『★曇りのち晴れ◎★ (桃海)』

7月23日 朝ーー

この日、桃城 武は朝からそわそわしていた。
いつもは目覚ましが鳴っても、止めてでも二度寝する彼が、今日だけは違った……。
目覚ましが鳴る前に目覚め、二度寝どころか目は冴えきり、着替えるといつもはチャリに乗りながら食べる朝食の席に、家族の誰よりも早く付いたのだった。

「はよっ。母さん、飯くれよ。」

席に着くと同時に、キッチンで朝食を作っている母親に声を掛ける。

「はいはい、ちょっと待って…って、武っ! あんた、どうしたのよっ?」

今まで後ろを向いて居た母は、こちらを向き俺を見た途端にこの驚き様だ…。

「な、何がだよ?」

母親のあまりの驚き様に、こっちまで驚いてしまう。

「何がって、アンタなんで起きてるの? いっつも遅刻ギリギリの癖に…。」

「たまにはいいだろ~。今日は特別な日なんだ。」

「なんか気持ち悪いわね。雨でも降らなきゃいいけど…。傘持っていきなさいよ~。」

この快晴に傘を持てと、失礼な事を言う母親に腹立ちつつも、今日はそんな小さな事に構ってらんねぇと、すぐに気分が高揚する。
なんたって今日は『特別な約束の日』なのだーーー



その後、次々に起きてた妹や弟、父親にまで母親同様な驚きの表情をされた。
俺が早起きしちゃ悪いのかっといささか不満だが、気にしない事にし、俺はとっとと学校に行く事にした。
学校への道、いつものガラガラな道とは違い、同じく学校へ向かう生徒でいっぱいであった。
いつもは越前を迎えに行って登校しているが、今日だけは前もって断って居た。
越前より、誰より、会いたい奴が居るから…。
部活で会えるのは分かって居るが、今日この日『約束の誕生日』には誰よりアイツに一番に会いたかった。 それも、あの約束があったから……。






二か月前、5月11日 ーーーー

海堂の誕生日、俺はアイツに『青いバンダナ』を一つプレゼントした…【 好き 】の言葉と共に……。
あの時、答えを聞いて居たら…直ぐに振られる事は分かっていた。
だから、俺は自分からアイツに『約束』を持ち掛けた。
7月23日、俺の誕生日にもし告白がOKなら、プレゼントした青いバンダナを付けて欲しいと…。


今日は、俺の誕生日。
つまり、約束の日なのだ。
だから、朝からハイテンションにもなってしまう。
アイツが…海堂がどんな答えを出すのか、ホントは凄く不安だ…。
アイツと俺は、ライバルで犬猿の仲だと周りは思っている。
いや、本人同士でさえ、そう感じていたくらいだ。
だけどあれ以来、俺は時間があれば海堂に会いに行った。
休み時間はもちろん、昼食も。
まあ、一人お邪魔虫は居たけどな。それで海堂が警戒しないなら我慢したし。
部活帰りもなるべく待ち、少しでも距離を縮めようとした。
そのかいがあったからか、段々と海堂も返事を返してくれる様になり、周囲に纏っていた威圧感が少しずつ緩んで来た様に思う。
少しは期待しても良いだろうか?
まだ不安だけど、少しの希望も捨てたくない。
今は答えよりもアイツに会いたい……。
そうしている内に、目的の人物の後ろ姿を発見した。

「おーい!海堂~っ!」

俺の声に振り返ったアイツは、いつも通りの仏頂面だった。

「なんだ…てめぇか、桃城。」

口を開けば、つれねぇ言葉しか出てこねぇコイツ。だけど、その瞳が僅かに緩んだのを俺は知っている。
こんなちょっとの変化が、俺には物凄く嬉しいんだ。
多分、コイツは気付いて無いだろうけど…。

「なんだってこたねぇだろ~。冷てぇな。冷てぇよ。桃ちゃん、落ち込むぜーっ。」

「ふしゅ~。勝手に落ち込んでろよ。」

いつも通りのやり取りをすると、海堂はそのままスタスタと歩き出す。

「あ、待てよ。マムシっ!」

「マムシって言うなっ。バカ城っ!」

言い争いをしながらチラッと見たその頭には、まだバンダナは無かった。
ちょっと残念に思いながらも、まだ時間はあると早歩きをする海堂を追い、隣りに並ぶとくだらない会話をしながら学校へと向かった。


