呪術
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きっかけなんて、大したことはない。
あり得ないことはあり得ないって誰かが言っていたし、死後の世界があると信じている身からして、特段驚くことでもなかったように思う。
二次創作を漁ってみるほどにハマっていた世界に飛ばされるとは思いもしなかったけど、紙の上の存在でしかなかった人物たちが、己の意思で笑って悲しんで喜んでいる姿はなかなか新鮮だった。
この人たちも生きているんだよなあ。と、関わって一年になるが笑ってしまったのは仕方のないことだ。
「なに笑ってんの?」
「いえ、すみません。ただ、もっと殺伐とした学生生活になりそうだと思っていたんですが良い意味で裏切られたなあと思いまして」
漫画とは、主要な人物と必要になってくる人物に焦点を当てて描かれている。だから、知らない人がメインキャラクターと仲が良くても転生してきた異物だとは思わない。
実際、名前も顔も知らない人が所謂メインキャラクターと仲良く喋っているところを結構見る。
そもそも、転生してきた人間かどうかなんてどうでも良い。ここで生きて、死んでいく。それだけなのだから。
この人たちと仲良くなれたのだって、たまたまの偶然にすぎない。
そう思っていた。
だから。
「は、?誰よあんた」
「?高邑名前です。貴方は?」
あからさまに歪められた顔に、あれ。と思った。
これは、他の転生者を許さない私こそ愛され系女子なのかなと面倒な臭いを感じ取ってため息を吐きそうになった。
嫌われストーリーをおっ始めても、きっとこの世界では意味をなさない。漫画の中での彼らは分からないが、私が生きているこの世界の彼らは、想像以上に情に厚い。義理堅い。その上、極めて冷静で物事を俯瞰的に考えることができる。年齢に見合っていない落ち着きは、さすがこの世界で生きているだけあるなと思う。
だから、ポッと出の人間ただ一人の言葉を真の髄まで信じ込むことはない。そう断言できる。
一生ないが、仮に私が彼女のことを嫌われ女に仕立てるための虚言を並べたところで、情に流されることはなく一つ一つ情報を集めて判断するだろう。
情に厚いが、感情に流されることはない。
私が、彼らと仲良くする上で欠かせない要素だった。
「私だけかと思ってたのに、はーあ」
「ああ、私は邪魔しないので好きなようにしてください。ただ、ここの人たちって本当に冷静なので誰かを貶めるような発言は控えたほうがいいかと」
「誰がそんなことするんだよ……ああ、私か。言っとくけど嫌われストーリーは嫌。リスク高いし、面倒」
「それはよかった。私も、面倒なことは嫌いなんです」
「夢女?あんた」
「前世は。今世は全く。というか、推しと世代が違うので狙いたくても無理というのが現実ですね」
「ああ、そっか」
「名前ーーーー!!何してんだよ!」
ここは廊下で、春の湿っぽい寒気に冷たくなった指を脳の内側で擦る。自分を自分自身でコントロールできる喜びは、この世界にきて初めて知ったものだ。
話し始めて、無表情になった彼女の顔がまた歪む。
「さっさと返事しろよ」
可愛い顔をしておっかない。
肩をすくめた。
「五条くん、任務お疲れ様。新しくできたお友達とお話ししてたんです」
「へえ。そんなんいいから、さっさと教室こいよ。菓子パーティ、早く来ねえと名前の分無くなるぜ」
「分かりました。すぐ向かいます。教えてくださってありがとうございます」
「ん」
しん、と再び静まった廊下の中で二人。
向き合うと、歪んだ顔のままの名前も知らない彼女が嫌そうに声をかけてきた。
「あのさ、」
「はい」
「私は、チヤホヤされたいわけじゃないけどみんなの心に残りたい。これという推しはいないけど、みんなのこと好きだから。好きな人には好きになってもらいたい。だから、一人の方が好都合だったんだけど」
きっと、彼女は私のことを見ていない。
「好都合、とは」
「はあ?分かるでしょ?救済。救済すれば手っ取り早い」
救済。
説明しよう、救済とは。
死ぬはずだったキャラクターを生かすこと。
病んでしまう狂ってしまうキャラクターを助けること。
その名の通り、助けるのだ。
