夢寐
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鎹烏が任務だと伝える、刀を受け取ったその日の夕刻のこと。
支給された制服に身を包み、師匠から渡された羽織に腕を通し、最後に髪を高い位置で結った。
佩刀し終え、玄関で待っていた粧に向き直って、名前は抑揚のない声で出立を告げた。
「師匠、行ってまいります」
「はい。いつでも戻ってきてくださいね」
生きるか死ぬか。
死に近いこの道を歩むことは、きっと生まれた頃から決まっていたのではないだろうか。
半年ほどしか世話になっていないが、粧への感謝は山ほどある。
美味しい御飯を出してくれた。正しい刀の持ち方を教えてくれた。ふかふかの布団と枕を用意してくれた。熱い風呂に入れた。
自分が生きるか死ぬかなどどうでもいいが、師匠に幸せがありますようにと、名前は僅かながら思っていた。
優しく笑う粧を見つめ、膝をつき頭を垂れた。
「はい。……貴方様の人生に幸多からんこと畏み申し上げます」
「有難う。私も祈ります。お前の人生が幸多き道になることを」
出会った頃よりも、微小の変化を見せた名前に、粧はまた別のことを願った。
どうか、この子が人になれますようにと。
さくさくと歩く。
いつのまにやら肩に乗っていた鎹烏が名前に話しかけた。
「名前、南ニ行ケ」
「分かった」
「四人トノ合同任務ダ。協力シロ」
「……相手次第だな」
「フン」
目上の人間でない──そもそも人間ではないが──存在が近くにいるのは、名前にとって初めてのことだった。歳が近い人間が近くにいたのは、人生の中で記憶にある限りは無いため、こうして必要最低限の言葉数で喋ることができるのは、彼女にとってありがたいことだ。
「烏、これはどちらだ」
「右ダ」
「そうか」
分岐路に立った時も、的確に道を教えてくれる。騒がしくなく、丁度いい。喋る烏とは、凄いものだな。
刀の、まだ慣れない重みを感じながら走れと言われればその指令のままに走る。暫くそうして走っていると、血の、濃い匂いが彼女の鼻をついた。
あの日が、蘇る。
綺麗に保たれていた畳や障子は血で汚れ、幼子が虫の命を無邪気にちぎるように、綺麗な着物に身を包む綺麗な女が己の欲に従い、そして遊ぶようにバラバラにした人間の断片が転がっていた。
愚かな、弱い存在。力ある者に守って貰わなければ生きていけない。
「刀を振れ」「人の役に立て」と言っていたあの男も、弱いからこうして虫のように四肢をもがれ、鬼の食糧にすらならない。
真っ赤な目を思い出す。
燃え上がる赤を、思い出す。
「……烏、ここまででいい。お前は邪魔にならない所に行け」
「ワカッタ」
鎹烏が名前の肩から離れると、彼女は躊躇なく足を進める。匂いを辿り、足を運べば、幾つかのばらばらにされた身体があちこちに散らばっているのが見えた。食い荒らした後のようで、頭が足りなかったり手足の数が足りなかったりと、食べ方が汚いのが伺える。
汚い。よほど腹が減っていたのだろうか。それとも、偏食か。
ここで何人喰われたのか、胴体の数と手足の数を数えて推測しようにも、しどろに喰われ過ぎて分からない。
「四人から六人か」
着物と隊服があることから、ここには既に鬼殺の隊士が来ているのだと知る。
可哀想に。
表情なく、幾つかの肉塊を見下ろし名前はもう一度、今度は口に出して「可哀想に」と言った。
血が流れて染み込んだ土を踏むと、ぐじゅりと鳴る。ぬかるみができて、ほんの少しだが足を取られる。
誰かが、もう倒してしまったのだろうか。
耳を澄ませても、何も聞こえない。
立ち止まり、目を閉じる。
神経を尖らせ、周囲を警戒するも何一つ引っかからない。
「……」
す、と目を開けた。
誰か来る。
ただ、鬼では無い。
血が溜まり、濡れた土を踏み込むと、またぐじゅりと音が鳴る。
がさりと草木を掻き分け姿を現した男をちらりと見て、名前は空気を吐き出した。
