『なでなで(桃海)』
今、俺の目の前では、在り得ない現状が展開されていた。
「…………。」
その光景があまりにも珍しく、恐ろしい…いやいや、むしろ写真に撮って残して置きたいくらいで、思わず声を掛けるのも忘れ、目が点になってしまった。
そう、今目の前ではあの海堂が…あの皆から恐れられている海堂が、一匹の猫を相手に笑顔を惜しげも無く振りまき、その手で猫の毛並みを撫でていたのだ。
しかも、ご満悦…と顔に浮かんでいる始末で……。
学校の水道管工事だかなんだかで、部活が午前のみで終わった日曜日。
越前を置き去りにした俺は、さっさと帰ろうとしている海堂を強引に引っ張り一緒に帰路を歩く合間に、午後の予定を切り出した。
一応付き合ってる(よな?)にも関わらず、部活・部活でこれと言ってデートらしいデートもしていなく、まして学校では、会えば喧嘩をしている俺達。
しかし、もう限界と…今日こそは!とデートに誘ったのだ。
自主練だ、トレーニングだとぶつぶつ言う海堂を、なんとかストリートテニス場で2人っきりで練習しよう…と言う、これまたテニスからは到底切り離せないデートコースではあったが、それでもなんとかデートにこじつけたという訳だ。
そして、お昼は各自取るという事で一度家に戻り、いつも海堂が自主練をしている公園で待ち合わせとなったのだが……。
お腹が一杯になると人間眠くなるもので…ちょっとばかり寝過ごした事で約束の時間をほんのちょっと、いや結構…大幅に遅れ、焦って走って来ればこんな情景に出会ってしまった。
自分と一緒にいる時には殆ど見せる事の無いその笑顔に、ボケーっと見惚れてしまう。
いつもはキツイ目をして睨むか拗ねるか、無愛想か…の三拍子なのだが、笑うとホント贔屓目無しに可愛いんだ……。綺麗って言葉がここまで似合う奴も居ないな…なんて惚れた弱みじゃなく思う。
現に越前や乾先輩だってコイツの事好きだったし…。
そんな海堂に選ばれた俺って…ホント最高に幸せな奴だよな~っと自惚れてしまうのは許して欲しい。
遠目で見てもすっごく絵になるんだから、近くで見たらどんなんだろ?と好奇心がムズムズ湧き出てくる。
でも、俺が近づいたらきっとあの笑顔は消えちゃうんだろうな…と思うと、迂闊に近づけねぇな、近づけねぇよ……。
俺にも笑い掛けて欲しいな…なんて思うのは我が侭かな?
なんて思いながら見ていると、こちらに気付いた海堂が顔を上げ俺の方を向いた。
俺がここに居た事に驚いている様で目を大きく開き、こちらを見る。
そして自分の行動を思い出したのか、パッとその頬をピンクに染めると、次の瞬間にはムッとした表情に早変わりだ。
ホント百面相か…と思う程、その変化は明白で…。
ちょっと悲しい…みたいな……。
やっぱり自分には、猫に向けていたみたいな表情は見せてくれないだな~と思うとがっかりした気分になる。
まあ、仕方ないのかなとか、それが海堂だよなと言う事でやり過ごし、「よっ!」何事も無かったかの様に海堂の元へ歩いていく。
海堂も既に猫から手を離していて、俺が歩いてくるのを未だムッとした表情で見ながら待っている。
「……おせぇ…。」
「悪ぃ!ちょい、昼寝しちまって…;」
怒った様なそうでない様な海堂の呟きに、素直に両手を合わせてペコリと謝る。
「……バカが…。」
「あんだとーっ!」
呆れた様な声が聞こえ、思わずいつもの調子で喧嘩腰になってしまった。
「フンッ。」
しかし、海堂はそれに応戦する事も無くそっぽを向き、近くのベンチに置いたままになっていたテニスバッグを肩に掛けると一人ズンズン歩いていく。
「わっ!ちょっと待てよ、海堂っ!」
そんな海堂を慌てて追いかけ、隣に並ぶ。
もう一度遅れた事を謝り、他愛無い話をしながらストリートテニス場を目指した。
軽く準備運動をし、2人で黙々とテニスに打ち込む。
部活となんら変わらない様でも、そこが2人だけの空間だと思うと、俺の心はウキウキしてくるし、これもれっきとしたデートになる。
アイツの目が、自分だけを見ているって事にも優越感を感じるし。
なにより、負けてらんねぇって想いがお互いをより高みへと導いてくれる。
しかし、さすがに何時間も打ち合っていれば、バテてくる。
