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その日の午後、もうすっかり辺りも暗くなった頃、部活動を終えたレギュラー陣は病室に顔を出し、話に花を咲かせていた。
その中に桃城が想う相手の姿は無かった…。


 その頃海堂は、黙々と自主練に励んでいた。
まるで何かを吹っ切るかの様にがむしゃらに、自分の体を痛める様であった。
薄暗くなったテニスコートで、1人無心にラケットを振り続ける。
 コート場はすでに照明も消え、遠くから他部活動の帰宅する声が響いていた。
それでも、一向に帰ろうとする様子が無い。
ただ、何かを忘れる為に、何かを否定するかのように……その影だけが伸びていた。
そんな中、体力も限界を当に過ぎ、ラケットが手から滑り落ちる。

 カララララ――――

 静かな空間にその音だけが木霊する…。

「ッチ…」

 手が震え、力が入らない。
それを認めたくなくて手を握り締めるが、変えようの無い事実が更に苛立たしい。
それを舌を鳴らす事でなんとか治めた。
 ラケットを取ろうと手を伸ばす。
それを寸での所で横から伸びてきた手に阻まれた。

「 ? 」

 不審に思いつつ顔を上げる。
そこには、先輩達と共に桃城の所へと行ったと思っていた越前の姿があった。

「…何やってんのアンタ…。」

「……………。」

 真っ直ぐに自分を見詰めてくる越前の瞳。
まるで俺を責めているみたいなその目に、ますますイライラが募る。

「…見て分からねぇのかよ…。」

 半ば強引に引っ手繰る様に越前の手からラケットを奪い取る。
拾って貰っといてのそんな態度にムッと眉を顰める越前。

「…俺が言いたいのはそんな事じゃないんだけど…?」

「……何が言いたいんだよ…。」

 思わせぶりな越前の態度にますます重い雰囲気が二人の間に流れる。

「分かってるくせに。」

「…………分かんねぇよ。」

 ホントは越前が言いたい事は分かっている。
でも、素直に認められない俺が、俺の中には居る。

「分からないんなら俺か言ってあげるよ。…なんで行かないの?」

「………………。」

「そんなに怖い?」

「っ……。」

「逃げたって現実が変わる訳じゃないんスよ。」

「……分かってる。そんなの分かってんだよっっ!!」

 越前の言葉に堪らなくなって大声で怒鳴っていた。
越前に怒鳴るのは筋違いだとは分かっている。
でも、今のこの気持ちをどうにかするには、それしか方法が無かった。

「じゃあっ!!…分かってんなら…こんなとこでこんな事してて良いんスか?」

「…………。」

 越前の言いたい事は分かる。
でも、桃城に会う勇気が無い。
アイツの弱々しい姿なんて、もう見たくない…そう心が言っていた。

「あ―もうっ!!」

 なかなか動こうとしない海堂に、溜まりかねた越前が行動を起こす。
その行き成りの行動に面食らった海堂は、なすがままに連れて行かれていた。

「えっ!あっ、おいっ越前つ!!」

「もう、アンタの気持ちなんてどうでもいいっス。何がなんでも連れてくからねっ! 俺達が行ってて、アンタが行かないって可笑しいでしょっ!あんなにいっつもお互いに意識し合ってたんだからっ!!」

 言いたい事を言う間にも、越前は海堂を引っ張りながら部室に行き、荷物を手にすると鍵を閉め、そそくさと校門に向かっていた。

「…意識し合ってなんかねぇ…。」

そんな越前にボソッと小さく返すしか出来ない。

「何か言った?」

「……ハァ…別に……。」

 諦めが肝心と、一度息を吐くとそのまま越前のなすがままに引っ張られていく海堂であった。





  一方病室では、ここには居ない2人の話題になっていた。

「もうそろそろかな~♪」

「何がスか?」

 きょとんと見詰める桃城に、ニシシッと悪戯っ子の様な笑みを向ける菊丸。
その笑顔に更に首を傾げる。

「もうすぐきっと来るはずだよ~♪」

「そうだな、今頃越前が連れてきてるはずだ。」

クスクスと笑いながら、他のメンバーが頷いている。
 桃城が入院してからというもの、各メンバーは代わる代わる病室を訪れていた。
その中で唯一、今まで足を運んだ事が無い人物が居た。
そのメンバーを今日こそはと、みんなで計画したのだ。

「……それって…海堂の事っスか?」

「ん?そうだけど…あんなに喧嘩ばっかだったからって、やっぱり桃だって会いたいだろ?」

 菊丸がニコニコとそう言う。
それに対し、桃城はと言うと……。
顔を伏せ、口を閉ざしてしまった。

「桃?」

不思議そうに菊丸が顔を覗き込み、問いかける。
それに、何度か口を開きかけては閉じる行動を繰り返していた桃城だったが、意を決した様に口を開いた。

「俺………。」



――――


 越前に引っ張られてとうとう来てしまった。
越前は喉が渇いたと、エレベータ近くの自販機に行ってしまい、ここには自分一人。
今までなんとなく、なかなか足が向かなかった事もあり、病室の前で立ち止まる。
ドアに手を掛けるも、後一歩の勇気が出ない。
なんでここまで桃城に会い難いのか分からない…
 越前が言うとおり、自分は怖いのだろうか……
また、あんな風に自分の前で倒れてしまうのが……
元気一杯な姿しか知らないアイツの、あんな姿を見るのが………
それとも……
 病室からは微かな人の気配と、何やら話す言葉だけが聞こえる。
ドアを挟んでいる為、詳しい内容までは聞き取れない。
が、自分の名前が出た様な気がして、意を決してドアを微かに開く。
ドアの隙間から自分が声を掛ける前に、中から言葉が飛び込んで来た。


『俺……海堂には……アイツには会いたくない。アイツだけには会いたくない…。会う気もねぇッスから、来て欲しくないっ。』


「え……。」

飛び込んできた言葉…桃城からの自分を拒絶する言葉に、一瞬何を言われたか分からなかった。
ただ、『会いたくない』と言う言葉だけが頭の中でグルグル回る。
ドアを持ったまま固まってしまった。
 ただ、心に棘が刺さった様に…胸が痛む。

『会いたくない……』

その言葉が、こんなにも苦しいものだったなんて…初めて知った…。
痛む胸を押さえ、行くも引き返すも出来ず、その場に留まる海堂に、またしても中から声が響いてきた。

『なんで…なんで桃、そんな事言うんだよ?』

『…俺、アイツの事嫌いッスから。海堂の顔なんか見てもムカツクだけだし、来なくて清々してますよっ。』

 ハハッと笑いながら、まるで軽い事の様に話す桃城。
桃城の言葉一つ一つが、心に傷を付けていく。
 嫌われていた事は知っていた…いや、知っているつもりだった……。
でも…アイツに…桃城にはっきりと言われると…こんなにも痛い……。

「つ…っ!!」

 この場に居る事が耐えられず、見舞いも何もかもどうでも良くなり、早くこの場を離れたい気持ちが先に立つ。
 その衝動のままに、気付かれる事も気にせずにドアを勢い良く閉め、走り出した。
とにかくここから逃げたかった。
何処か遠くへ、桃城の居ない所へ行きたかった……。
 途中で越前とぶつかる。

「わっ!!って、あれ? 海堂先輩?」

「っ!!」

 声を掛けられたが、今はそんなもの耳にも入らなかった。
とにかく逃げる事に必死だった―――
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