「!!鬼殺隊か!」
「はい。貴方もですね」
「良かった。来ていた隊士が半分やられてしまった困っていたんだ」
「そんなに鬼は強いのですか」
「ああ。聞いていた情報とは強さが違う。もう少しで丙の方が来てくださるそうなのだが」
名前が歳の近い人を見るのはほぼ初めてに近いうえ、関わったことがないということも上乗せして接し方が分からないのが難点だった。
さっさと頸を跳ねてしまえばいいものを、なんとぐしいのか。
もともと持っていた気性の荒さをぐっと抑え、口を開く。
「貴方を含め四人いると聞いたのですが、他の方は」
「一人死んでしまった。後の奴らは、この先にいる」
「鬼は見ましたか」
「見た。しかし、一人を捕まえて攻撃する暇も与えず何処かに行ってしまって、どこにいるか分からないんだ」
なんて役立たず。
漏れ出しそうになる本音を飲み込み、一つだけ分かったことがある。
自分に合同任務は向いていないということだ。
歩き始める隊士の後に続き、さっさと片付けてしまおうと心に決めた。
それに、早く新しい刀を使いたい。
どの程度の切れ味なのか、実戦時の振りの大きさや刀の長さをどのくらい身体が分かっているのかを知りたい。
篁と(名前が一方的に)打ち合ったあの時に感じた、手の痺れが忘れられない。生まれ持った才能とは別に、名前は刀を振り闘う時が彼女の胸を昂らせる好戦的な面があった。
振り返ることもせず、前を向き歩きながら名前を知らぬ男が意気揚々と、この場にはそぐわぬ声の調子で喋る。
「新人か?」
「はい」
「初任務?」
「はい」
「何の呼吸の使い手なんだ?俺は、雨だ」
「霧の呼吸です」
「──は?お前、今なんて、」
「静かに」
明るい声でぶつけられる質問を手で制し、周りに視線をやり様子を探る。
肌が、ちりつく。
禍々しい空気を感じ取ったのか、男がごくりと唾を飲み込んだ。
集中し、周りに意識を遣ると微かに感じる気配が一つ。
転がる血だらけの足に爪先が当たり、汚い食べ方だと心の中で罵る。
「……そっちか」
たん、と軽い音がして名前が男の近くからいなくなった。
血気術は、無さそうだ。
沢山喰ってはいるが、質が良くなかったのだろう。食べ方も汚い。血気術とやらを見てみたいが、期待したところで無駄だろう。
後ろで呼び止められている気もするが、答える義理もなく姦しい声を聞き流し、近づいたその存在に素早く鞘から引き抜いた刀身で切り掛かった。
人間の、恐らく女の頭を掴み口に入れようとしていた腕につるりと刀の刃を滑らせ、そのまま簡単にぶつりと千切れた鬼の腕が、離れた所で地面に落ちる。
「っ、なんだ小娘ェ!!!」
「喧しい」
「美しい顔のくせに汚い言葉……。俺が喰って正してやろう!!!」
「……」
やはり喧しい。何でこうも姦しいものばかりなのか。
刀を振る場合の長さの感覚が身に染みる。
やはり使いやすい。
すう、と息を吸い背後へ飛んだ。
「霧の呼吸、壱ノ型・山降ろし」
引っかかった。鬼の意識が違うところに向いた瞬間一番切れる角度に刀を傾けて、真っ直ぐに横一文字を振った。
確かな手応えを感じ、地面へと落ちた頸を見下ろす。
隙だらけのこの鬼に、呼吸など使う必要はなかった気もするがまだまだこの刀に慣れていないことを知れて良かった。
修正するところが沢山あるなと、名前は呪詛を垂らし続ける球体を見下ろして考える。
そんなに、強くなかった。口だけか。
刀を振り、鞘へしまっていると男が追い付いたのか、落ちた頸が崩れていく様を見て驚いたように名前を凝視した。
崩れ落ちていく鬼を視界の隅にやり、汚れた刀身を振り鞘に納める。
「終わりました。……鬼はもういないようですね」
「っ、おまえ……!」
「他の方にもお伝え下さい。鬼はもういないと」
眉をぐっと寄せ、何かを言いたげな男は名前に言葉を遮られると、唇を噛み締めて頷いた。
そうして、噂を前にして納得したのだ。
「あ、ああ。分かった」
「では」