「海堂~!ちょい、休憩しようぜーっ!!」
言うなり、俺はドリンクをがぶ飲みしベンチにゴロンと寝転がった。
「…おい、んな急に座んな。クールダウンしてからにしろ…。」
「あー…わーてるって……。」
口ではそう言いながらも、軽い疲労感になかなか思う様に身体が動かない。
更に疲労から来る緩やかな睡魔が俺を支配してくる…。
海堂はと言うと、やはりマムシの異名は伊達ではなく…汗はかいているもののそれ程疲労を感じていない様子だ。
やっぱり持久力じゃ負けるかー……なんてぼんやり考えている間にウトウトしてしまったらしい。
軽い覚醒を覚える。
なんだか頭が暖かい……。
細くて長い指先が俺の頭を撫でている感覚がする。
とても優しい動きだった。
大事なモノに対してするみたいな……。
なんてポケーと覚醒しきれていない頭で考え、微かに開く瞼をようやく開ける。
目の前には薄暗くなった空に掛かる真っ赤な夕焼けと、真ん中にネットの掛けられた緑色したテニスコート。
その風景に、そう言えばストリートテニス場に来ていた事を思い出す。
そして、なんとなく目線をずらせば――――――
「…………っ!!」
驚いて心臓が止まるかと思った…。
いや、実際止まったかもしれない。
人間パニックに陥ると声を上げる事も、息をする事も忘れるらしい。
目の前には海堂の顔が…。
しかも、その表情はさっきの子猫を撫でていた時と同じ様な、とても優しいモノで……。
まるで愛しいモノを見詰める様な瞳が、そこにはあった。
なんでこんな事になっているのか…とパニックになりながら今の現状を推測する。
どうやら俺は今、ベンチに寝転がり、隣に座っている海堂に頭を撫でられていたらしい―――――
その手のぬくもりが暖かくて、思わずまた寝てしまいそうになるが…。
パニックが過ぎ状況を把握すると、今度は海堂の表情を凝視する。
こんな表情いつもは見られないし、いつまでも見ていたい。
そんな事を考えていると、今まで静かに手を動かしていた海堂と目線があった。
あ…っ。と思った時には既に遅く、海堂の表情はみるみる真っ赤に染まり、カッと目を見開くと次の瞬間にはキッと睨まれ、それと同時にドスンと言う音が辺りに響いた。
「あたっ!!」
そう、その音と言うのは……俺がベンチから突き落とされた音だったのだ。
「ふしゅ~っ!!てめぇ、起きたんだったらさっさと起き上がれっ!」
「あ?なんだってんだよ。今、起きたんだってーの。」
「くそっ。」
「……♪」
なんだかんだと文句を言われつつも、俺の表情は一向に緩みっぱなしだ。
それもこれもさっきの海堂の表情一つによるものなのだが。
ニマニマしながら海堂を見ていると、訝しげにこちらを見る海堂と目が合う。
「………なんだよ。気色悪ぃ笑い浮かべやがって…。」
「ふふん♪ 薫ちゃん、可愛い~♪」
「っつ!!うるせぇっ!!クソッ。」
真っ赤になって怒鳴っても普段の威力の1/3にも満たないし、迫力が無い。
そんな海堂にますます俺の笑みは深くなるばかりだ。
ホント可愛くて、愛しくて…たまんねぇな、たまんねぇよ♪
文句言いながら睨み付ける海堂だけど、自分がいかに海堂に愛されているか分かったから、嬉しがらずにはいられない。
満面の笑みを向け、未だぶつぶつ言っている海堂を腕の中に抱き締める。
「なっ!!離せ、バカッ!」
「離せねぇな、離せねぇよ♪」
ジタバタ暴れる海堂を、ギュッとその手に力を入れる事で制すると、少しずつ抵抗が止んでくる。
自分の顔の横にあるその頭を、さっきの海堂の様にそっと手を移動させ撫でる。
優しく、そっと壊れ物を扱う様に――――
海堂の髪はサラサラで質があり、手にすぐ馴染む。
《 頭を撫でる 》
この行為がいかに暖かいか、愛情を感じるか…実感する。
撫でる方も撫でられる方も……同時に愛しい気持ちが溢れかえる。
気持ちを伝えるのに、こんなにも素敵な方法も無いと思う…。
抱き締める事も大切だけど、こんなちよっとした行動が、こんなにも気持ち良い……。
「海堂、好きだぜ…。」
その心のままに海堂に素直な気持ちを伝えた。
真夏のある日の出来事であった――――
― END―
「…………。」
