『★俺を呼ぶ声★(千南)』

 山吹中テニス部部室-ーー

部活も当に終わり、部員も既に帰宅している。
この部屋に残っているのは、部長で今日の部誌を書いている俺と-ーーー

「ねぇ、みなみ~。南ってば~。」

「・・・・・・・・・。」

椅子を何個も重ねて並べ、その上に寝転がりこちらを見ながら、自分を呼ぶコイツ、千石清純だけ・・・。

「聞いてる~?南ってば~、みなみ、みなみ、みーなみっ~!」

 コイツってば、こっちが真剣に部誌を書いていると言うのにもさっきからずっとこうして俺を呼んでいる。
 それも大声で・・・。
それが俺の神経を逆撫でし、部誌も全然進まない。
なので、《 みなみ・みなみってそれしか言えねぇのか、コイツわっ! 》と怒りもますます募るって訳だ。

「南~っ!南ってば~。」

「ダーッ!煩せぇーっ!!」

ついに堪忍袋の尾が切れ、キッ睨み付けると、目が合った千石はニヤッと笑っていた。

「やーっと、こっち向いた★ ねえねえ、南~。まだ終わらないの? 俺、お腹抄いちゃったよ~。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

 千石から出てきた言葉の数々にピキッと頬が凍りつく。
口がヒクヒク引き攣っているのが、自分でも分かった。
 コイツ殺していいですか?と思わず神に尋ねちゃったくらいだ。

「・・・・・・どの口が、んな事言うんだろうな?誰の所為で帰れないと思ってんだ?」

「え?なになに、何の事? 南を邪魔する奴は、俺がやっつけてやるよ~?」

「・・・・・・・・・・・・・・・;」

まるで悪気もせずに、またしても的外れな事を言う千石に、開いた口が塞がらない。
コイツには、何を言っても無駄だと確信した。
 千石はほっといて部誌を片付ける事にし、ハァと一つ溜息を吐き、テーブルに向き直ると部誌書き出す。

「南?どしたの?ねえ?」

 後ろでは千石がキョトンとしながら、訳が分からないといった様子をしているが、それは無視する事にした。
これ以上千石に付き合っていたら、終わるモノも終わらなくなる。
アイツの思考には付いていけない・・・。
なら、気にしないのが一番だ。
 黙っていると、また千石が声を掛けてきた。
部誌に専念する事にした俺は、それに適当に返す。

「ねぇ、南~。帰らないの~?」

「おー。」

「ねぇ、南~。お腹空かない?」

「おー。」

「みなみ~。帰りになんか食べに行こう~?」

「おー。」

「えっ、ホントに!」

「おー。」

「・・・・・・・・・・・・。」

  一瞬、部室に静寂が漂う。
南は部誌を書くことに集中しており、千石が何かを考えながら自分を見ている事に気づいていない。う~ん・・・と一つ唸り、また南に声を掛ける千石だった。

「ねぇ、南~。」

「おー。」

「俺の事好き?」

「おー。」

「へー。好きなんだ★ じゃあ、キスしてもいいよね?」

「おー。」

 千石の言葉に、部誌に集中していた為、何も考えずに答えていた南。
ふと、間近に人の気配を感じ横を見上げると、すぐ側に千石の顔があった。

「千石?」

「キスしていいんだよね?」

「は?」

呆けていると、その唇が降りてきてその行動に気づいた時には、すでにキスされていた。
最初はただ軽く触れるだけで、一度離れたそれは、南が言葉を発する前にまた塞がれてしまった。
今度はもっと角度を変えて、唇を貪る様な濃厚なモノで・・・・・・。

「んっ!!」

抵抗の為に挙げた手は、相手に届く前にキツク千石に捕まれてしまい、動かない。
座っている自分と、屈んだ状態の千石とでは体制的に不利だ。

「んーっ・・・あ・・・・・・ぅん・・・。」

 やっと唇が離れたかと思うと、酸欠状態でハアハアと肩で息をする始末だ。
顔が熱い・・・・・・
きっと真っ赤になっているに違いない。
そんな顔を見られたくなくて、テーブルに突っ伏した。しかも身体に力が入らず、格好悪い事この上無い。

「へへ☆ ごちそうさま、南♪」

嬉しそうな千石の声が聞こえてきたが、反論の言葉さえ出てこない。
腹立たしいので、その頭をボカッと殴ってやった。

「っつ!いった~何すんの、南ってば~。」

叩かれた頭を押えて蹲る千石に、ちょっと気持ちが晴れた。

「お互い様だ。たくっ、ろくな事しないんだからなーっ!」

まだブツブツ文句を言っている千石を無視し、また部誌に集中し出す。
 それでもさっきよりは機嫌の良くなった千石は、今度は椅子を並べて作ったベットでは無く、自分の真正面の席に座ると、また「南・南」と自分を呼ぶ。
 今だけで何回聞いたか分からない、千石が自分の名前を呼ぶ声。
なんだか何度も聞いていると、コイツが呼ぶ声も心地よくなってくるから・・・不思議だ・・・;
なんやかんや言っても、付き合っちゃうんだよな・・・。
まぁ、コイツの世話が出来るのは自分しかいないんだから仕方ないか・・・。

「みなみ~。」

 パタンと部誌の扉を閉めると、カタンと音を鳴らして椅子から立ち上がる。
近くに置いてあったテニスバッグを肩に掛ける。
俺の意気成りの行動に呆けていた千石は、まだ椅子に座ったままだ。

「みなみ?」

「・・・・・・行くんだろ?」

「へ?」

「・・・っ。だから、何か食べに・・・。早くしろよっ。」

 俺がボソッとそう言うと、パーッとその顔を子どもの様に輝かせ、せかせかと自分のテニスバッグを背負う千石に、知らず知らず笑みがこぼれた。
 まったく、仕方ないな。
お調子者でいつも煩い、コイツがいいんだから。

「へへ☆ じゃあ、行こう。南♪」

「おう。」

 2人一緒に、夕闇が間近に迫った空の下歩く ----
明日もきっと千石は、俺の事を呼ぶのだろう。
その愛しい声で『 みなみ 』と俺の名前を----
そして、俺はそれにきっとまた返事を返す。
 隣にコイツが、千石が居る限り・・・・・・
 千石が俺を呼び続ける限り、永遠に----
        

          - END -
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