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『★おやつ禁止令★(ジャブン)』

「歯が痛い……。」

それは、ブン太の一言から始まった。
 立海大付属中学テニス部の部室---
今日の練習を終え、各自着替えなり、くつろぐなりしていた時だった。
ブン太はいつもの様に自分のロッカーを開けると、中から大好きなチューインガムを取り出し、パクンと口に運んだ。
 その瞬間、今までに無い痛みを感じたのだ。
頬を押さえたまま蹲るブン太に、今までそれぞれに活動していた皆が注目する。

「どうした?」

隣のロッカーで着替えをしていた、ダブルスのパートナーでもあるジャッカルがブン太を覗き込めば、その直後に強烈なアッパーが一撃飛んで来た。

「歯が痛いだろぃ、ジャッカルのバカ-っ!」

「なっ…俺の所為かよ…;」

強烈なアッパーの所為で痛めた顎を押えながらジャッカルが呟く。が、その呟きはざわざわと集まって来た部員によってかき消される。

「歯が痛いじゃと?」

「それは虫歯ですね。」

「丸井先輩、お菓子の食いすぎじゃねぇっスか~?」

「丸井が1日に食べるお菓子の量は、一般人の約3.86倍。虫歯になる確率も一般甚り遥かに上がると言う訳だな。」

 心配そうに声を掛けてくる仁王&柳生に、面白いモノを見つけたと楽しんでいる赤也。
ふむふむと一人頷く柳等に周りを囲まれる間にも、歯の痛さに頬をギュッと押さえ、目に涙を浮かべて耐えるブン太。
 そんな中、ビシッとキツイ一言が飛ぶ。

「たるんどるっ!丸井、今日にでも歯医者に行って来いっ!!」

ビシッとブン太を見据えながら、真田が厳しくも正論を述べた。
しかし、それに反論したのは歯の痛いブン太自身であった。

「え~!ヤダよ。俺、歯医者って嫌いだし…ジャッカル代わりに言って来ぃ。」

 憮然と頬を膨らますと、ジャッカルを指差し命令する。

「って、また俺かよっ!ってか、俺が行ってど-するんだよっ!!」

またまた自分を名指しにされたジャッカルが突っ込む。
 ブン太のこんな王様並の言葉には慣れているが、さすがの今回は当事者な訳じゃないので行ける訳が無いと諭す。
しかし、それでもまだ納得がいかないとばかりに、暴れた様に怒鳴るブン太。

「何でだよっ!俺の痛いのはお前のモノっ。お前の痛いのはお前のモノだろぃ!俺が痛がっているってのに、ジャッカルはそれでいいのかっ!お前が歯医者に行ってこぃ!俺は、嫌なのっ!!分かったか~っ!!」

フンッとまるで正論を言うような口振りのブン太の態度に、呆れて物が言えない。

「何、へ理屈言ってるんだよ…;」

「あははっ!ウケるっ、さっすが丸井先輩だぜ☆」

 赤也なんかはゲラゲラ笑う始末だ。

「駄目だこりゃ…どうずるぜよ、柳生。」

「どうすると言われましても…。」

 ハァと手振りまで入れジャッカル同様、呆れた様にブン太を見る仁王と、眼鏡をずり上げながら考え込む柳生。

「いつもの事だが、今日は歯の痛さが加算され、ますます自分勝手な解釈に拍車が掛かっているらしい。」

 現状をいちいち推察する柳。
毎度の事ながら、ブン太の我が侭には呆れ果てると皆が思った。
その時、今までじっと耐えていた男が動いた。

「何を我が侭を言っているのだ。歯医者に行かなければ、治るモノも治らんだろうっ!丸井は歯が治るまで、おやつ禁止だっ! 皆も頭に入れて置くように! くれぐれも丸井にお菓子を与えるなっ。ジャッカル、ちゃんと見張っておけっ!」

「え-っ!!真田、何て事言うんだよ~っ! 横暴だっ!職権乱用だ~っ!!鬼~! 権力帝王っ! 幸村バカッ~!!お菓子食べなきゃ、俺…死んじゃうんだぞぃ…。」

 ありとあわゆる罵声を飛ばすブン太も、無表情で睨む真田の圧力に負け、最後にはシクシクと泣き出してしまった。
 そして、またもブン太のお目付け役を頼まれてしまったジャッカルは、一人項垂れるのであった。

「……また、俺かよ…;」

 この日、真田の命により【 丸井、おやつ禁止令 】が出されたのであった----


 その日の帰り、渋々ジャッカルと歯医者を訪れたブン太だった。
しかし、その玄関にたどり着くと、クルッと身を翻し帰ろうとしだした。
それを、すんでの所で制服を掴み止めたジャッカル。