部室に着くと早々に先輩達から、お祝いの言葉を貰った。

「うにゃ~桃~!おめっと!」

やはり、こう言ったお祭り好きな菊丸が一番先に桃城に駆け寄り、思いっきり抱き付きながら言う。
意気なり自分より背の高い菊丸に突進され、さすがの桃城も呻いた。

「うっ。お、重いっス。英二先輩。」

押し潰されていると、すかさず救いの手が伸びた。

「こら、英二。桃が潰されてるだろ、下りなさい。」

言葉と共に手を伸ばす大石に、一瞬きょとんとした菊丸だったが、すぐにパ~ッとにっこり笑い、桃城から離れ大石に抱き付いた。

「へへ~大石~」

「はは。しょうがないな、英二は。」

助けてくれた事には感謝を送りたいが、目の前でイチャイチャするバカップルには、付いていけないと思う桃城であった。
ちょっと羨ましいと感じたのは気のせいにしておく。
そんなバカップルは置いといて、不二が近付いて来た。

「桃、誕生日おむでとう。これは僕達、3年からだよ。」

はいっと手渡された包装紙に包まれた包み。

「うっ…」

軽いと思って受け取ったら、意外と重かった。

「ありがとうございます! で、なんか重いんスけど…なんスかこれ?」

「ふふっ、開けてみたら?」

不二先輩の笑みがちょっと引っ掛かりながらも、包みを開けてみる。
中から出て来たモノは……。

「な…参考書…っスか。」

そこには、大量の参考書が積まれていた。
……………

誕生日に参考書って…ありえねぇ…ってやっぱり、あなどれねぇな。あなどれねぇよ…。

「あー…………はは。」

言葉に詰まっていると、後ろから陽気な声が聞こえて来た。

「桃ちん。期末テストでは英語、赤点だったんだってにゃ~」

「だから、みんなで話し合った結果、参考書にしてみたんだ。」

英二先輩の明るい声と不二先輩の笑みが痛い。

「な、なんでそれをっ…!」

「1、2学期、桃の英語の点数は学級だけでなく、学年の平均さえも遥かに劣る。 まして赤点のみならず、2度の追試さえ落ち、やっとしかもギリギリの点数で合格している。そんな桃城の今後は語らずとも窺い知れるからね。」

「い、乾先輩…っ!」

この先輩は、どこまで個人のデータを知っているんだ。
隠していた事でさえ、こうはっきり言われると凄いって言うより、怖ぇ…。

「と言う事だ。この参考書で勉強をしっかりする様に。 いいな、桃城。」

手塚部長にまで言われたらやらない訳にいかない。

「ウィース…。」

「まあま、息抜きにこれでも行って来いよ。な、桃。」

「うん、そうそう。気晴らしにこれも食べに来て。」

青学の良心、大石副部長とタカさんからは追加で市民プールの利用権2枚と、河村寿司の食べ放題券を貰った。
さすがに参考書だけには気が咎めたらしい。

「う~ありがとうございますっ!」

その優しさが心に染みた。
それを聞き、3年生達は部室を出ていった。
不二だけが、何かを思い出した様に立ち止まり、まだ着替えてあた俺の所に来た。

「不二先輩?」

「ふふっ。桃、僕個人からも一つプレゼント。はい。」

「 ? 」

「じゃあ、僕は先に行ってるね。」

意味深な笑みを残し、不二は部室を出て行く。
その様子を見送り、今貰った封筒を不思議に思い、そっと中を開けてみた。
中からは1枚の写真が出て来た。
その写真をジーッと見、そこに写っている人物が分かった瞬間、写真を持ったまま俺は固まってしまった。