「それ、半年後にもう一度聞かせてください。本当に救済したいのか否か」
「何でよ、半年後って、間に合わなくなるじゃない」
「いえいえ、間に合いますとも」
「ふうん?言っとくけど手助け、要らないから。愛されじゃなくてもいいけど、私以外の別モノがチヤホヤされてんのは普通にムカつく」
「わかりました」
貴方は、夢女ですか?なんて、きっと愚問だろう。
一つ下の女の子は、ぱりぱりでのりの効いた真新しい制服に身を包み、もう一度嫌そうな顔をして「さっさと死んでね」と表情に見合った言葉をくれた。
貴方が私よりも長生きできれば、それは叶いますよ。と、そんな言葉は飲み込んで了承の言葉を一つ。
軽く頭を下げ、慣れた廊下を歩く。
2年生の教室は、ここから少し遠い。
木造建築の校舎は、どうしても風をよく通すから指先が冷えなくなることはまだまだ先の季節。
「夢女かあ」
懐かしい言葉だな。
くるくる舞う桜の下は、きっと死体がゴロゴロ転がっているのだろうな。
「少しお時間いいですか?」
「今行く」
半年後になった。
きっと彼女は覚えているだろう。
謎の確信は、外れることはない。
「救済のことでしょ」
「はい」
ほら、覚えていた。
「半年みんなのそばにいて、わかった。どうしても助けたい。紙の上じゃない世界で、必死に生きている世界で、みんなが幸せになれるように、私がみんなに愛されるようにってそう思ったけど、なに?協力してくれんの?」
「ああ、いや。私は協力しません」
「あっそ。ま、協力なんかされたら私一人だけじゃなくなるからいいんだけど。なら、なに?これ。もう戻っていい?」
「その、救済のことなのですけど。やめませんか?」
「は?」
困惑した顔は、私が救済について否定するとは考えてもいなかったことを教えてくれる。
私は、彼らを救済しようとは思わない。
死んでも生きても、この世界では当たり前のことで。死んだ時は、それは彼らが弱かった。ただそれだけのことなのだから。
死んだとしても、特別騒ぎ立てるものでもない。死と隣り合わせで生きていく。それは、呪術師になると決まった頃から定められた運命だ。
生まれた頃から呪術師として育てられてきた。
想像以上に女に厳しく、辛い世界なのだと知った。
少しでも鍛錬を怠り、慢心し、気を抜けば殺されることを知った。
「必要がないと、そう言っているんです」
「必要がないって、……正気じゃない。あと少しで星漿体の任務があって、そこで失敗して」
「助けるんですか?伏黒甚爾を、黒井を、天内理子を」
「当たり前でしょ!!?何が起きて、誰かが死ぬってわかっているのに助けないなんてあり得ない!」
「目に見えるすべてを、知っているすべてを助けることは叶いません。というより、その助けるという選択が本人たちにとって必ずしも救いになるとは限らない。そう思いませんか」
「は?」
「そもそも、人一人の命を、亡くなるはずだった命を奪うことは一体どれほどの辻褄を狂わせるのか考えたことはありますか?ああ、考えたことがあれば、気軽に助けるなんて言わないですよね」
救済に何の意味があるのか。
救済。考えたことは一度だけある。しかし、その二つの漢字から導き出されるこれからのことを考えれば、あまりにもお粗末で自分の都合で創り上げられる未来にしかつながらない。
死ぬ瞬間は決まっていると思う。
事故で死んでも、病気で死んでも、死因は様々だが全ての死ぬという事象において偶然であることはなく、すべて生まれた時から定められていると。
それならば、定められた運命を覆すのは無謀なことではないか。いや、帳尻を狂わせ、未知の被害を引き起こす可能性があるほど、恐ろしいことだ。
救済することでマイナス1になったものを、ゼロにするために果たして同じだけの量を注ぎ込めばゼロになるのか?答えは否だ。勝手に計算を狂わせた利子が付いてくるから。
一人の命を勝手に助け、狂った帳尻を合わせるために一人の命を捧げたところでどうにもならない。足りない。不足してしまう。
等価交換だとどこかのアニメが言っていたように、命のやりとりは、神が支配する
