど」
「や、俺は、……つか、夜遅いのに一人で出歩くなよ。しかも、こんなとこ。変な奴が出たらどうすんだよ」
「大丈夫。それに、私もちゃんと気をつけてるよ。今日、ここに来たのは、……凛が来るかもしれないって思ったから」
片割れ。
生まれた時から、いや生まれる前から、命が母の腹の中で結びついた時から私と凛は時間を共にしている。
だからだろうか。
根拠のない勘、それもこと凛に関してはよく当たる。
「……はあ。あー、お前の前ではうまくいかねえ」
「そんなのこっちのセリフ。というか、凛は私の前でどうにかうまくしようとかそういう気持ちあったの?」
「うっせえ」
頬をぐい、とつねられる。
変な顔をした凛の照れ隠しのために犠牲になった頬は、少しだけ痛い。
「江、寂しがってた」
「……おう」
頬をつねる指の力が、わずかに緩む。
「気持ちの整理がついたら、会ってあげてよ」
「……おー」
しゅるしゅると指先が離れて行く。
カッコつけたがりの兄の姿を、江に見せてやりたい。
ふ、と堪えきれなかった笑みが溢れる。
「凛、父さんを見に来たの?それとも、違うもの?」
「……お見通しか。そーだよ、これ持って帰ろと思って」
「いいの?」
「どうせ壊されてゴミクズになるだけなら俺が持って帰っても問題になりゃしねえよ」
まあそれもそうか。
埃まみれの指先で、今度こそ額縁を壁から外す。
差し出した写真を凛は静かに受け取り、じっと見つめる。
「なあ、名前」
「なに」
「海、行かねえか」
「……いいよ」
きらきらと輝く瞳が懐かしい。
私と全く同じの色が、夢や希望をしっかりと見つめるその輝きはいつも私の心を満たしてくれていた。
沈んでいく、濡れていくその色に、どうかまた輝きが戻るようにと願うことしかできない自分にもどかしさを感じていたのも事実で。
空っぽの凛の手を、握った。
「行こ」
埃まみれの手だということは、すっかり頭から抜け落ちていた。
「わ、寒い」
「長居はしねえよ、風邪ひいたら困るしな」
「凛、水泳できなくなっちゃうからね」
「……知ってんのか」
「今日知った。江、すごいショック受けてた」
「あー、……そ」
潮の匂いが脳髄にまで広がる。
吹き付ける風の冷たさに震えていれば、凛が体を近づけてくれた。
大きくなった体は熱を持ち、握ったままの手のひらだけが熱くてたまらない。
江の名前が出るたびに、気まずそうに目を逸らすのが面白い。と思うのと同時に、申し訳ないと自覚しているのならさっさとプライドをへし折って会いに行けばいいのにとも思う。
お互いに触れている部分が熱くなる。
「水泳、嫌になった?」
ぽつりと、頭のどこにもなかった言葉が勝手に落ちていった。
ぴくりと、凛の体がわずかに跳ねた。
握っている手のひらが、指が、逃げるように引かれる。
「寒い、凛。離れないで」
「……ちっ」
私はただ、凛のことを近くで見ていたかった。
眩しく輝いて、自分と同じ色のくせに全く違う輝きを持つ片割れのことが、何よりも大事だったから。
だから。
頭の中になかった疑問が、言葉が、自分の口からこぼれ落ちて耳に入って驚いた。
それに。
「私、凛がどんな選択をしようと別になんでもいい」
でもそれは、嫌われたくないから。拒絶されたくないから、ただ傍観に徹していただけなのかもしれない。
「凛が夢を見て、夢に向かってる姿を見るのが好き。でも、それが苦しくてもうどうしようもないって思うなら、終わってもいいと思う」
「……」
「七瀬遙に会ったよ」
ぴくりと、また体が動く。
伏せていた瞳が、私を見つめる。
ぎらぎらと、燃え上がるその色に引き寄せられるようにして、凛の額に自分のものを重ねた。
「凛も、あの色に囚われているんでしょ?」