「なっ!」

そこには、頭から被った水を払い顔を上げ、微かに微笑んでいる海堂の姿があった。
海堂の姿があまりにも綺麗に撮れていて、一瞬目を奪われてしまった。
明らかに隠し撮りだと分かるが、こんな表情を他の奴(不二)が見たかと思うと悔しい様な、悲しい様な気持ちになる…。
って、ちょっと待て……。
なんで海堂の写真を不二先輩が、俺にくれるんだ。
ま、まさか…。バ、バレてる…。
悪魔の角と尻尾を生やした不二が、ニコリと笑う姿が目に浮かぶ。
やっぱり、あなどれねぇな。あなどれねぇよ…。
呆然とフリーズしていると、後ろから意気なり声が掛かる。

「何してんスか、桃先輩。」

「わっ!な、なんだよ越前。いつの間に来たんだよっ。」

「とっくの前っスよ。それより、何持ってんスか?」

写真を覗き込もうとする越前に慌てる。

「わーっ! み、見るなっ越前っ!」

興味を無くした様に、自分のテニスバックからラケットを出し、部室を出ようとする越前。
その様子を、まだドキドキしている心臓を押さえながら見て居たが、クルッと越前が何かを思い出した様に振り返った。

「あ、忘れてたっス。 桃先輩、タンジョウビ、オメデトウゴザイマス…。」

はいっと言う声と共に手の平に渡されたモノ。
それは一個の桃だった。
……………?
手の平のモノを見て、目が点になる。

「桃先輩なら、食べ物の方がいいと思って、これにしてみました。」

これ=桃?
桃城=桃…。
な、なんつー頭の構造をしてんだこの後輩は…。
発想が単純過ぎて笑えねぇ…。

「越前…シャレか、これは…?」

「マジッスよ。」

ニヤリと笑う越前に、意図的な物を感じる。
嫌がらせか?
なんかしたか、俺……。

「さ、サンキュー…。」
一応、折角貰ったんだし受け取る。
黄昏つつ、鞄にしまおうとしていると、また声が掛かる。

「なーんて、冗談っスよ。こっちが本物。はい。」

そう言うと、手の平にチリンと音のする小さなモノを手渡してくれる。

「だよな~サンキュ、越前!」

ニコニコ笑い、手を開き中を見て、また固まる。
中には桃の形をしたキーホルダーが一つ…。

「………って、また桃じゃねぇかっっ!!」

ついにキレた俺は、思わずそう叫んでいた。
そんな俺の様子を楽しむかの様に、越前は「やっぱ、桃先輩には桃っスよね♪」っと、悪意無く捨てセリフを述べ、立ち去って行った。
……これは、イジメか?
遊ばれている…アイツ、ぜってー俺の事、先輩だと思ってねぇっ!!
グッと悔しさに耐える桃城だった。
しかも、部室にはいつの間にか一人。
愛しい想い人の姿は、いつの間にか欠片もなかった。
みんなのプレゼント攻撃に、肝心の海堂が付けていたバンダナの色さえ見ていなかった事に気付く。

「は~ついてねぇな。ついてねぇよ…。」

トボトボと、一人寂しく部室を後にする桃城だった。

テニスコートに出ると、遅くなった罰に校庭を走らされた。
誕生日なのに、ホントついてない日だ。
しかも、遠くて海堂の姿が見えない。
早く会いたいのに…答えがどうなのか、凄く気になった……。
何周かした時だった、運良く海堂がこちらに歩いて来た。
今から乾先輩と軽く打ち合いをするらしい。
ドキドキする胸を押さえ、海堂のバンダナに目を向ける。
心の中では、『どうか、青色でありますように…。』と祈りながら……。
そして、海堂のバンダナの色を見た瞬間、俺の足はその場に縫い付けられたかの様に動かなくなったーーーー

悲しいとか、辛いとか、そう言う感情は不思議と沸かなかった。
ただ、その現実を受け止められなくて…唇を噛み締めていないと涙が流れそうだった。
海堂のバンダナは…『赤色』だったーーー

その後、どうしたか全然記憶に無い。
ただ、早くこの場から去りたい気分だった。
朝練終了と同時に素早く着替え、誰とも顔を合わす事も無く教室に逃げた。
その間、廊下で色んな奴に『おめでとう』の言葉を貰ったり、プレゼントを貰ったが、どれも俺の心を過ぎ去っていく。
一番欲しかった奴からの言葉が貰えないのが、こんなに辛いとは思わなかった…。
机に伏せっていると、同じクラスの仲良しトリオの3人がやってきた。
桃城が、あまりに元気が無かったので心配したらしい。

