『★君に会いたい★(大菊)』

「う~何でだよ~。」

 昼休み時間に差し掛かった今、教室では弁当を食べている者。友達と話をしている者。弁当を持ち、何処かへ行く者等、騒がしい雰囲気が漂っている。
その中で一人机に突っ伏し、項垂れている者が居た。
その口から出るのは溜息ばかり……。
菊丸は、ボーッと窓から外の景色を見ていた。
いつもは絶好調な菊丸だったが、今日の気分は絶不調…。
空は雲も無く、真っ青な快晴だっていうのに…。
今の俺の心は悲しいブルーの空が広がっていた……。

「う~。大石のバカァ―。何でだよ~。」

ボソッと独り言を呟いた声に返事が返った。

「何が?」

 突っ伏した体制のまま目だけそちらを向けば、そこに立っていたのは自分と同じクラスで親友でもある不二だった。

「な―んだ、不二か~。」

「なんだって…酷いね、英二。」

不二はさして気にした風も無くクスッと笑っているが、これは失言だったとすぐに謝る事にした菊丸。

「はは~;ごめんにゃ。」

「フフ。いいって。それで?」

「ん?」

不二は目の前の席に座り、顔を覗き込んで来る。
目線だけで、次の言葉を促せば、頭に暖かい手が下りてきて頭を撫でられた。
その手が暖かくて、ちょっぴり心地良い。

「何がそんなに英二を落ち込ませてるの? まあ…大体は想像付くけどね。」

「へ? 不二、分かんの?」

驚いて思わず顔を上げると、不二はクスクス笑っていた。

「分からない方が可笑しいよ。だって英二って分かりやすいんだもん。」

「ん~? そうかな?」

 不二の言葉に首を傾げる。
自分の事なんて、自分が一番よく分からないもんだ。

「どうせ、大石に会えなんて拗ねてるんでしょ?」

「っ!!」

 分かると言われても何処か半信半疑だったけど、不二にまさに図星を言われ罰が悪い。
 
「う~~。どうせ、分かり易いよ―だ…。」

 また机に突っ伏した菊丸に呆れた様に不二が溜息を掃く。

「はいはい、そんな不貞腐れない。それで、なんで英二はここに居るの? 大石に会いにいけばいいんじゃない?」

「う~。もぅ…ぃった…。」

「え?もう一回言って?」

 ブスッとしながらモゾモゾと返事をする。
しかし、あまりにも小さかった為に不二には聞こえなかったらしい。

「う~。だからっ!もう行ったの―っ! 昼休み開始に行ったけど、もう居なかったのっ!委員会なんだって…朝も昼もだし…。なんでも、校内を見て回るんだってっ。しかもっ!立候補なんだってっ!!」

 一気に捲くし立てる。
溜め込んでいたモノを出した事で少しすっきりした。
不二はそれもすべて受け取めてから、菊丸の頭をポンポンと撫でてやった。

「それは…大変そうだね。大石って美化委員だっけ? 彼らしいね。」

「うん……。大石らしくって、何も言えないよ。でも…会いたいのに…。」

しゅん…。と項垂れてしまった菊丸がなんだか可哀想になってきた。
 よくよく話を聞いてみると、朝練では大石は委員会で休んでいたので会えず。一時間目の休み時間は、大石が移動教室で、二時間目の休みは菊丸が移動で。
三時間目は、菊丸が先生に呼ばれており、そして昼の今はこうして今、また委員会で会えないらしい…。
 なんともすれ違いなカップルだ。
これは、菊丸でなくてもちょっと凹むかも…なんて感じた不二であった。
でも、これくらいの擦れ違いなら普通じゃないのかな…なんて思う心もあり、そう言ってみた。

「ねぇ、英二。」

「何?」

「校内で会えない事なんて普通じゃない? 同じクラスじゃないし、2組と6組じゃ上がる階段も違うんだし…。」

「う―。そんな事ないよ! 今までこんなに会えなかった事なんて無いし…朝練で会えなくても昼には必ず会えたし…う~大石~。」

 グズグズしだした菊丸に対し、不二はニコリと笑いつつ心の中では《 このバカップルメッ! 》と思っていたとか。
まあ、その努力の殆どが大石の配慮である事が分かるので、言わないで置こう…なんて思っていた不二だった。