「誰かを救いたいなら、違う誰かの命を引き換えにしないと。私たち、お金を払って物を買うでしょう?それと同じです。“ただ”より高いものはない。なんの犠牲も無しに誰かを救えるなんて、それこそ夢物語の中だけですよ」
「何言ってんの……?じゃあ、見殺しにしろっていうの?死ぬことが分かっているのに、離反するって分かっているのに、死ぬ理由も苦しんでいる理由もわかっているのに!?」
「一つだけ。私たちは神様ではありません。必死に働いたところで、こぼれ落ちて行く命は助けることができません。ただ、これから起こる未来を知っているだけ。ここは、自分の都合で何もかもを良いように変えれる二次創作ではありません。現実です」
「そんなの分かってるわよ!!!」
嫌われストーリーは嫌だと言う。
私も面倒だから嫌だ。
それに、きっと彼らはただ一人の言葉に、一面でしか見えない情報に、踊らされることはない。
これは、関わって初めて知ったことだ。
だから、たとえ彼女が嫌われストーリーを創り上げたい人間だとしても特に危機感はなかった。
彼らは生きている。
自分の意思で選択をし、その選択の連鎖によって繋がる未来を一つ一つ歩んでいる。
それを、邪魔することなどできない。
生きて、選択しているのは彼ら自身だ。
ぎ、と睨みつけられれば困ってしまう。
人と関わることは、得意ではないから。
前世の記憶はあるが、前世よりも濃い人生のおかげで考えも性格もこちらに染まっている気がする。それは当然で仕方のないことだけれども、少し悲しいのだ。
ただの作品として楽しんでいた世界に生まれ落ちたために彼らを人間として見つめるには多少時間がかかったし、知識があるからこそ自分の人生をどう歩むかを悩むきっかけにもなった。
私は、ただ呪術廻戦という作品を楽しむ一人の読者としていることも好きだった。だから、少しだけ悲しい。
「もし、誰かを助けたとして。死ぬはずだった誰かを。そうなった時、他に影響がないと言えますか?その先、死ぬ運命が変えられず助けた人間が死んでしまったらどうしますか?死ぬはずだった人間を助けた時、もし誰かが犠牲になったとして、その人の人生と命はどうなるのでしょうか」
「そん、な、こと……」
「見殺しにしろとは、言ってません」
「は?でも、だって」
「誰かを助けて、丸く綺麗におさまると思いますか?」
「っ、おさめて見せるわよ!そのために、私は!」
「そうですね、おさまるかもしれません。綺麗に。ですが、断言できない未来はさらなる大きな影響を生み出すだけです。そうなれば、あなたは呵責に悩まされる。半年関わり、彼らが生きていることを実感して助けたいと啖呵を切るほど優しい心をもつあなたは、きっと耐えられない」
とん、と女の心の臓の真上を人差し指で叩いた。
心臓。
愛されたいと願うのは、きっと嘘じゃない。でも、この優しい一つ年下の女の子は、愛されたいという願いよりもこぼれ落ちる命に心を痛めているのだ。
優しくて優しくて、仕方ない心臓。
「っ舐めないで!!!」
即座に振り払われ、真っ赤にした顔で出す大きな声はこちらの世界に染まりきった心臓にはひどく新鮮で、とくとくと心地の良いリズムが頭の中を流れる。
「大切な人を守るためなら、何を犠牲にしたって構わない!!」
「ええ、そう言うと思っていました。あなたのことを、舐めているつもりもありませんでした」
すみません。
わずかに落とした視線の先で、蟻の行列があった。
「きっと、あなたは本心から助けたいと思っているのでしょう。ですが、私はそれを傲慢だと言い切ります。傲慢です。あなたは。彼らが、彼ら自身が選んで積み重ねるはずだった人生を、あなたの都合の良いように捻じ曲げることになると分かっていますか?」
「だから、助けることで、彼らにとって良いことが」
「彼らにとって?あなたにとってではなく、ですか?」
おしゃべりはあまり好きではないが、ここで言っておかなければ駄目だ。逃げて良いことなんてない。
これは、この世界で生きて学んだことだ。
手足がとんでも、腹に穴が空いても、立ち向かわなければ駄目なのだと。