「おい、桃。どうしたんだよ?」

「なんか、あったのか?」

「俺達じゃ、力になれねぇのか?」

心配してくれる優しさが、今の俺の心に染み渡る。

「荒井~。まさやん。林~っ。」

顔を上げた俺は、全てを3人に打ち明けていた。
好きな奴が海堂だとか。
男同士だとか。
こんな事、相談していいのかって事は頭に無くて、誰かに聞いて貰いたかったんだ…。
始めはビックリしたような顔をしていたが、桃城の真剣な表情に、その真っ直ぐな気持ちを受け止め、ちゃんとアドバイスをする3人だった。

「そっか…。」

「でも、まだ諦めるのは早いんじゃねぇ? まだ、部活は放課後もあるじゃんか。」

「そうそう。海堂だって、もしかしたら放課後にバンダナ付けようとしてるかもしれねぇし、本人にちゃんと聞いてねぇだろ?」

それぞれに、思った事を桃城にはっきり言う。
そんな3人の言葉に少しずつ気持ちが浮上する桃城であったが。

「でも……。」

まだ、朝練でのダメージが消えないらしい。

「でもも、こうもねぇだろ?」

「まだ希望がある内は、諦めんなよ。」

「桃らしくねぇぜ? 男は当たって砕けろって言うだろ!」

「って林、砕けたらヤバイだろ?」

「あ…。だ、だから、それは例えだよ。例え!」

「例えな…。な。だから、桃もまだ落ち込むなって。」

彼等なりの励ましが、今は物凄く嬉しい。
もともと、ダメもとで告白したんだし、今更少しくらいの事で諦めてたら意味無いよな。
それに…コイツ等の言う通り、まだ諦めるには早いし…。

「サンキュ!俺、頑張ってみるわ。」

「桃…。」

「そっか。」

「良かった、元の桃に戻ったな。あんな暗い桃なんて、なんか調子狂っちまうぜ。」

荒井なんかはムカツク事言ってるが、そんな彼等の気遣いがまた嬉しく感じる。

「だよな。俺らしくもなく考え込んじまったぜ。でも、もう大丈夫だ。」

「だな!」

「じゃあ、頑張れよ!」

「俺達は応援してやるよ!」

そう言うと、3人は自分の席に戻って行った。
それと同時に担任が入って来て、ホームルームが始まる。
約束の期限は今日一日。
まだまだ、時間はある。1%でも、可能性があるなら…俺はアイツと付き合いたい…。
アイツの答えがどんなでも…今度こそ俺は受け止める…。
落ち込んでなんていられねぇな。いられねぇよ。
今、凄く海堂に会いたいーーー

アイツの気持ちとか関係無く…俺は、海堂が誰より好きだ…そう改めて思った。


その後も、毎日の日課の様に休み時間には7組に顔を出した。
出迎える海堂もいつも通りの仏頂面で、朝のバンダナの事を気にした風もない…。
もしかしたら、忘れているのだろうか?
そう感じてしまう程、海堂の態度はいつも通りだった。
だから、敢えて俺も事を早め様とはしなかった。
まだ、放課後がある……。
荒井達の言葉が心にあったから。
昼食時間には、お邪魔虫の越前も現れ一緒に購買にパンを買いに行き、その後いつもは屋上に行くのだが、今日は日差しが強かったので、裏庭に行くことにした。

「かーっ。あっちぃな。あっちぃよ。」

サンサンと輝く太陽を眩しげに眺めながら、額に流れる汗を拭っていると、今日の指定席を決めた越前が呼ぶ声が聞こえる。

「桃先輩、何一人でカッコ付けてんスか。日射病になっても介抱はしないっスからね。」

「あんなバカ、ほっときゃいいんだ。ふしゅ~。」

先輩を先輩とも思わない傍若無人な越前は、もう良いとして。
いつ聞いてもキツイ言葉しか出てこねぇ海堂。
……なんで俺、こいつ好きなんだろう…と思わず目眩がする。
でも、顔を見れば好きだなぁと思うんだから、惚れた弱みは怖い…。