霧の呼吸の使い手の凄まじさを思い知ると、去っていく彼女の背中を、嫉妬と情景が入り混じる思いで、他の隊員から声を掛けられるまで見つめていた。
ごろりと、名前が難なく切り離した頸はもう無い。自分とは違う、洗練された動きがずっと脳内で再生される。
ああ、羨ましい。
彼は、強く強く歯を噛み締めてそう思った。
それから、名前は合同任務になる度に、隊士と喧嘩を繰り返した。性来気性が荒いため、自分より使えないと分かった相手には容赦がないからだ。
また、霧の呼吸の使い手だと広まったせいで、この女が本当に?と舐められる対象になってしまったことも相まって、もともと短かった気がより短くなった。
「霧の呼吸だと……!?!?」
「そうですが、何か」
「お前みたいな女が、使えるわけない」
「そうですか」
「おい、こいつの代の最終選抜前代未聞の過酷さだって聞いたが」
「お前しか生き残らなかったんだって?」
「弱かったから死ぬ。それだけでは。先輩方も気を付けたらどうでしょう」
「は、?」
「霧の呼吸は誰もが使える簡単な呼吸。それすら扱い切れないくせに、口幅ったいこと」
この中で誰よりも大きな刀を簡単に鞘から引き抜き、音もなく現れた鬼に向かって、一早く斬りかかる。
地面を踏み抜く音は軽い。
「霧の呼吸、肆ノ型・雲散霧消」
反撃すら許さない速さで、鬼の頸が落ちた。
なんて造作もないことか。
刀の長さ、重さを完璧に把握して十二分に使いこなす姿はやはり霧の呼吸の使い手だということを証明している。
刀を振り、汚れを落とすと鞘に戻した。
「任務終わりです。さっさと帰って鍛錬でもしたらどうでしょうか、使えない口ばかり動かすのではなく」
「なっ!!!」
「では」
誰かのために。鬼に怯えなくてもいいように。
そんなことどうだっていい。誰かのために。死んでも喰われても、どうでもいい誰かのために、私はこうして刀を振る。
鬼の頸を刎ねる。
ああ、本当に、単純でいて簡単なこの世界の理はあまりにもつまらない。
支給された制服に身を包み、師匠から渡された羽織に腕を通し、最後に髪を高い位置で結った。
佩刀し終え、玄関で待っていた粧に向き直って、名前は抑揚のない声で出立を告げた。
「師匠、行ってまいります」
「はい。いつでも戻ってきてくださいね」
生きるか死ぬか。
死に近いこの道を歩むことは、きっと生まれた頃から決まっていたのではないだろうか。
半年ほどしか世話になっていないが、粧への感謝は山ほどある。
美味しい御飯を出してくれた。正しい刀の持ち方を教えてくれた。ふかふかの布団と枕を用意してくれた。熱い風呂に入れた。
自分が生きるか死ぬかなどどうでもいいが、師匠に幸せがありますようにと、名前は僅かながら思っていた。
優しく笑う粧を見つめ、膝をつき頭を垂れた。
「はい。……貴方様の人生に幸多からんこと畏み申し上げます」
「有難う。私も祈ります。お前の人生が幸多き道になることを」
出会った頃よりも、微小の変化を見せた名前に、粧はまた別のことを願った。
どうか、この子が人になれますようにと。
さくさくと歩く。
いつのまにやら肩に乗っていた鎹烏が名前に話しかけた。
「名前、南ニ行ケ」
「分かった」
「四人トノ合同任務ダ。協力シロ」
「……相手次第だな」
「フン」
目上の人間でない──そもそも人間ではないが──存在が近くにいるのは、名前にとって初めてのことだった。歳が近い人間が近くにいたのは、人生の中で記憶にある限りは無いため、こうして必要最低限の言葉数で喋ることができるのは、彼女にとってありがたいことだ。
「烏、これはどちらだ」
「右ダ」
「そうか」
分岐路に立った時も、的確に道を教えてくれる。騒がしくなく、丁度いい。喋る烏とは、凄いものだな。
刀の、まだ慣れない重みを感じながら走れと言われればその指令のままに走る。暫くそうして走っていると、血の、濃い匂いが彼女の鼻をついた。
あの日が、蘇る。