「おいおい、どこ行くんだよっ!」

「嫌だ~っ!やっぱり行かねぇっ!!」

「今更、此処まで来て何言い出すんだ、お前は…; お菓子食べれなくてもいいのかよ?」

「………うぅ~~っ。」

 唸りつつ、歯医者の看板と思考を巡らせているブン太。
おやつも食べたいけど、歯医者は嫌…。ブン太の中で【歯医者=痛い】という図式が出来上がっていた。
それでも、大好きなお菓子の為には行くしかない訳で…。

「うぅ~~。よし…行くっ!」

キッと覚悟を決めるとブン太は、ズカズカと玄関の扉を開けた。

「たのも~っ!!」

ブン太の場違いな言い様に、待っていた患者さん達の目線が一斉にこちらを向く。

「おいおい、違うだろ…;」

そんな視線にも一切無関心で進むブン太。
ジャッカルだけが、その好奇な者を見る皆の視線に耐えていた。
自分の番を待つ間に、隣のブン太が最初の意気込みはどこへ行ったのか、静かに沈黙している姿がジャッカルの目に映る。
 不審に思い、その表情を覗き込むと…その顔は真っ青になっていた。

「おいおい、大丈夫かよ?」

「……………。」

 ジャッカルの言葉も聞こえていないのか、不気味な沈黙が続く。
そして、いよいよブン太の番が来た。

「丸井さん、丸井さん。中へどうぞ。」

歯科衛生士さんの声にビクッと、身体を震わすブン太。
恐怖からか、ギュッとその手はジャッカルの袖を掴んだままであった。
 放そうとせず、見るからに怖がっているブン太に仕方ないなと、ジャッカルは入り口まで一緒に付いて行ってやる事にした。
そして…いよいよ入ろうとした、その時---

「っつ。やっぱ、俺ダメッ!お前が言ってこぉいぃ~っ!!」

「へ?」

そう言うと、意気なりジャッカルを室内に投げ込み、颯爽と逃げるブン太だった。

「はい、それじゃあ、どうぞ~。」

「え? な、俺っ違いますっ!」

「ん?大丈夫、痛くないわよ☆」

 一連の事情を見ていた筈なのに、どこをどう取ったのかジャッカルを患者だと勘違いした天然の歯科衛生士に引っ張られるように室内に入れられ、治療を受ける羽目になったジャッカルであった。

「だからっ、違うってっっ!!」

 葉が痛い訳でも無く治療されたジャッカルの叫び声が、空に響き渡っていた。


 一方、ジャッカルを身代わりに逃げ出したブン太はと言うと…。
近くのコンビニで買ったアイスを食べようとして、歯の痛さにその場に蹲っていた。

「うぅ~、こんな歯の痛みに負けるもんか~っ!!」

変な意気込みを掲げつつ、痛む歯と懸命に戦っていた。
その手には、まだしっかりとアイスが握られたままであり、意地でも放そうとしないのであった。
 次の日、朝練の為に部室に顔を出したブン太は、ジャッカルの恨めしそうな瞳と真田の青筋の浮かぶ額、逆八の字になった眉を見て、罰の悪い顔をした。