「あんだと~っと…。今日は止めとこ…。」

「 ? 」

変なものでも見る様な表情を向けて来る海堂。
でも、今日だけは喧嘩しねぇって決めたんだ。
だから、何言われようと気にしない。

「さ、食うぞ~。」

購買で買ったパンを早速開け食いつく俺を、やはり不審そうに見ているが、俺が何も言わないと、海堂も諦めて弁当を食べ出した。
そんな俺達を、ニヤリと笑いながら越前が見ている。

「なんだよ、越前?」

「べーつに。何でもないっスよ。」

その顔は笑っているが、黙々とパンを食べている越前に、もしかしてコイツにもバレてるのか…?と思ってしまう。
不二先輩に通ずるモノがある越前の事だ、きっと知っていても言わず、楽しんでいるに違いない…。
俺の周りには、こんな奴ばかりか…とちょっと悲しくなる桃城だった。
肝心の海堂は気付いた風も無く、黙々と弁当に夢中になっていた。


そんなこんなで明確な答えを貰えう事もなく、放課後になっていた。
ここに来て不安が再び膨れ、潰れそうになった俺は、着替えもそこそこに早々とテニスコートに出ていた。
丁度、海堂が入ってくる所で…早々に答えが分かる前に出てこれて良かったという思いと、ちょっと残念だったかな…という思いがある。

「うぅ~……よしっ!」

気合を入れて、これからの現実な目を向ける事にする。
その後も他のレギュラー、部員が部室から出て来る中、待てど海堂が出て来る気配は無かった。
そして、海堂が部室から出て来たのは、手塚部長の集合の合図と同時だった。

『集合!』

手塚部長な声がその場に響き渡る。
俺は、それをどこか遠くの事の様に聞いていた。
自分の隣に並ぶ、海堂の姿を見た瞬間から、俺の周りは色を無くし、全てがスローモーションの様に流れていた。
目に映る海堂のバンダナは…朝と同じ…『赤色』だった。

『……………。』

これはもう、そのままを受け止めるしか無いのだろう…。
海堂の気持ちは、俺には向いて無い…。
悲しい様な気もするが、これが海堂の出した答えなら…俺は、今度こそ受け止めるしかないんだろうな……。
ホントは諦めたくない…。
海堂が他の奴と居るとこなんて…見たくねぇ…。
でも、俺がここで無理強いして、海堂にこれ以上嫌われるのは…嫌だ。
アイツと顔を合わす事さえ出来なくなるくらいなら……このままの状態の方がいい…。
そう結論付けると、俺は全ての気持ちに鍵を掛けた。
くよくよなんてしていられない。
また、あのトリオに心配掛けちまうしな。
気持ちを切り換えると、そのまま練習に打ち込んだ。
ただ、やはり無理はしていた様で、試合はボロボロの結果だったがーーー。


ちょっぴり自己嫌悪に陥りながら、木陰でボーッと他のメンバーの試合を見る。
海堂は、これから越前と試合らしい。
海堂は、越前に負けてから今まで以上のトレーニングをし、新技まで編み出した。
今までライバルとして、アイツの目線は俺に向けられていた。
それが、越前に向けられる様になっていった事に少なからず寂しさを感じたが、海堂がそれで強くなるなら…良いかと思った。
それに、自分も負けてらんねぇと思ったから…。
ライバルという関係はそれくらいじゃ崩れないと分かっていたから。

そんな2人の試合ーーーーーー
注目しない事はないが、今はちょっと辛い…。
海堂を見たい…でも、俺を見ない海堂を見るのは苦しい…。
ホント、自分勝手だよな…。

「チッ…ホント…情けねぇな…。」

最初から…あの5月の時から分かっていた答えだったのに、それを本人から突き付けられたくらいで、こんなに落ち込む自分が情けなかった。
そんな間にも試合はどんどん進んでいる。
越前のツイストサーブが決まり、海堂が悔しそうに唇を噛んでいる。
あんなに噛んだら血が出ちまうだろ…って変な事ばかり考えていた。
越前の攻撃にも果敢に食らい付いて行く海堂。
海堂のスネイクがドライブBで返される。
誰もが決まったかと思ったそれを、粘りの走りで追いつき、ブーメランスネイクで返した。
それは見事、越前の横を抜けコートに決まった。
海堂はというと、勢いが付き過ぎたあまり、派手に転んで居た。
それと同時に、今まで付けていたバンダナが頭から外れている。
チェンジコートで海堂側のコートに来た越前が、そのバンダナを手に取り、海堂が起きるのに手を貸していた。