その光景があまりにも珍しく、恐ろしい…いやいや、むしろ写真に撮って残して置きたいくらいで、思わず声を掛けるのも忘れ、目が点になってしまった。
そう、今目の前ではあの海堂が…あの皆から恐れられている海堂が、一匹の猫を相手に笑顔を惜しげも無く振りまき、その手で猫の毛並みを撫でていたのだ。
しかも、ご満悦…と顔に浮かんでいる始末で……。
学校の水道管工事だかなんだかで、部活が午前のみで終わった日曜日。
越前を置き去りにした俺は、さっさと帰ろうとしている海堂を強引に引っ張り一緒に帰路を歩く合間に、午後の予定を切り出した。
一応付き合ってる(よな?)にも関わらず、部活・部活でこれと言ってデートらしいデートもしていなく、まして学校では、会えば喧嘩をしている俺達。
しかし、もう限界と…今日こそは!とデートに誘ったのだ。
自主練だ、トレーニングだとぶつぶつ言う海堂を、なんとかストリートテニス場で2人っきりで練習しよう…と言う、これまたテニスからは到底切り離せないデートコースではあったが、それでもなんとかデートにこじつけたという訳だ。
そして、お昼は各自取るという事で一度家に戻り、いつも海堂が自主練をしている公園で待ち合わせとなったのだが……。
お腹が一杯になると人間眠くなるもので…ちょっとばかり寝過ごした事で約束の時間をほんのちょっと、いや結構…大幅に遅れ、焦って走って来ればこんな情景に出会ってしまった。
自分と一緒にいる時には殆ど見せる事の無いその笑顔に、ボケーっと見惚れてしまう。
いつもはキツイ目をして睨むか拗ねるか、無愛想か…の三拍子なのだが、笑うとホント贔屓目無しに可愛いんだ……。綺麗って言葉がここまで似合う奴も居ないな…なんて惚れた弱みじゃなく思う。
現に越前や乾先輩だってコイツの事好きだったし…。
そんな海堂に選ばれた俺って…ホント最高に幸せな奴だよな~っと自惚れてしまうのは許して欲しい。
遠目で見てもすっごく絵になるんだから、近くで見たらどんなんだろ?と好奇心がムズムズ湧き出てくる。
でも、俺が近づいたらきっとあの笑顔は消えちゃうんだろうな…と思うと、迂闊に近づけねぇな、近づけねぇよ……。
俺にも笑い掛けて欲しいな…なんて思うのは我が侭かな?
なんて思いながら見ていると、こちらに気付いた海堂が顔を上げ俺の方を向いた。
俺がここに居た事に驚いている様で目を大きく開き、こちらを見る。
そして自分の行動を思い出したのか、パッとその頬をピンクに染めると、次の瞬間にはムッとした表情に早変わりだ。
ホント百面相か…と思う程、その変化は明白で…。
ちょっと悲しい…みたいな……。
やっぱり自分には、猫に向けていたみたいな表情は見せてくれないだな~と思うとがっかりした気分になる。
まあ、仕方ないのかなとか、それが海堂だよなと言う事でやり過ごし、「よっ!」何事も無かったかの様に海堂の元へ歩いていく。
海堂も既に猫から手を離していて、俺が歩いてくるのを未だムッとした表情で見ながら待っている。
「……おせぇ…。」
「悪ぃ!ちょい、昼寝しちまって…;」
怒った様なそうでない様な海堂の呟きに、素直に両手を合わせてペコリと謝る。
「……バカが…。」
「あんだとーっ!」
呆れた様な声が聞こえ、思わずいつもの調子で喧嘩腰になってしまった。
「フンッ。」
しかし、海堂はそれに応戦する事も無くそっぽを向き、近くのベンチに置いたままになっていたテニスバッグを肩に掛けると一人ズンズン歩いていく。
「わっ!ちょっと待てよ、海堂っ!」
そんな海堂を慌てて追いかけ、隣に並ぶ。
もう一度遅れた事を謝り、他愛無い話をしながらストリートテニス場を目指した。
軽く準備運動をし、2人で黙々とテニスに打ち込む。
部活となんら変わらない様でも、そこが2人だけの空間だと思うと、俺の心はウキウキしてくるし、これもれっきとしたデートになる。
アイツの目が、自分だけを見ているって事にも優越感を感じるし。
なにより、負けてらんねぇって想いがお互いをより高みへと導いてくれる。
しかし、さすがに何時間も打ち合っていれば、バテてくる。
「海堂~!ちょい、休憩しようぜーっ!!」