綺麗に保たれていた畳や障子は血で汚れ、幼子が虫の命を無邪気にちぎるように、綺麗な着物に身を包む綺麗な女が己の欲に従い、そして遊ぶようにバラバラにした人間の断片が転がっていた。
愚かな、弱い存在。力ある者に守って貰わなければ生きていけない。
「刀を振れ」「人の役に立て」と言っていたあの男も、弱いからこうして虫のように四肢をもがれ、鬼の食糧にすらならない。
真っ赤な目を思い出す。
燃え上がる赤を、思い出す。
「……烏、ここまででいい。お前は邪魔にならない所に行け」
「ワカッタ」
鎹烏が名前の肩から離れると、彼女は躊躇なく足を進める。匂いを辿り、足を運べば、幾つかのばらばらにされた身体があちこちに散らばっているのが見えた。食い荒らした後のようで、頭が足りなかったり手足の数が足りなかったりと、食べ方が汚いのが伺える。
汚い。よほど腹が減っていたのだろうか。それとも、偏食か。
ここで何人喰われたのか、胴体の数と手足の数を数えて推測しようにも、しどろに喰われ過ぎて分からない。
「四人から六人か」
着物と隊服があることから、ここには既に鬼殺の隊士が来ているのだと知る。
可哀想に。
表情なく、幾つかの肉塊を見下ろし名前はもう一度、今度は口に出して「可哀想に」と言った。
血が流れて染み込んだ土を踏むと、ぐじゅりと鳴る。ぬかるみができて、ほんの少しだが足を取られる。
誰かが、もう倒してしまったのだろうか。
耳を澄ませても、何も聞こえない。
立ち止まり、目を閉じる。
神経を尖らせ、周囲を警戒するも何一つ引っかからない。
「……」
す、と目を開けた。
誰か来る。
ただ、鬼では無い。
血が溜まり、濡れた土を踏み込むと、またぐじゅりと音が鳴る。
がさりと草木を掻き分け姿を現した男をちらりと見て、名前は空気を吐き出した。
「!!鬼殺隊か!」
「はい。貴方もですね」
「良かった。来ていた隊士が半分やられてしまった困っていたんだ」
「そんなに鬼は強いのですか」
「ああ。聞いていた情報とは強さが違う。もう少しで丙の方が来てくださるそうなのだが」
名前が歳の近い人を見るのはほぼ初めてに近いうえ、関わったことがないということも上乗せして接し方が分からないのが難点だった。
さっさと頸を跳ねてしまえばいいものを、なんとぐしいのか。
もともと持っていた気性の荒さをぐっと抑え、口を開く。
「貴方を含め四人いると聞いたのですが、他の方は」
「一人死んでしまった。後の奴らは、この先にいる」
「鬼は見ましたか」
「見た。しかし、一人を捕まえて攻撃する暇も与えず何処かに行ってしまって、どこにいるか分からないんだ」
なんて役立たず。
漏れ出しそうになる本音を飲み込み、一つだけ分かったことがある。
自分に合同任務は向いていないということだ。
歩き始める隊士の後に続き、さっさと片付けてしまおうと心に決めた。
それに、早く新しい刀を使いたい。
どの程度の切れ味なのか、実戦時の振りの大きさや刀の長さをどのくらい身体が分かっているのかを知りたい。
篁と(名前が一方的に)打ち合ったあの時に感じた、手の痺れが忘れられない。生まれ持った才能とは別に、名前は刀を振り闘う時が彼女の胸を昂らせる好戦的な面があった。
振り返ることもせず、前を向き歩きながら名前を知らぬ男が意気揚々と、この場にはそぐわぬ声の調子で喋る。
「新人か?」
「はい」
「初任務?」
「はい」
「何の呼吸の使い手なんだ?俺は、雨だ」
「霧の呼吸です」
「──は?お前、今なんて、」
「静かに」
明るい声でぶつけられる質問を手で制し、周りに視線をやり様子を探る。
肌が、ちりつく。
禍々しい空気を感じ取ったのか、男がごくりと唾を飲み込んだ。
集中し、周りに意識を遣ると微かに感じる気配が一つ。
転がる血だらけの足に爪先が当たり、汚い食べ方だと心の中で罵る。
「……そっちか」
たん、と軽い音がして名前が男の近くからいなくなった。
血気術は、無さそうだ。