「怪我は無い?」

越前の手を取る事無く立ち上がった海堂は、越前の手にあるバンダナを見て慌て出した。
 
「っつ!!」

「あれ?これ、何で2枚……。赤と…青色?」

手に持ったバンダナを見て、不思議そうに首を傾げる越前。
その越前の言葉を聞く前に、俺は反射的にコートに走り出していた。
海堂は、越前の手からバンダナを引っ手繰ると、ギュッとそれを握り締めている。
その表情は、周りが呆気に取られるくらい真っ赤だった。

「海堂っ!!」

「 !! 」

試合中だとか、そんな事考える間も無く、衝動的に海堂の手を掴むと、その場から走り出していた。
後ろからは、手塚部長や竜崎先生の声が聞こえるが、構わなかった。
一応、一言「保健室に行って来ますっ!!」とだけ、言い置きしておいたが…。


その言葉通り、保健室に駆け込んだ俺は、椅子に海堂を座らせた。
話がしたかったってのもあるが、ホントに足に怪我をしている海堂の手当ても兼ねていた。

「足出せよ。」

「…てめぇ、何考えてんだ?」

「何って…手当てだろ? それに…お前に聞きたい事がある…。」

真剣な目でアイツを見れば、居心地悪い様に下を向く海堂の姿があった。

「…はぁ。とにかく、まず消毒が先だ。早く足出せよ。」

一息入れ、もう一度促すと、今度は足を差し出してくる。
それに安心し、薬棚から消毒液を出すと脱脂綿にそれを浸し、そっと傷口に触れた。

「っつ……。」

消毒液が染みたのか、小さく声を漏らすと眉間に皺を寄せる海堂。
その声に脱脂綿を一度離した。

「あ、悪い。染みたか?」

「……平気だ。」

「…そっか。ちょっと我慢しろよ?」

痛いのに強がる海堂に愛しさが募り、思わず頭をポンポンと撫でていた。

「っ!」

「 ? 」

顔をますます伏せってしまった海堂を不審に思いながらも、壊れ物を扱う様に優しく消毒していく。
その上にガーゼを貼り、治療を終える。

「「…………………。」」

しばらく室内に無言が続いたが、先に口を開いたのは意外にも海堂だった。

「……サンキュ…。」

「ん?ああ…どういたしまして…。」

「「……………………。」」

またお互いの間に奇妙な沈黙が続いた。
お互いがお互いに対して何か言いたい事があるのは目に見えて分かる。
ただ、きっかけが掴めず、お互いが意識し合っていた。
桃城は一回深呼吸をすると、思い切って海堂に聞いてみる事にした。

「…あのさ…。海堂、さっきのは…。」

「…なんだよ…。」

「あっと…バンダナの事なんだけどよ…。あれは、どういう事だ?…俺は、どう受け取ったらいい?」

「………」

海堂は目線を逸らすと、そのまま黙ってしまった。
その表情は俺からも分かる通り、耳まで真っ赤にしていて、見なくても顔全体が赤くなっついる事が分かる。
これは、期待してもいいのだろうか?
海堂も俺の事、好きだって…自惚れてもいいのだろうか?
少しの期待を胸に宿し、海堂の言葉を静かに待った。

「…………一度しか言わねぇ…。」

「 ん? 」

「っつ。だから、一度しか言わねぇから、ちゃんと聞いとけよっ!」

「おっ…おお。」

真っ赤な顔のままこちらを向いた海堂は、俺を睨み付けながら怒鳴る。
それに素直に頷くと、次の言葉を待つ。

「……お前が、俺の誕生日に好きだって言ってくれて…嬉しかった…。俺も……お前が…桃城が、好きだっ……。」

「……………………。」

その言葉を聞いた瞬間、時が止まった気がした。
こんなに嬉しい事は、生まれてから初めてかもしれない…。
ただ、『好き』の言葉を大好きな人から貰える…その奇跡に涙が出そうだ……。
俺が固まっていると、恥ずかしさから伏せっていた海堂が心配したかの様にこちらを窺い見てきた。