「彼らにとって、──夏油傑にとって離反することなく、呪術師であり続けることが良いことですか?五条悟は、夏油傑の離反なくして私たちの知っている五条悟になり得るのでしょうか?伏黒甚爾が生きている状態で、果たして彼は五条悟に伏黒恵の存在を明かすことはあったのでしょうか?あの時、理子を守りきれていれば夏油傑の非術師嫌いは防げたのでしょうか?あの時、一年生二人の任務の等級を正し、または誰かがついて行くことで灰原雄の死を防げていたらば、七海建人が五条悟だけで十分だと言うことは防げるでしょうか?」
「……そんなの、私に聞かれても、わかるわけないでしょう」
「そうです、わからないことばかりなんです。もしかしたら、夏油傑は呪術師であり続けることを望むかもしれない。五条悟は夏油傑と切磋琢磨し私たちの知っている五条悟になり得るのかもしれない。伏黒甚爾は、五条悟に伏黒恵を託すのかもしれない。理子が生きていれば、わずかにでも夏油傑の非術師嫌いは緩和できたのかもしれない。灰原雄の死を防げば、七海建人は夏油傑に何かを言うことはないのかもしれない」
私たちは神様じゃない。
作者が紡ぐ物語を愛した読者でしかない。
そして今、私たちは神様になることはできないまま、前世とは違う力を手にして物語の中で生きている。
「原作を捻じ曲げ、未来が変わることを恐れていないと言えば、嘘になります。とても恐ろしいです。ですが、それよりも彼らが生きて、選択した人生を操るなと言いたいのです。あなたの言う良いこととは、あなたにとって良いことでしかない。みんなのため?いいえ、いいえ。違います。全部、自分のためですよね」
「っ、あんたもわからないでしょう!?絶対に悟には傑が必要だし、雄が生きていると建人は絶対喜ぶ!理子が生きているだけで、傑が離反するきっかけにはならない!それに、甚爾がいれば渋谷事変が起こっても戦闘力が多くて助かるじゃない!!」
「では、五条悟と夏油傑がお互いの本心をぶつけ合い、その上で夏油傑が呪術師を続けることを選択した場合。夏油傑の非術師嫌いが吹っ切れると?私は非術師が嫌いだからと曝け出して、呪術師である自分で心の底から笑えると?守るべきだと言った非術師を殺し、親を殺し、五条悟を裏切りようやく自分の世界を手に入れた男ですよ。親友がいる世界では、心の底から笑えなかったと言い残した男を、そんな世界に縛り付けるのですか?人一人の選択を捻じ曲げて、それがこの先の未来を知っているから、その未来が私にとって多くの人にとって辛く悲しいことだからと言い訳でもするつもりですか?」
私は、
「私は」
「見てきました。生まれが呪術師の家系でしたので、呪術師という多くの人を。そしてこの一年と半年、私は彼らと関わり、見てきました。あまりにも眩い日常は、入学する前のイメージとかけ離れていて、もっとこの日が続けば良いと願うことのない願いを抱くほどに」
「なら、なんでよ!!」
「私は、この日々が続けば良いのにと願った。けれど、その願いが当たり前のように誰かを傷つける願いであれば、それは願いではなく呪いに変わるのだと知ったんです。大切な人には、心の底から笑っていてほしい。もし、原作が彼らにとって間違いであるならばこの世界で、彼らはきっと違う選択をして、あなたの言う良い未来が来るはすです。この世界が、
「話が長くなりましたね」ポケットに入れていた財布を取り出して、自販機に紙を一枚入れた。
「何が飲みたいですか?」
「……なんでも、いい」
「では、オレンジジュースを」
「……」
がこんと、落ちてきたそれを渡せば青い顔のまま受け取る女を横目に、落ちてきたおつりを財布の中に戻した。
コインケースの中は、じゃらじゃらと硬貨が踊る。
いち、に、さん。残金を確認してポケットの中に戻した。
「この時期は、任務が立て込んでいてきっとお疲れでしょう。戻って休みましょう、そうした方が良いに決まっていますよ」
「私は、」
「……はい?」
「私は、絶対に救う。あんたの協力とか、最初から求めてないし。選択を捻じ曲げてでも、人生を狂わせたとしても、誰か他の人が犠牲になったとしても、私は助けたい!」
渡した紙パックが、女の手によってぎりぎりと締め上げられる。可哀想に、と思った。
「……先ほども言いましたが、私はあなたの意思を無下にするつもりはありません。したいのならば、すれば良い」