「まだ、午後からもあるし。今は、ご飯食べようよ。もう時間無くなるよ?」

「う~。分かった―。」

 不二の言葉にやっと少し浮上し、弁当を取り出して食べ始める。

《 大石~。早く会いたいよ…。》

今頃校内を走り回っているだろう恋人を思い、チビチビとご飯を噛み締める菊丸であった。


 一方その頃、大石はというと――――
昼の委員の仕事をしながら、空いた時間に昼食を取ろうとしていた。
裏庭に面する石段に腰掛けると、持っていた弁当を広げた。
しかし、その箸の進みはよろしくない。

「ハア……。」

一つ溜息を吐き、真っ青な快晴を見せている空を見上げる。
 英二…今頃どうしているだろう…。
菊丸の事を考え、もう一度はぁ…と溜息を吐いた。
そう、彼も彼で今日一日今まで恋人に会えない事に、少なからず参っていたのだ。
大石は大石で菊丸に会おうと、クラスを訪れていたが、それがまた擦れ違いになり会えずにこの時間になってしまっていた。
口から出るのは菊丸と同じで溜息ばかりだ。
 もう一度『はぁ…』と溜息を掃いていると意気なり声が振ってきた。

「大石の今日した溜息の確率、いつもの96%増しだな。」

「っ!!」

 意気なり現れた乾の存在に驚いて、胃が痛くなった気がする。

「い…乾…驚かさないでくれよ;」

「ん?ああ…すまん。ところで大石、こんな所で何をしてるんだ?」

「ああ。俺は委員会の仕事で校内を見て回っているんだ。」

 乾の問いに自分の横に置いてあったボードを取り見せる。
そこには色んな項目が書いてあり、その横には○と×の印が並んでいた。 

「ふむ…。それにしては溜息が多いな。どうしたんだ?」

「あ…ああ。ちょっとな。」

そのボードを見らがら、何やらノートに書き込んでいる乾に、乾いた笑みを向ける。

「…菊丸だな。」

「っ!!」

「図星の様だな。まあ、さしずめ今日一日まだ菊丸に会っていない事が原因だろう?」

「…ハハ…;乾には敵わないな…。」

「データは嘘を付かないからな。」

ニヤリと笑う乾に、隠し事は出来ないなと冷や汗が流れた思いがした大石であった。

「なかなか、英二に会いに行けなくて…。ちょっと落ち込んでたって訳なんだ。」

「ふむ。それは菊丸も同様だな。」

「英二も?」

「ああ、俺のデータによると今頃菊丸が、机に突っ伏している確率99.8%だ。」 

「……そうか。」

 ノートを見ながらそう答える乾に、それしか返す事が出来ない。
英二が落ち込んでるって言うのには、すぐにでも駆け付けたい思いだが、それが自分と会えないからだと思うとなんだかちょっぴり嬉しく思える。
 でも、ますます会いたい気持ちは募るばかりだ。

「会いに行けばいいじゃないか?」

「…そうなんだれどな…。今はまだ仕事が残ってるからさ……。」

「午後からでも遅くはないんじゃないか? それに、校内で会えない事なんて普通じゃないか?」

「ああ…。いや、まあ。今までこんなに会えなかった事無かったからな…。英二に今直ぐ会いたいな…って。」

「……………。」

 《 今まで無いとは、データ外だったな。それもすべて大石の努力の結晶って言うわけが…。いいデータが取れた。しかし…なんてバカップルなんだコイツ等は…。 》

大石の言葉に微かにずれた眼鏡を直しながら、心の中でそう呟いた乾だった。

「まあ…。検討を祈る。」

「ああ、ありがとう。」

 乾はそう言うと、その場から立ち去っていった。
それを見送り、また空を見上げた大石は《 英二…会いたい…。 》と心の中で呟いた。
そして、未だ手付かずだった弁当に箸を伸ばした。


 午後最初の授業を終えた菊丸は、チャイムが鳴るのもそこそこに2組の教室へと走り出した。
一刻も早く大石に会いたい気持ちが、彼にその行動を起こさせた。
そして同時刻に、大石も同様に菊丸の教室を目指していた。
が、途中で同級生に捕まってしまった。
無碍に断る事が出来ない大石は、そのまま話に付き合う事になつてしまった。
しかも、奥まった所に居た為に菊丸とは擦れ違ってしまう。

