『★好き嫌い★(亜南)』

 南は目の前の後景をジーッと、何かを思いながら見ていた。
ここは、今、目の前にいる人物……亜久津の部屋だ。
部活の無い休日、「今から来い。」と言う命令形なメールの一言により、適当に何個かのケーキを買い持って来たのだ。
そして、今、こうして2人対峙して食べていると言う訳なのだが……。
 目の前の人物は、さっきから一言も喋らずにケーキを頬張っている。
 亜久津とケーキ……これ程、ミスマッチな光景も無いだろう…。
あまりにも不似合い過ぎて、さっきから目が放せない南だった。
それと同時に、あるモノが目に溜まり、さっきから頭の中で疑問がグルグル回っているのだ。
 それは、亜久津の皿に置かれた小さなモノの存在。
亜久津は、南からケーキを受け取ると、さして迷いもせずに『モンブラン』のケーキを手に取り、周りのラッピングを取ると食べだした。
 しかし、何故か食べる前にその上に乗っかっている『 栗 』を皿の上に置いていたのだ。
そして、それから手を付けず、今は違うケーキを食べている……。
 南は、その行動の一部始終を見て自分の中で推理していた。

《……あの栗はどうすんだ? 食べるのか? いや、でも…あれだけを置いて違うケーキを食うって事は、嫌いなのか? う~ん…謎だ。でも、亜久津の性格なら好きな奴は直ぐにでも食う様な感じだし、やっぱり嫌いなのか? 嫌いだから敢えて食わないんだよな?だよな。そうに違いない……。》

「なあ、亜久津?」

思い切って声を掛けてみる。
すると、今までこちらの視線になんて無関心で、別の方を見ていた亜久津がこちらを向いた。

「あ?」

「それ嫌いなんだろ?いらないんなら、俺が貰うな。」

 言葉と同時に身を乗り出し、ヒョイッと亜久津の皿に乗っかっていた栗を掴み、口の中に放り込みモグモグと食べた。
ん~やっぱ栗は美味いな★
 なんて考えながら、フと亜久津の方を見ると、なんだか様子が可笑しい。

「ど、どした亜久津っ?」

 フルフルと拳を震わせている。
その表情は伏せている為、見る事は出来ないが何故か嫌な予感がし、背中に冷や汗が流れる。

「……………。」

無言なのがまた、恐ろしい……。

「あ…亜久津?」

「………テメッ…。」

 ヒッッ!!
なんか知らないけど、物凄くヤバイ気がする…。
なんだか亜久津は怒っている様だ…。
 俺、何かしたか?

「あ…亜久津っ!なんか怒ってるか…?」

 なんだか無言の威圧感が漂っているんですけど…;
俺は身の危険を感じ、ズズッと後ろに下がった。

「テメッ…どう弁償すんだよ?あ?」

「……な、何の事だ?」

 何時の間にこっちに来たのか、亜久津は座っていたベットから立ち上がり、気付いたら目の前に詰め寄っていた。
その表情は、今にも人が殺せそうなくらいなモノで、さすがに慣れて来た俺でも、これは怖い…;

「………栗…。」

 しかし、その口から出てきた意外な言葉に今までの怖さが吹っ飛んだ。

「へ?」

 あまりにも意外な言葉に、思わず間抜けな声が出てしまう。
きっと顔も同様になっているだろう。
……今、亜久津なんて言ったんだ?
 俺の聞き間違いじゃなければ…『栗』って聞こえた様な……。
もしかして……

もしかして…

いや、もしかしなくても……

あれかっ!!

 今さっき自分が食べた栗を思い出し、思わず口を押えていた。
チラッと亜久津の方を見れば、その表情は相変わらずで。
でも、その心の中を覗いた気がして、自分のしてしまった事を棚に上げて思わず笑いが込み上げてくる。

「プッ…。」

「あ?」

 南の口から出た笑い声に、更に眉間に皺が寄る亜久津。
怖い表情だけど、たかが栗一つで怒る。そんな幼さにますます笑いが沸き起こってしまう。

「ククッ…アハハッ。アハハッ、はら、腹イテェ~。」

 今まで怖いイメージしかなかった亜久津が、なんだか可愛らしく感じた。
俺に対していつもクールってか、冷たい感じなんだけど、こんな感情もあるんだなぁ。と嬉しくなつたり。