「…桃城?」

そんな海堂を思わず、腕の中に抱き締めていた。
思いの丈を全て込めて、大事な物を抱き締めるかのように…。

「っ、おぃっ!」

意気なりの事に慌てふためいている海堂を、ますますギュッと抱き締める。
そして、その肩に頭を乗せると耳元で呟いた。

「………マジだよな? 嘘だって言っても、もう放してやれねぇぜ?」

「……嘘にすんじゃねぇっ…。」

「ん。大好きだぜ、海堂…。ホント、マジ死んでも良いくらい嬉しいっ。」

ギューッと力の限り抱き締めて今の気持ちを打ち明けると、さっきまで慌てていた海堂も観念したのか、静かになり、そっと俺の背に手を回して来た。
それがますます嬉しい…。
こんな良い事尽くしでいいのだろうか?
なんて変な事を考える位、今の俺は幸せ過ぎた。

「なぁ、もう一回言ってくんねぇ?」

「…バーカ。一度しか言わねぇって言っただろうが。」

「…ったく、ケチくせーなぁ。減らねぇんだからいいだろ~?」

「減るんだよ。」

「マジかよっ!」

「マジだ。」

くだらない会話を交わしながら、どちらからともなく笑っていた。

「海堂…好きだぜ。」

「ん。分かってる…。」

どちらからともなく、目を瞑り唇には互いの熱が伝わる…。
俺の背中に置かれた海堂の手がギュッとしがみつく様に握られたのを感じ、愛しさが募る…。
初めはいけ好かない奴で、大っ嫌いだった俺達。
テニスをすれば、どちらが強いかで揉めたり、些細な事で言い合いになり、何回部長に走らされたか分からない。
それでも、気付いたら一番側に居て。
気付いたら一番気になっていて…。
ライバル…そんな関係が嬉しくて…。
誰よりも側に居たいと感じた。
運命なんて信じてねぇけど…だけど、海堂との出会いは…運命だと、感じた。
だから、今、手の中に居るコイツを大切にしたい…。
この100万分の1の奇跡を信じたいと思うから ーーーーーーー






ーー おまけ ーー

その後、俺達はテニスコートに戻ったが、今日の部活はすでに終わっていた。
部室には、手塚部長からの伝言の紙が置かれていた。
そこには…『明日2人とも校庭50週する事。以上。』と書かれていた。
お互いの顔を見合わせ苦笑いするしかなかった。
帰り道、海堂から『おめでとう』の言葉と共にプレゼントを貰った。

「サンキュッ!」

ニッコリ笑いお礼を言えば、真っ赤になり俯く海堂。
それが、なんだか可愛くて、そっとその手を取り、手を繋いだ。

「っ桃城っ」

「これくれーいいじゃん。」

「誰かに見られるかもしれねぇだろ…。」

「大丈夫だって、もう誰もいねぇって。な?」

「…………」

俺の言葉に諦めたかの様にそっぽを向くが、その手は繋がれたままだった。
素直じゃないけど、ちゃんと海堂が俺を好きだって言う事が伝わってくる。
やっぱり、好きだなぁと思う。
ニコニコと笑顔で、他愛ない話をしながら歩いていたが、ふとある事に気付いた。

「そういや、海堂。」

「ん?」

「なんで、バンダナ2枚してたんだ?」

さっきから疑問に思っていた事を聞けば、今まで以上に顔を赤くする海堂が居た。

「それは…。」

海堂から聞いた言葉に、ますます嬉しくなってしまう。

『…恥ずかしかったからだ…。それに…赤はてめぇの好きな色だから……。』

誕生日のこの日、14年間生きて来て一番素敵なモノを貰った。
そして、これからの誕生日を、コイツと過ごして行く…そんな未来が広がった日でもあった…。
俺の告白は、この日ちゃんとした形となって海堂からもたらされた ーーーーー
何年経っても、今日という日を忘れる事はないだろう…。
俺のもやもやと曇っていた気持ちは、晴れ晴れとした天気となって、俺達の未来を照らしていたーーーーーーー


END
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