沢山喰ってはいるが、質が良くなかったのだろう。食べ方も汚い。血気術とやらを見てみたいが、期待したところで無駄だろう。
後ろで呼び止められている気もするが、答える義理もなく姦しい声を聞き流し、近づいたその存在に素早く鞘から引き抜いた刀身で切り掛かった。
人間の、恐らく女の頭を掴み口に入れようとしていた腕につるりと刀の刃を滑らせ、そのまま簡単にぶつりと千切れた鬼の腕が、離れた所で地面に落ちる。
「っ、なんだ小娘ェ!!!」
「喧しい」
「美しい顔のくせに汚い言葉……。俺が喰って正してやろう!!!」
「……」
やはり喧しい。何でこうも姦しいものばかりなのか。
刀を振る場合の長さの感覚が身に染みる。
やはり使いやすい。
すう、と息を吸い背後へ飛んだ。
「霧の呼吸、壱ノ型・山降ろし」
引っかかった。鬼の意識が違うところに向いた瞬間一番切れる角度に刀を傾けて、真っ直ぐに横一文字を振った。
確かな手応えを感じ、地面へと落ちた頸を見下ろす。
隙だらけのこの鬼に、呼吸など使う必要はなかった気もするがまだまだこの刀に慣れていないことを知れて良かった。
修正するところが沢山あるなと、名前は呪詛を垂らし続ける球体を見下ろして考える。
そんなに、強くなかった。口だけか。
刀を振り、鞘へしまっていると男が追い付いたのか、落ちた頸が崩れていく様を見て驚いたように名前を凝視した。
崩れ落ちていく鬼を視界の隅にやり、汚れた刀身を振り鞘に納める。
「終わりました。……鬼はもういないようですね」
「っ、おまえ……!」
「他の方にもお伝え下さい。鬼はもういないと」
眉をぐっと寄せ、何かを言いたげな男は名前に言葉を遮られると、唇を噛み締めて頷いた。
そうして、噂を前にして納得したのだ。
「あ、ああ。分かった」
「では」
霧の呼吸の使い手の凄まじさを思い知ると、去っていく彼女の背中を、嫉妬と情景が入り混じる思いで、他の隊員から声を掛けられるまで見つめていた。
ごろりと、名前が難なく切り離した頸はもう無い。自分とは違う、洗練された動きがずっと脳内で再生される。
ああ、羨ましい。
彼は、強く強く歯を噛み締めてそう思った。
それから、名前は合同任務になる度に、隊士と喧嘩を繰り返した。性来気性が荒いため、自分より使えないと分かった相手には容赦がないからだ。
また、霧の呼吸の使い手だと広まったせいで、この女が本当に?と舐められる対象になってしまったことも相まって、もともと短かった気がより短くなった。
「霧の呼吸だと……!?!?」
「そうですが、何か」
「お前みたいな女が、使えるわけない」
「そうですか」
「おい、こいつの代の最終選抜前代未聞の過酷さだって聞いたが」
「お前しか生き残らなかったんだって?」
「弱かったから死ぬ。それだけでは。先輩方も気を付けたらどうでしょう」
「は、?」
「霧の呼吸は誰もが使える簡単な呼吸。それすら扱い切れないくせに、口幅ったいこと」
この中で誰よりも大きな刀を簡単に鞘から引き抜き、音もなく現れた鬼に向かって、一早く斬りかかる。
地面を踏み抜く音は軽い。
「霧の呼吸、肆ノ型・雲散霧消」
反撃すら許さない速さで、鬼の頸が落ちた。
なんて造作もないことか。
刀の長さ、重さを完璧に把握して十二分に使いこなす姿はやはり霧の呼吸の使い手だということを証明している。
刀を振り、汚れを落とすと鞘に戻した。
「任務終わりです。さっさと帰って鍛錬でもしたらどうでしょうか、使えない口ばかり動かすのではなく」
「なっ!!!」
「では」
誰かのために。鬼に怯えなくてもいいように。
そんなことどうだっていい。誰かのために。死んでも喰われても、どうでもいい誰かのために、私はこうして刀を振る。
鬼の頸を刎ねる。
ああ、本当に、単純でいて簡単なこの世界の理はあまりにもつまらない。
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