「…ブン太…。昨日はよくも俺を置いて逃げたな…。」

「あ-と…歯の治療が出来て、ジャッカルも良かったじゃん☆」

「……丸井…。俺は、お前に歯医者に行けと言った筈だな?」

「……ちゃんと歯医者には行ったぞぃ。ジャッカルが治療受けたけどな。」

 えっへんと胸を張って悪びれもせずに言うブン太に、ますます眉間の皺が深くなる真田。

「…俺は、ただ歯医者に行けとは言ったつもりはない。治療を受けろと言った筈だ。」

「……え~っ!あんなんじゃ、分かる訳ねぇだろ~。俺は約束通り行ったもんねっ!」

「へ理屈を言うなっ、この戯け者がっ!!」

「何がへ理屈なんだよ~。真田の頑固バカッ!」

ムムッと睨み合う2人を余所に、さっさと着替えを始めるレギュラー達。
この中の誰も止めようとする者は居なかった。

「…もう良い。柳…。」

「うむ。」

 真田に呼ばれた柳は、一つ頷くとブン太のロッカーを勝手に開け、中からお菓子の類を全部出し始めた。

「なっ!何するんだよ~っ!!」

「お前の歯が治るまでは、おやつ禁止と言ったであろう。これは没収させてもらう。」

「うぅ~っ! ジャッカルっ、なんとか言えよっ! 俺のパートナーだろ!!」

「なんとかって……お前が悪いんだろうが…。」

 ハァ…と呆れた様に溜息を吐き、その様子を見ている。

「うぅ~。真田のバカァッ…ジャッカルのアホ~っ。」

 お菓子がどんどんロッカーから消えていくのに、いよいよ泣き出したブン太。

「真田副部長、丸井先輩が可哀想っスよ。」

「そうじゃな、確かにブン太も悪いんじゃけど、それはあんまりじゃなかと?」

 赤也と仁王が、あまりのブン太の落ち込み様に助け舟を出すが、一環としてその体制を崩そうとしない真田だった。
 その間にも、柳はブン太のロッカーから没収したお菓子類を缶に詰め、鍵を掛けるとその蓋に【 開封厳禁! 開けた者には… 】と書いた紙を貼っていた。
全てを終えた柳は、それをロッカーの上のブン太の届かない所へと置いた。

「仕方なかろう。これも丸井の為だ。丸井、お菓子が食べたくば歯医者に行って、早く歯を治してこい。
そんな歯の痛いままでは、テニスにも身か入る訳がなかろう。いいな?」

「…………うぅ…。分かった……。」

グズグズッと泣きつつも了承したブン太だった。
 その日はちゃんと歯医者に行き、歯を治療したブン太。
しかし、1日で終わると思っていたブン太の思惑を裏切り、虫歯は神経にまで至っていた為、通院を余儀なくされてしまった。
 お菓子禁止日数が延びると知ったブン太は、付き添いのジャッカルが一瞬、哀れみの目を向ける程に落ち込んでいた。


 ブン太のお菓子断ちが続くある日の事----
毎日、毎時間の様に食べていたお菓子を全て没収され、家に帰ったら食べれると思っていたお菓子も真田の家族への余計な口添えによって食べれなくなり、ブン太の我慢も限界に来ていた。
 お菓子の匂いを嗅ぎ付ければフラフラと足がその場に向き、誰かが飴を食べていればジーッとその様子を、涎を垂らしながら見ている始末。
そんなブン太を見兼ねて飴くらい…と渡そうとする赤也をいつも止める柳。
禁断症状の様に、お菓子を求めるブン太に、お目付け役のジャッカルだけがあたふたしていた。

「さ、真田…。そろそろヤバイぞ…。」

「…そうだな。柳、丸井の歯の治療には後どれくらい掛かりそうだ?」

真田の問い掛けに、ジーッとブン太を見てデータと照合し答える柳。

「そうだな…ざっと見て、後2日と言った所か…。」

「後2日だそうだ…その間よろしく頼むぞ、ジャッカル。」

「……やっぱり、俺な訳ね…;」

もうすでに諦めた様にジャッカルは呟いていた。
 その後もブン太は、お菓子に釣られフラフラと彷徨い歩いていた。
そんなブン太の現状をテニス部員だけでなく知る学年の者達が、不憫そうにその姿を見ていた。
 そうこうして何とか1日はやり過ごしたが、後1日という所で事件は起きた。

「……お菓子…。お菓子はどこだ~…。グルルルル~ゥ…。」

 過度なお菓子欠乏症の禁断症状の為、ブン太が唸り出したのだ。
お菓子を断つ事一週間、その反動からの行動であった。
 調理実習で作ったのであろうケーキの甘い匂いを嗅ぎ付け、今まではなんとか思い留まっていたのが、歯止めが利かなくなり、そのまま突進していってしまう。
それを何とか、ほんの僅差で奪い取るジャッカル。
 真田からお目付け役を言い渡された手前、何としてでもこの危機を脱しなければならない。

「やめろっブン太! 後1日我慢すれば、お前の好きなお菓子が待ってるんだぞっ!!」

「うるさ-いぃっ!俺は、今ものすごっく食べたいんだ~っ!! 邪魔すんな、ジャッカルめっ!!」

「仕方ねぇだろっ!! 邪魔しなきゃ、俺が真田に怒られるんだよっ!!」

「俺の空腹と真田なんかと、どっちが大切なんだよ~っ!!」

お菓子を持って逃げるジャッカルと、それを物凄い速さで追いかけるブン太。
言い争いをしながらの校内の逃走劇に、自分の学年だけでなく学校中が、なんだなんだと騒がしくなり、注目してくる。

「どっちも大事じゃねぇしっ!むしろ、俺自身の身が大事だっ!!」

「き-っ!!ジャッカルの癖に~っ! その菓子置いていけ-っ!そしたら許してやるぞぃっ!!」

「何を許すんだよっ! 俺は、何もしてねぇぞっ!」

「俺からお菓子を盗んだだろっ、まだ邪魔するんなら、俺にも考えがあるぞーっ!」

猛スピードのハイテンションな良い合いに、真田なんかは額を押さえ、柳はニヤリと見やり、柳生と仁王は呆れ、赤也は「スッゲッ~☆もっとやれ~」と喜び囃し立てた。

校庭に出た所で、今まで追いかけ来ていたブン太が立ち止まった事を不審に思い、後ろを振り返る。
 ジャッカルの視線に気付き、ニマリと笑うと、スーッと息を吸い全校に聞こえる様な大声で、ある事を言い出した。

「ジャッカルの初恋の相手は-っ、立海大付属中3年のま-----んっ!!