「……わかってる、聞いてたけどはっきり意思表明したかっただけ。じゃ、これありがと。もう行くから」
「これも二度目ですが、あなたの選択があなたを殺さないように、願っています」
「勝手に願っとけ、臆病者」
天内理子は生き、黒井は死んだ。
伏黒甚爾は、左腕を失ったものの生きている。
泣き崩れる理子を横目に、そしてこれからどうするのかを相談する彼らの声を聞きながら、現実はそううまくいかないなと思った。
ひっそりと呼び出された時、ああ助かったのかと察した。
だが、きっとこれからどうするのかは考えていなかったのだと知った。
「五条くんたちは、理子さんに逃げてほしいんですよね」
「ああ」
「……まあな」
「そう、そうですよね」
けっして逃げることができないようにロープやらなんやらでぐるぐる巻きにされた伏黒甚爾が、小さく鼻で笑った。
「お前ら、まじでガキだな」
「は?」
伏黒甚爾が何を指して、そのようなことを言っているのか私は知っている。
だけれども、これもきっと運命なのだ。
形の良い眉をあからさまに歪める五条悟に、伏黒甚爾はますます口角を上げ壁に寄りかかった。
「そいつ逃すと、誰かが天元と同化する。よかったなあ?優しくて、ジョウに溢れる奴らに助けてもらって。お陰様で、違うガキが捧げられるさ」
「っ、なんて事言うんだお前!!」
「はっ、誰か一人を助けたところで誰かが犠牲になるって言ってんだよ。おめでたい頭に覚えておけ。クソガキ」
そう、この世界では天元様は安定しない。
天内理子は助かった。しかし、天内理子は逃げる。
その次に捧げられるのは、私の妹であった。
だけれど、仕方のないことだ。もう、生まれた時から決まっていたことで、誰かを助けるために誰かが犠牲になるという伏黒甚爾の言葉は、すんなりと柔らかく私の心臓に吸い込まれていった。
誰かに言うつもりはない。
顔を歪ませ、俯いてしまった一つ年下の女は、きっと私の言葉を思い出すことを余儀なくされ、誰かも分からない捧げられる生贄に震えているのだろうと思った。
可哀想に。
人を、それも死ぬはずだった三人のうち二人も助けたのだからもっと誇れば良いものを。
「や、やっぱりワシは行く……」
「何言ってんだ理子ちゃん、君が行く必要はないよ」
「テメェ、こいつの目の前で変なこと言ってんじゃねえよ!」
「変なこと?事実だろ。そのクソガキが一番分かってんじゃねえか。自分が犠牲になるか、他人が犠牲になるか。戯言抜きで、よおく考えろ」
嘲笑。
片腕がないのに、よくもまあペラペラ喋る元気がある。
失笑。
伏黒甚爾のタフさには、驚かされる。
「逃亡先、私が手配しましょうか」
「できるのか?てか、そんなことしてお前怒られねえ?」
「全然。私が何をしていても、気にしませんよ。特に、今は」
「っ、あんたに手配させるのは嫌!先輩、先輩の力でなんとかなりませんか!?」
「は?名前になんか不満でもあんのかよ。こいつの家、それなりに力持ってるし金持ちだから大丈夫だろ」
妹が同化されることになった原因の女が、ぎりぎりと睨みつけてくる。
仕方のないことだ。
そう、仕方のないことだ。
生まれた時から決まっていたことで、誰かを助けるために私の妹が代わりになっただけ。
可愛い妹だった。
小さな手で指を握られた時、妹の運命を呪ったほどに愛おしい私の妹だった。
死ぬ時は決まっている。
これが妹の死場所なのだ。
「信用できないかもしれませんが、信じてください。決して、理子さんにとって不都合が起きることはありません」
「そーだそーだ」
「名前は君が思っているようなことはしないよ。それより、悟の家に任せた方が恐ろしい」
「おい。分かるけど」
仄かに香る、花の匂い。
私が妹にあげた、季節外れの金木犀の香水。
「お姉ちゃんの術式って、金木犀みたいで綺麗。大好き」そう言って、照れたように笑う顔を思い出した。
愛おしい妹。可愛い妹。
もう少し長くいたかったけれど、仕方のないこと。
「お姉ちゃん大好きだよ」柔らかく抱きしめた小さな体を、私はきっと、ずっと忘れない。
伏黒甚爾は、知っていたのだろうか。
私の妹が二番目に挙げられていた候補だということを。
怪訝な顔でこちらを見つめていた目は、手負いの獣よりも凶暴であった。