 菊丸が2組の教室に到着し逸る気持ちそのままにドアから入り、大声で名前を呼ぶ。

「大石~!」

しかし、それに返る笑顔が無い。
そう、探し人の姿は教室内には無かったのだ。

「あれ…大石?」

「なんだよ、菊丸。大石に用事か?」

 一年の時同じクラスだった友達が、菊丸の声に気付き近寄ってきた。

「うん。大石は?」

「大石なら、チャイムが鳴ったと同時に飛び出して行ったぞ? どこに行ったかは分かんね―けどな。」

「……そう。あんがと、じゃあね。」

「あう、またな―。」

 シュンと落ち込みながら、トボトボ自分のクラスに戻る。
その心の中では《 大石~。大石~。秀一郎のバカーっ 》と大石の事で一杯だった。
 菊丸が大石の教室を訪れている頃、やっとの事で同級生から逃れた大石も6組のクラスに立ち寄っていた。

「英二?」

 菊丸とは違い静かだが、心の中では早く会いたいと思いながらクラスを覗く。
しかし、そこに会いたい人物の姿が見当たらない。

「大石! なんでここにいるの?」

「不二? 英二は、いないのか?」

「英二なら君のクラスに会いに行ったよ、途中で会わなかったの?」

「いや…ちょっと友達に捕まってて…。」

 罰が悪そうに頭を掻くと、不二が呆れた様に溜息を吐いた。

「…まったく、お人好しも大概にしないと…。英二泣かせたら、僕が怒るよ?」

「ああ…分かってるよ。」

「じゃあ、今すぐクラスに戻って。」

「分かった。ありがとう、不二。」

 手を上げ駆けていく大石を見送りながら、また溜息を吐く不二だった。
まったく世話の焼けるペアなんだから……と。
 しかし、折角の不二のアシストも効かず、クラスに戻った大石と、自分のクラスに戻ろうとしていた菊丸は、別の階段を使ってしまった事でまたまた会えずに終わってしまった。
 自分のクラスに戻り不二にその事を聞いた菊丸は、もう一度行こうとしたが、タイミングが悪く授業開始のチャイムに阻まれてしまった。
 今度ばかりは菊丸も、机に伏せて授業中ずっと浮上できないでいた。
それは、大石も同じで互いに想いは同じ。
  『 会いたい 』
それだけだった――――

 そうこうしている内に今日の授業も終わりを告げた。
そして、いよいよ部活しか残っていない。
今度こそ会えると思っていた菊丸は、部室での手塚の一言に大打撃を受けていた。

「大石は用事の為、今日の部活は欠席する。以上だ。」 

解散とばからりに部員が散り散りテニスコートに向かう中、菊丸はただ立ち尽くす事しか出来なかった。

「……………。」

「…英二?」

そっとその肩に手を置き、顔を覗き込めばその表情はいつになく暗く、今にも泣き出してしまいそうだ。

「う~。大石のバカ…。会いたいのに……会いたくて…苦しいのに~。なんで居ないんだよ…。」

「英二…。」

 不二はそんな菊丸をそっと抱き締め、ポンポンと背中を撫でてやる。
ホント、フォローがなってないんだから大石ってば。
一言くらい英二に行っていけば良いモノを…なんてちょっぴり怒りモードになっていた不二だった。
 ポンポンと叩く内に落ち着きを取り戻した菊丸が、不二にお礼を言い2人一緒にテニスコートに出ていた。
 しかし、やはり練習に身が入らない菊丸は凡ミスを繰り返す事になったが。
 今日の部活も終わり、着替えを済ましたものから岐路に着いていく。
そんな中、菊丸はボケーッとしながら着替えていた。
その動作は菊丸にしては珍しく遅い。
 そんな菊丸を心配し、不二は一緒に帰る事にした。