「わ------っ!!何言い出すんだ、お前わっ////!!」

ブン太の言葉は最後までいう前に、慌てて駆けつけたジャッカルの手によって塞がれた。

「へへん♪やりぃ~っ!」

 近くに寄ったジャッカルの手からケーキを奪おうと、手を伸ばした瞬間----
それを止めようとしたジャッカルの手と、お互いの手がぶつかり、ボトッと何かが落ちた音が響いた。

「「……………。」」

 お互いが、音のした地面を見ると、そこには……さっきまでジャッカルの手にあったケーキが落ちていた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ---っ!!」

 ブン太の言葉にならない絶叫が、当たりに木霊した。
 そんなブン太を哀れみつつ見ながらも、ジャッカルは心の中で『良かった~。真田に殺されないで済む…。』と安堵の溜息を吐いたのだった。
 そうして1日は終わりを告げた。


『おやつ禁止令』の解禁の日となる今日、ブン太の機嫌はすこぶる良かった。
朝からジャッカルに、アイスやお菓子を奢らせ、部室に着くや柳からお菓子の蓋が開けられた。
そして、今まで見守っていたレギュラーからも数々のお菓子を手渡された。
真田からは、『ふむ。よく我慢した。』と高級菓子折りまで貰った。ってか、何歳だよ、真田…とますます年齢不詳を疑ってしまったが。
 そんな訳でブン太の機嫌は鰻上りであった。

「ジャッカル~。次、あれなぁ~☆」

「あっ!!まだ食うのかよっ!」

 部活帰り、商店街を歩いていた2人。
ブン太は、朝同様にジャッカルに数々と奢らせていた。

「まだまだ食い足りねぇぞ~。なんたって一週間分だからな♪次は何にしよ~かな☆」

るんるんとスキップでも踏み出すのでは…と思うようにご機嫌に歩くブン太。
その様子を見て、ぐったりと脱力するジャッカルだった。

「はぁ…なんか、俺だけ割りに合わないよな…。」

「ジャッカル-っ!!何してんだよっ早くしろよっ!」

「はいはいっ、分かったよっ!」

 遠くで自分を呼ぶ声がする。
それにハァと一息付くと、駆け寄るジャッカルだった。
ブン太に見込まれてしまった時から、この苦労は一生付き纏うのでは…と感じたジャッカルであった。
 歯も治った今、ブン太の笑顔がキラキラと輝いていた。






 ―― おまけ ――

「丸井先輩~。」

部室でケーキを食べていると、赤也が顔を輝かせて寄ってきた。

「何?ケーキならやらんぞぃ。」

すかさずケーキの乗った皿を、自分の後ろに隠すブン太。

「違うっスよ。この前、校庭で言ってたジャッカル先輩の初恋の相手って誰なんスか☆?」

 興味津々で聞いてくる赤也。
その後ろではそ知らぬフリをしつつ聞き耳を立てているレギュラーの姿。

「ねぇ、教えてくださいよ~。」

「ん…だって。どうする、ジャッカル?」

「駄目に決まってんだろっ!!言うなよ、ブン太っ!」

「だって。諦めろぃ。」

 もぐもぐとケーキに目線を移し、すでに赤也の存在を忘れたかの様に食べる事に没頭する。
こうなってしまったら何を言っても仕方ない事を知っている赤也は、「つまんねぇの~。」と一言残し、去っていった。
 それにジャッカルは、フゥッと息を吐き、ブン太が言わなかったことに安堵した。
そんな中、もぐもぐとケーキを食べながらブン太は……


《 ジャッカルは俺んだもん。ジャッカルに我が侭言って良いのも、甘えて良いのも。ましてや遊んで良いのも、俺だけだもんね―。誰が、他の奴等になんて教えてやるもんか~☆ 》

 なんて事を思っていたとか。

「な~ジャッカル♪」

 ニコッと笑い、問い掛けるブン太に、訳が分からず首を傾げるジャッカルだった。
フと見たブン太の顔にクリームが付いているのを見て近くに寄ると、誰も見ていないのを確認し、唇の横に付いたクリームを舐め取るジャッカルだった。

「ん…甘いな…。」

「だろ?」

 人目を忍んでキスをする2人…。
キスの方がケーキよりも甘いと感じていた―――


         ― END ―
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