「おい」
「何でしょうか」
天内理子は、静かにその存在を隠した。
逃亡はうまくいった。
そして、伏黒甚爾は伏黒恵の存在を明かすとともに呪専に雇われた。
誰もいない廊下で、不機嫌な顔をした伏黒甚爾はあの頃よりも大きく見えた。
「テメェの妹だろ、天元の同化候補者」
「何故知っているのかは知りませんが、そうですね」
「妹より他人をとったのか」
あら、と思った。
漫画ではそんなこと気にしなさそうだったのに。
ああ、違う違う。ここは現実世界で、彼は生きているのだから、私が知らない彼の一部があっても当たり前のことで、それをおかしく思うことはあってはならない。
「……そういう、運命だった。それだけです。天内理子は生き延びることができたが、代わりに私の妹が天元様と同化した。伏黒先生言ってましたよね。誰かを助けるなら誰かが犠牲になる。それが実行されただけのこと」
「ちっ」
「妹のこと、私は心から愛していました。大好きでした。ですが、仕方のないことだったんです」
その日、天内理子が自死した。
サバイバーズギルトだと思う。
生き残ってしまった理由の模索に失敗し、生き残ってしまったが故の葛藤、罪悪感に怯える日々。
自分の身代わりになった誰かへの贖罪で眠れないと零していた痩せ細った体ではここまでが限界であったのだろう。
それらに丸め込まれ、彼女は耐えることができなかった。
安らかな死に顔だったと、聞いた。
二人助けた。
しかし、助けたうちの一人は死んだ。
一人が生き残るために、二人が結果として死んだ。
金木犀の香りがする。
もう会えない妹を思い出し、泣きじゃくる天内理子を思い出し、救済という運命を捻じ曲げる行為への恐ろしさを改めて知った。
心優しい彼女は、今、一体何を感じているのだろうかと頭の片隅で考えてみたが、結局何も分からないままだ。
その日。
四年生が死んだ。
原作では描かれていないから、これが救済による歪みなのかは分からない。
けれど、私を呼び出した張本人はひどく取り乱した様子で真っ青になった顔は、色のない唇を震わせていた。
「これ、これって、私のせいじゃないよね?違う違う違う違う、私のせいなんかじゃない!!!」
「どうしたんです?今日は随分とお喋りですね」
「甲斐田先輩が死んだのは、弱かったせい!!そうでしょ!?」
「はい。彼の方が弱かったせいで死にました。他に気になることは?」
優しかった甲斐田先輩。
そうか、死んでしまったのか。
「大丈夫。仕方のないことです。この世界では、多くの人が死んでいく。それだけのことです」
「私のせいで、ちがう、私のせいなんかじゃない、弱かったせいよ、弱いせいで死んでいくんだ!!!!」
その日、伊地知清高がしんだ。
灰原雄を救った日だった。
灰原雄が死ぬはずだった日。
「私は悪くない、そうでしょ!?!?」
「はい。あなたは何も悪くありません。死ぬはずだった同級生を助けました。ただ、それだけです」
夏油傑の任務中の出来事だった。
孵化した呪霊。
ミスはなかった。
油断もスキもなかった。
だけれど、伊地知は死んだ。
散らばった残骸は五条悟が片付けた。
憔悴した夏油傑は、ベンチにもたれかかり失われた一年生の命を嘆いた。
「……もう、あいつだけでいいだろう」
本来、七海建人の口から夏油傑にかけられる呪いは、夏油傑本人の口から吐き出された。
この世界で、五条悟は一人で最強となっていた。
そしてまた、私たちが知っている
少しずつ少しずつ、狂っていく。
否、正しく精算している。
誰かを助けるならば、誰かを犠牲に。
一つの命を救うなら、誰かの命と何かを引き換えにしないと辻褄が合わない。ズレた帳尻を合わせるのは、人間を簡単に殺せる神様だけだ。ズレた帳尻を合わせることができるのもまた、人間を作り出し簡単に殺せる神様だけだ。
きっと彼女は、それを知らなかった。
この世界は、原作通りに進んでいくはずだったのかもしれない。はたまた、原作から離れた展開で進んでいくはずだったのかもしれない。それは、私の知るところではない。
けれど、彼らの根本はやはり私たちの知っている原作を元にしたものであった。
双子を引き連れ、誰も殺すことなく帰ってきた夏油傑と一つ年下の女。
