『★届かぬ想い★(塚海)』

「手塚先輩…。」

部長達、3年生達が部を引退し、俺と桃城が実質テニス部を運営するようになってから、俺は手塚部長の呼び方を、今までの『部長』から『先輩』へと変えた。それに気付いているのは、多分…彼以外…。
手塚部長は、俺が敢えて『先輩』と変えても何も言わなかった。
いや、気付いてるのかさえ…分からない。
もともと、一年の時はそう呼んで居た訳だし…。
テニス部を引退しても、先輩に変わりないんだし、別にこだわる事はないんだと思う。
彼も、自分は引退した身だから…とでも思ってるのかもしれない。
でも、俺にとっての『部長』は…『部長』と呼びたい、特別な人は…彼しかいない…。
俺が好きになった、俺が愛してるのは彼だけだから……。
そして、彼が俺に告白してくれた時も…彼は『部長』だったのだから……。
俺にとっては、特別な呼び方の一つだったんだ…。
それを変えた意味…分かりますか?
『手塚部長』…いや、『手塚先輩…』。
俺の事…ホントに好き?
俺の事…見てくれてますか?

俺は彼の膝に頭を乗せて寝転がり、ジーッとさっきから参考書に目を通している手塚先輩を見ている。
彼はこっちを見ない…。
俺を見ない……。
そして、その手だけが、俺の髪を優しく梳いては撫でている。
でも…決して俺の方を見ない……。
これは、彼の癖だ。
俺が彼と付き合いだして初めて知った、手塚部長の癖の一つ。
この部屋に来ると、決まって彼は俺を膝に乗せ、そのまま髪を梳く。
そしてキスをする時意外、こちらを見ようとしない……。

「手塚先輩……。」

もう一度、呼んでみる。

「……………。」

返事は無い ーーーー

最初からこうだった訳じゃない…。
最初は、俺の事をちゃんと見てくれたし、こんなにも暗い沈黙が部屋を支配する事は無かったーーーー
俺も手塚部長も口下手な方だから、沈黙になる事はあったけれど、それでも…そこには暖かい空間があった。
でも、今は無いーーーー
いつからなんて、考えなくても分かる…。
そう、それは……
部長が、『部長』じゃ無くなった日からーーーー
その理由も俺は、知っている…。
彼は俺が気付いてるなんて知らないかもしれないけど…俺は、知っているんだーーーー

「………手塚部長。」

ポツリと口に乗せた、その一言。
今まで何度呼んでもこちらを向く事の無かった手塚が、手を止め本から視線を外すとこちらを見た。

「……………海堂…?」

まるで、今気付いたと言う様に……。
白々しい嘘を吐くーーーー
そんな丸分かりな態度、欲しく無いのに……。

「部長……どこにも行かないスか…? 俺の側に居てくれる…スか?」

「…………ああ、行かない。 俺は、ここに居る……。」

俺の言葉に一瞬止まり、彼はそう答えた。

「……そうスか……。」

そう答えたながらも、俺の心は血の涙を流す。

嘘吐き………。

ホントは、俺を置いて行くくせに……。

俺の所になんて、帰って来ないくせに………。

嘘吐きーーーー

嘘………吐き。

手塚部長が…俺に嘘を吐いたーーーーー
唯一信じる人からの裏切りに、俺の心は止めど無く血を流すーーーー


「手塚先輩……。」

「……………。」

ほら、また答えてくれない……。
ホントは知ってるんですよ、俺。
アンタがここから、青学から…いや、日本から居なくなる事ーーーー

卒業したら、もうここには帰って来ない事ーーーー

アンタはその左手一本で…世界を目指す事ーーーー

俺を………置いて行く事ーーーー

ホントは全部知ってる…でも、知りたく無かった。
嘘を…吐いて欲しく無かった……。
だから、俺は手塚部長を手塚先輩と呼ぶ。
俺が好きな彼は『手塚部長』と呼ばれる彼だから……。
俺に嘘を吐く『手塚先輩』じゃないから……。

ねぇ、手塚先輩……俺の事…好き?

ねぇ、手塚先輩……俺の事…まだ見えてる?

ねぇ、手塚先輩……俺の事…ホントはもう……
要らないをじゃないですか……………?

聞きたいけど、聞けない言葉の数々ーーーー
だから、俺は彼を『手塚先輩』と呼ぶ……。
気にして欲しいから…早く…気付いて……。
俺の変化に…。 俺の呼び方に…。

早く…

早く……

まだ、今なら…まだ、貴方を『手塚部長』と呼べるのに………。
大好きと伝えられるのに……。
お願い、気付いてよ……。
時が過ぎ去る前に……。
信じさせて、貴方がまだ俺を……愛してると………。

「……手塚先輩…。」

俺の問い掛けに……

「……………。」

彼の言葉は返らないーーーー
沈黙だけが、部屋を支配したーーーー

そう、俺の心にも……もう……

光はーーーー

無いーーー


「手塚……先輩……。」

最後まで変わらなかった言葉が、頬を流れる涙と共に…暗い、暗い底へと落ちていったーーーー


END
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