言うなり、俺はドリンクをがぶ飲みしベンチにゴロンと寝転がった。
「…おい、んな急に座んな。クールダウンしてからにしろ…。」
「あー…わーてるって……。」
口ではそう言いながらも、軽い疲労感になかなか思う様に身体が動かない。
更に疲労から来る緩やかな睡魔が俺を支配してくる…。
海堂はと言うと、やはりマムシの異名は伊達ではなく…汗はかいているもののそれ程疲労を感じていない様子だ。
やっぱり持久力じゃ負けるかー……なんてぼんやり考えている間にウトウトしてしまったらしい。
軽い覚醒を覚える。
なんだか頭が暖かい……。
細くて長い指先が俺の頭を撫でている感覚がする。
とても優しい動きだった。
大事なモノに対してするみたいな……。
なんてポケーと覚醒しきれていない頭で考え、微かに開く瞼をようやく開ける。
目の前には薄暗くなった空に掛かる真っ赤な夕焼けと、真ん中にネットの掛けられた緑色したテニスコート。
その風景に、そう言えばストリートテニス場に来ていた事を思い出す。
そして、なんとなく目線をずらせば――――――
「…………っ!!」
驚いて心臓が止まるかと思った…。
いや、実際止まったかもしれない。
人間パニックに陥ると声を上げる事も、息をする事も忘れるらしい。
目の前には海堂の顔が…。
しかも、その表情はさっきの子猫を撫でていた時と同じ様な、とても優しいモノで……。
まるで愛しいモノを見詰める様な瞳が、そこにはあった。
なんでこんな事になっているのか…とパニックになりながら今の現状を推測する。
どうやら俺は今、ベンチに寝転がり、隣に座っている海堂に頭を撫でられていたらしい―――――
その手のぬくもりが暖かくて、思わずまた寝てしまいそうになるが…。
パニックが過ぎ状況を把握すると、今度は海堂の表情を凝視する。
こんな表情いつもは見られないし、いつまでも見ていたい。
そんな事を考えていると、今まで静かに手を動かしていた海堂と目線があった。
あ…っ。と思った時には既に遅く、海堂の表情はみるみる真っ赤に染まり、カッと目を見開くと次の瞬間にはキッと睨まれ、それと同時にドスンと言う音が辺りに響いた。
「あたっ!!」
そう、その音と言うのは……俺がベンチから突き落とされた音だったのだ。
「ふしゅ~っ!!てめぇ、起きたんだったらさっさと起き上がれっ!」
「あ?なんだってんだよ。今、起きたんだってーの。」
「くそっ。」
「……♪」
なんだかんだと文句を言われつつも、俺の表情は一向に緩みっぱなしだ。
それもこれもさっきの海堂の表情一つによるものなのだが。
ニマニマしながら海堂を見ていると、訝しげにこちらを見る海堂と目が合う。
「………なんだよ。気色悪ぃ笑い浮かべやがって…。」
「ふふん♪ 薫ちゃん、可愛い~♪」
「っつ!!うるせぇっ!!クソッ。」
真っ赤になって怒鳴っても普段の威力の1/3にも満たないし、迫力が無い。
そんな海堂にますます俺の笑みは深くなるばかりだ。
ホント可愛くて、愛しくて…たまんねぇな、たまんねぇよ♪
文句言いながら睨み付ける海堂だけど、自分がいかに海堂に愛されているか分かったから、嬉しがらずにはいられない。
満面の笑みを向け、未だぶつぶつ言っている海堂を腕の中に抱き締める。
「なっ!!離せ、バカッ!」
「離せねぇな、離せねぇよ♪」
ジタバタ暴れる海堂を、ギュッとその手に力を入れる事で制すると、少しずつ抵抗が止んでくる。
自分の顔の横にあるその頭を、さっきの海堂の様にそっと手を移動させ撫でる。
優しく、そっと壊れ物を扱う様に――――
海堂の髪はサラサラで質があり、手にすぐ馴染む。
《 頭を撫でる 》
この行為がいかに暖かいか、愛情を感じるか…実感する。
撫でる方も撫でられる方も……同時に愛しい気持ちが溢れかえる。
気持ちを伝えるのに、こんなにも素敵な方法も無いと思う…。
抱き締める事も大切だけど、こんなちよっとした行動が、こんなにも気持ち良い……。
「海堂、好きだぜ…。」
その心のままに海堂に素直な気持ちを伝えた。
真夏のある日の出来事であった――――
― END―
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