夏油傑と五条悟の大きな喧嘩はなかった。
けれど、大きな隈ができるほど語り合い「非術師は嫌いなんだ」と冷めた顔をして言い切る男に一つ頷いたのが半年前だった。
夏油傑は、人を殺さず虐げられていた双子を助け呪術師のままだった。半年の間は。
「夏油くん、オレンジジュースはいかがですか?」
一度憎んだものへの憎しみは消えない。
それを割り切ることができているのなら、きっと原作でも呪術師としての道をはずすことはなかった。
割り切ることができなかったから、己が嫌うものを根絶やしにしようと動いた。結局、それもできていないが。いや、この世界ではもしかしたらやり遂げるのかもしれない。
心のあるものは救われない。情に足元を掬われてしまうからだ。
一つ年下の女を思い出していると、目が合った夏油傑が困ったように笑った。
月明かりでしかその顔を見ることができないほど暗く、そして月が丸いよるのことだった。
「……君は、責めないのか」
「まさか。誰が夏油くんのことを責めれるんです?憎いものは憎い。嫌いなものは嫌い。それは、仕方がないことですから」
ぽかんとした顔が、少し後にくしゃりと歪む。
泣きそうな、ほっとした顔だった。
やつれた顔は、やはりこの世界で呪術師としてあり続けることへの苦痛によるものだと言われずとも分かった。
「やっぱり君は、呪術師に向いているね」
「特級様からのお墨付きなら、これからも頑張らないといけませんね」
「ふふ、頑張って。これ、ありがたくもらっておくよ」
「はい。さよーなら。夏油くん」
呪術師をやめれば、きっと君は心の底から笑えるはずだよ。
百円玉一枚と十円玉二枚分軽くなった小銭入れを揺らして、新たな門出を祝福したよるだった。
この世界の夏油傑は、双子を連れて行かなかった。
幼いこどもを険しい道に引き摺り込むほど、彼は酷い人間になれなかったのだと思う。
何故、と泣き叫ぶ双子の声は夏油傑に一生届くことはない。彼女たちのためを思った彼の行いは、彼にとって良いものであり、彼女たちにとってそれは絶望以外のなにものでもなかった。
双子は、いつの間にか消えていた。
夏油傑を追いかけて出て行ったのだと誰もが思った。
けれど、数日後、ご丁寧に頭だけ取り残された遺体が見つかった。
夏油傑と繋いでいた手、夏油傑に駆け寄るための足を失い血にまみれた頭部は、呪専の近くの墓に埋められた。最悪の呪詛師が連れ帰った災いの印である双子は、上層部の手によって大胆に、静かに、即座に排除されたという。
少しずつ少しずつ、狂っていく。
否、正しく精算している。
誰かを助けるならば、誰かを犠牲に。
一つの命を救うなら、誰かの命と何かを引き換えにしないと辻褄が合わない。ズレた帳尻を合わせるのは、人間を簡単に殺せる神様だけだ。ズレた帳尻を合わせることができるのもまた、人間を作り出し簡単に殺せる神様だけだ。
きっと彼女は、それを知らなかった。
この世界は、原作通りに進んでいくはずだったのかもしれない。
はたまた、原作から離れた展開で進んでいくはずだったのかもしれない。それは、私の知るところではない。
けれど、彼らの根本はやはり私たちの知っている原作を元にしたものであった。
金木犀の香りがする。
一つ年下の女を思い出す。
「何で、何でこうなるの!?私はただ、私はみんなを助けたかっただけなのに!!私のせいじゃない、そうよ私のせいじゃない!!!みんなが弱かっただけ!そうでしょう!?」
「大丈夫、仕方のないことだったんです。あなたのせいじゃありませんよ」
死ぬ時、死ぬ理由、死に姿はすべて生まれた時から決まっている。
この世界に、虎杖悠仁は産まれ落ちるのだろうか。
彼女は真っ直ぐ、未来を操ろうとしただけだ
このセリフを入れたかっただけ
色々セリフいじくり回して使ったけど、このまんま本当は書きたかった。もったいないので、ここに置いていきます。
別に読まなくても良いものなのでスルーしてください
「?ここで誰かを助けたとして。そしたら、他に影響がないって言える?この先も、今助けた人間が生きているって断言できる?今、他の誰かを犠牲にしたその人間がこの先死ぬのなら、犠牲になったその人は無駄死に?」