「英二、帰ろう。」

「あ…うん。」

 テニスバッグを肩に掛けると不二と一緒に校門を出る。
トボトボと歩いていると、意気なり名前を呼ばれた。

「英二っ!!」

 それは、とても愛しい人の声で……
 自分の大好きな人の声で……
今、誰よりも会いたかった人の声だった……

「お…おおいし?……大石っ!大石~っ!!」

顔を上げ、声のした方を見てみると、肩で意気をしながら。でも、しっかりと自分を見つめ笑顔を向けている大石の姿があった。
 その姿を見た途端、形振り構わず駆け出していた。
勢い良くその腕の中に飛び込む。
俺の身体を暖かくて大きな手でしっかりと受け止めてくれる大石。
 やっぱり、ここが自分の居場所だと感じた。

「う~。大石~。」

「英二……。」

「「会いたかった…。」」

 ぎゅっとお互いに抱き締めあい、お互いがそう呟いた。
それがあまりにも同時だった為、2人で顔を見合わせクスッと笑ってしまった。

「会いたかったよ、大石♪」

「ああ…俺も会いたかったよ、英二。」

 クスクス笑い合っていると、後ろで溜息を吐く音が聞こえてきた。

「はあ…ここどこだと思ってるの、2人とも。やるなら誰も居ない所でしなよ。」

「「あ…。」」

不二の言葉にここが校門前だった事を思い出し、顔を赤くしてさっと離れる菊丸と大石だった。

「英二、良かったね。」

「不二…ありがとね。」

「うん。」

 菊丸の肩をポンポンと叩き、今度は大石に向き直る。

「大石…貸し一つだからね。」

「ああ…悪かったな。不二。」

 キッときつく大石を見てからそう言う不二に、大石は誠実に返す。
きっと今日一日、彼が一番英二を心配してくれていたから。

「うん…じゃあ、僕は帰るから、2人っきりを堪能しなよ。」

大石の言葉を受け、いつもの笑顔に戻った不二はそれだけ言い残すと2人に手を振り帰って行く。
 残された2人は、その後ろ姿を見届けると、またお互いを見合う。

「英二…ちょっとよつてかないか?」

「…うん♪行こう、大石☆」

何処へ行こうとか、此処と言う特定の言葉を言わなくても、お互いに何処へ向かおうとしているかが分かり合える。
 大石は菊丸の手を取り、歩き出した。
菊丸もその手を握り返し、そのまま大石の後を付いて行く。
 2人が着いた場所は、いつも負けた時反省会をしていた、あのコンテナだった。
コンテナの上に登り、そこから見える夕日にしばし沈黙が流れる。
最初に口を開いたのは菊丸だった。

「大石、そういや用事は良かったの?」

「ああ…それか。用事はちゃんと済ませたよ。それから急いで学校に戻ってきたんだ。だから、心配しなくていいよ。」

「そっか…。へへ☆」

 ニコッと笑うとその頭を、大きな暖かい手で撫でられる。

「大石…俺、今日一日ず―っと会いたかったんだぞ~。もう、お人好しなんだもんにゃ~大石ってば…。」

「ああ…ごめんな、英二。でも、俺も会いたかったんだよ?」

「うん…分かってる。だから怒れないんじゃん。」

「うん…。」

 2人の間に静かな雰囲気が流れる。
お互いの言いたい事は、言わなくても分かる。
それは『 一緒に居たい 』その一言だけ。

「でも、もういいや!」

「英二?」

「今、こうして大石と居られるからっ!今日一日の落ち込みも無しにするっ!」

「ハハ…英二らしいな。俺も…忘れるよ。こうして居られるしな。」

「おうっ!同じ同じ♪ なんたって俺たち…。」

「「ゴールデンペアだからな☆」」

「あははっ!」

「ははっ!」

 お互いの言葉にますます笑いが起こる。
やっぱり一緒に居るのが一番しっくり来るし、安心出来る。
ここが居場所だって感じるから…。

「大石、だ―い好き♪」

「ああ、俺も好きだよ。」

「へへ☆」

 ニッコリ笑う菊丸を抱き寄せ、そっとその唇を奪う大石。
菊丸もそっと目を閉じ、その背中に腕を回した。
夕日に照らされながら2人そっと共に在る………。
 寂しさも、辛さも2倍なら、楽しさや嬉しさ、喜びも2人、側に居れば2倍以上になる。
 それを実感しつつ、側に居たいと強く願う―――
 そう、今、この時…ここにある『暖かさ』を失いたくないから―――


                   ―END―
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