「…何、笑ってんだ…あ?南。」

 笑われた事に更に怒りが増したのか、亜久津の手が胸倉を掴んでくる。

「わっ!!まてまて、悪かった!」

 意気なり戦闘モードで来た亜久津にビビる。
いくら、最近は減ったって言っても、亜久津となんて喧嘩したら無事では済まない。

「何がだ?」

「だ、だから。えっと…栗を食っちゃったのと、笑ったのだよ…。」

「……………。」

 素直に謝るが、亜久津はジーッとこちらを見て、その手を放そうともしてくれない。

「あ、亜久津?ホント悪かったって…。」

 間近で見つめられ、ちょっと居心地が悪い。
いや、微かな罪悪感があったから…ますますなのかもしれない。
それでも、なかなか亜久津が口を開かないので、このまま殴られるのか?と心配になってくる。
俺に手を上げる事が最近減て来ているが…怒り浸透の亜久津では何をされるか分かったもんじゃないし。
 まるで、死刑執行を待つ囚人の様だ…;
心の中で『アーメン』なんて祈っていると、亜久津がやっと口を開いた。

「……ホントに悪いと思ってんのか?」

 コクコクと素直に頷けば、ジーッとこっちを見ていた亜久津がニヤッと笑った。
な、なんだ?
 その笑いに、またまた嫌な予感がするのは…気のせいか?

「…なら、テメェで弁償しろ。」

その言葉と共に、亜久津の顔が近づいてくる。
何を言われたか分からなく一瞬呆けていると、そのまま唇に暖かい感触が……。
 それが、亜久津の唇だと気付き抵抗しようとしたが、如何せん相手の方が体格は良い…。
俺も小さくは無いが、力が違う。

「んっんん~っ!!」

 それでも、ジタバタ暴れるが一向に離れる様子は無い。
しかも、その手は服の裾から中に入ってくる。

「んんーっ!!」

 さすがにヤバイと力の限り抵抗すると、やっと唇が離れた。

「ハア…ハアハア…っ。何…すんだよ!」

「何って…何だろ?」

「っ////」

 こっちは動揺しまくっているって言うのに、相手は至って冷静だ。
それがまたムカつく…。

「南…余計な抵抗すんなよ?あ?テメェに拒否権はねぇぜ。」

「ぐっ…。」

 そりゃ、栗を食っちまったのは悪いと思うけど…それとこれじゃ、割りに合わないような……。
なんて考えていると、ヒョイッと身体が浮き上がる。

「わっ!!」

気付いたらベットの上に押し倒されていた。
目の前には亜久津の顔。
 その目には、さっきまでの怒りは無い。
ただ、俺をじっと見詰める瞳があるだけ…。

「………………。」

黙ってジーッと見ていると、その顔が降りてきた。
 口付けを受けながら、今日は仕方無いかと思った。
確かに自分が勝手に誤解して食べてしまったんだし…亜久津の意外な一面ってやつも見れたし。
それに、この瞳にはやっぱり逆らえない…。
それを自覚している南だった。
 首筋に感じる熱を感じながら、フゥと一つ溜息を吐き、静かに目を閉じる南。
その手は、しっかりと亜久津の背中に回っていた――――






―― おまけ ――


「なあ、亜久津…。なんで栗残したんだよ?お前なら好きなモノは真っ先に食うんじゃないのか?」

 窓際に佇み、煙草を吹かしている亜久津に声を掛けてみる。
亜久津は上半身裸で、ズボンだけを掃いている格好だ。
 月光を浴び、煙草を吹かす光景が良く似合っていて、綺麗だな…なんて思いながらジーッと見ていると、こちらを向いた亜久津が煙草を消し、歩いてきた。

「なんだよ?」

何も言わない亜久津の沈黙が、居心地悪い。
 しかも、ジーッとこつちを見たままだし…。
その視線から逃げる様に布団を引き上げた。

「……好きなモンは最後に食うのが、一番美味しいんだ。……例外はあるけどよ。」

 そう言うと、チュッと亜久津がキスしてきた。
それを受けつつ。

【 亜久津は、好きなモノは最後に食う質…今後、コイツの残すモノには手を付けるべからず・・・ 】なんて事を心に刻み付ける南であった。
 また、亜久津が言った例外が、自分であるなんて…欠片も思わない南だった。

                   ―END―
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