「なに、いって……?そんな、じゃあ、死ぬってわかってる人たちを見殺しにするっていうの!!?」
「そうだね。逆らうべきじゃない。漫画を読みながら考えたことはある?もし、この時この人が助かっていればって」
「あるわよ、そんなこと。だから、私はいま、!!」
「じゃあ、助かっていたらどうなっていたと思う?二次創作のように、丸く綺麗に収まっていたとでも?」
「そんな、」
「そうかもしれないよ。可能性はある、否定はしない。でも、断言できない未来に全てを賭けることはできない。夏油傑を助け、双子を救った未来で、果たしてその世界で五条悟は私たちの知っている五条悟になり得るのか。答えは否だ。あの男は、誰かを失うことで自分自身と周りの差に気がつく。自分一人だけ強ければ良いわけではないと、大きな損失を知り始めて学ぶ。私はこの一年間、五条悟が損失なしに成長できるのかを見極めていた。答えは否だ。しかし、親友という損失によってたくさんのものを得て、周りを顧みることができるようになる。それは事実だ。だからこそ、私たちの知っている五条悟がいる」
「っ」
「次に、夏油傑の非術師嫌いだが。あれが本当に、私たちの、あるいは親友である五条悟の声によって踏みとどまれるか否かだが、はっきり言おう。無理だ。嫌いなものは嫌い。無理なものは無理。憎いものは憎い。苦手なものは苦手。一度自覚してしまえば、自覚するまでに蓄積された嫌悪を無視することも解消することもできない。あの時、村人を皆殺しにしたのは衝動的だったのだろう。だが、あれは一時の衝動に突き動かされた、理性がわずかにでも残っていれば、あるいは誰かストッパー役がいればとまった話ではない。誰にも止めることのできない夏油傑の正しい反応だった。ゲロみたいな味を誰かと共有することで、はたまた非術師に抱えた思いを洗いざらいぶちまけることで果たして夏油傑はこの世界で笑うことはできるのか。否だ。どうやったって非術師と関わらなければならないこの世界に、呪いを一つ払うことで夏油傑が嫌いな非術師を助けることに繋がるこの世界に夏油傑を繋ぎ止めるメリットはあるのか。それは、全て他人が妄想した自分にとって都合の良い未来であり、夏油傑にとってのいい未来ではない。何故、親友を裏切って追放された夏油傑の身を悲しく思うのか、親友に殺され笑って逝った夏油傑を辛く思うのか、私にはわからない。彼の一つ一つの選択だ。全て。双子を拾ったのも、殺したのも、裏切ったのも、全部。心の底から笑える世界に。そうやって言った夏油傑の最期は、確かに笑っていたじゃないか。まさかきみ、ここに繋ぎ止めるつもりなのか?じゃあ、そのあとは?夏油傑が心病まないようずっとサポートできるのか?あまりにも無責任だと、そう思わないか?人一人の選択を捻じ曲げて、それがこの先の未来を知っているから、その未来が私にとって、多くの人にとって辛く悲しいことだからと言い訳でもするつもりか?いやいや、違うな。人助けなんかじゃない。それはね、傲慢なのだよ。それこそ、神をも冒涜するものだ。君は神じゃない。たまたま未来を知っているだけの、ニンゲンサマだ。人助けをしているように見せかけて、君の都合のいいように未来を、人の人生を、操っているだけだ。もし、原作が彼らにとって間違いであるならばこの世界ではきっと違う選択をして、君の言う明るい未来が来るであろうよ。この世界が、私たちの知っている世界であるならば、もし君が人一人の選択を捻じ曲げて君の都合の良い選択をさせたならば、きっとその皺寄せは必ず来る。人の命を救うのならば、同じだけの人の命が必要になってくるはずだ。なぜかって、わかるだろう。消えるはずだった命を助けるのだから。整合性を合わせようじゃないか。辻褄の合わない数字ほど、神が嫌うものはない。異物である私たちが私なのかなんて、わからない。ただ、余計なことをすれば真っ先に消されるであろうと私は踏んでいる。この世界にきて、出会った人物を紙の上の者だと思ったことはない。しかし、私たちはあまりにも作品を愛しすぎた。……君の選択、きっと間違えでないように願っておこう。選択を捻じ曲げてでも、そうしたかった君の意思を無視はできない。私は、尊重はすれど否定はしない主義なのでね」
