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脱出ゲーム
2020/05/23 12:50ホラー👻
顔が白いライトに照らされていた。何度か瞬きをして、ライトの明るさに目が慣れるのを待つ。
はっきりと辺りを見渡せるようになると、わたしは自分の指が動くのを確かめた。長い間、動かしていなかったのか、指の動きがとてもぎこちない。
どうにか、自分の目の前に持ってきて、真っ白な手を眺めた。左手の薬指には文字が彫られた指輪をしている。英数字は何かの製造番号のように思える。だけど、それが何をしめすのはわからない。
両手で握りしめても血がかよっていないように冷たい。「あ」試しに出した声もかすれている。
どれだけの間、眠っていたのだろう。そして、ここはどこなのだろう。わたしのからだにぴったりとおさまる長方形の箱に入っている。手で空を押し上げようとすれば、透明な何かが邪魔をする。
まるで、ガラスケースに入れられてしまったみたい。強引に押してみてもびくともしない。幸い、呼吸はできるから酸素はあるようだ。でも、いつまで持つかわからない。どうしよう?
そのとき、足元からぬるい液体が迫ってきた。メロンソーダのようなあざやかな液体がどんどん水かさを増していく。耳、顎、鼻の穴まで来て、わたしはたまらなくて目をつむった。
◆◆
また目が覚めた。息苦しくない。ちゃんと呼吸ができる。わたしはまだ生きている。
しかし、目をくらますような白いライトはなかった。その代わりに透明なケースにどす黒い赤が飛び散っている。試しに手でケースを押してみると、簡単に浮いてしまう。押し上げたときに何かがすべり落ちる音がした。
「あ」
上体を起こして辺りを見渡したら、部屋中がどす黒い色だった。血なまぐさい臭いに胃からこみ上げる。少しでも気を抜いたら戻してしまいそうだ。口を手で押さえて、どす黒くない壁になるべく目をやりながら、わたしは出口を探した。
何かに挟まれて開閉を繰り返すスライド式の扉がある。その先は通路へと続いているようだ。ここから逃げ出せるならどこに繋がっていてもいい。
裸足で降りると、ぬるぬるする感触に襲われた。だからって、わざわざ裸足の裏を確かめたくない。足の指の間に入ってくる嫌な感触も気づかないふりをしながら、わたしはこの部屋を出た。
◆◆
通路はいたって綺麗だった。わたしが歩くたびに後をついてくる赤い足跡が申し訳ないくらいだ。壁は模様のような亀裂が時折つけられていて、他はつるつるしている。
通路を進んでいくと、やがて行き止まりに当たった。壁の端には数字が並んだボタンがあった。表示板やクリアボタンもある。正しい順番にボタンを押したら、扉が開くのかもしれない。
パスワードになりそうな数字を思い浮かべてみるが、何も思いつかない。扉の周りにヒントがないかなと、よく見るとボタンに赤い指紋がついていた。
指紋が色濃くついていた順番に0、5、6、1。もしかしたら、この順番にボタンを押せば、扉が開くのだろうか。
ボタンを押すと、表示板に数字が表示されていく。小さな電子音が鳴ったかと思うと、『OPEN』と表示された。そして、扉が横にスライドして開いた。
その先はライトが点滅して薄暗さと明るさを繰り返している。引き返すなんて考えもしなかった。わたしは足を進めた。
◆◆
ライトは相変わらず、ちかちかと点滅している。通路の先は行き止まりだった。行き止まりの手前には扉があるから、ここに入るしかなさそうだ。
棒状のノブを持って横にスライドすると、明かりの点いた部屋へと足を踏み入れた。床には紙という紙が散らばっているし、ホワイトボードには1枚の紙がマグネットで貼りつけられている。
マグネットを取って紙を表にすると、業務用連絡の紙だった。あんまり関係ないように見えた。でも、何文字かに赤い丸がつけられている。暗号かもしれない。
「御 ス 前 こ ろ?」
声に出して言ってみても意味がわからない。紙をマグネットで貼りつけて、別の場所を探すことにした。パソコンや紙の山が載ったデスクに目を向ける。デスクの引き出しのなかに何かありそうな気がする。
鍵穴のついた引き出しを手前に引いても、少し揺れるだけだ。やっぱり鍵がないとダメらしい。わたしはデスクの下にしゃがみこんで、床とデスクの隙間に手を入れる。
「あ、あった」
硬い感触に確信を持った。手を引き抜いてみると、やっぱり鍵だった。鍵にはタグがついていて、7桁の数字と1文字のアルファベットが記されている。何だろう、これ?
とにかく鍵を使って引き出しを開けると、なかには手鏡があった。何だ、もう少し役に立つものが入っていると思ったのに。裏返しになった手鏡をゆっくりと回転させてこちらに向ける。
「ひゃ!」
あまりに驚いて、手鏡を床に投げ落としてしまった。そこに映っていたのは血みどろの顔だった。長い黒髪を横わけにした女性。瞳の色はなく、眼球は真っ白だった。
恐る恐るもう一度、手鏡を取って、のぞきこむ。そこには中心に向かって無数のヒビが走ってしまっている。女性の顔を見たのは気のせいだったのかもしれない。
手鏡を持っているのは怖かった。だけど、何かに使えるかもしれないと思うと、わたしは引き出しに戻せなかった。
部屋を探してみてもめぼしいものは見つからず、結局、出口とは違うもう1つの扉に入った。
◆◆
部屋を出ると、また通路である。いい加減に出口にたどり着きたい。そう思っていたら、両開きの扉があった。もしかしたら、出口へと繋がっているのかもしれない。
扉の横に数字とアルファベットのボタンが並んでいる。これもパスワードを入れる仕掛けらしい。わたしはこのとき、鍵についていたタグを思い出していた。タグに記されていた英数字はきっと、この扉を開ける鍵だ。
わたしは記憶をたどって英数字のボタンを順に押した。最後にエンターキーを叩いたけど、ブザー音が鳴ってしまう。どうやら違うようだ。
他にパスワードになりそうな英数字があっただろうか。これまで見てきた英数字を思い出す。
「あ」
わたしの指輪に刻まれていたのは英数字ではなかっただろうか。でも、8文字という英数字は桁が多すぎて思い出せない。わたしは手元を見てみた。なぜか、指輪はなかった。
あとは思いつくかぎりの英数字とエンターキーを押す。全然ダメだ。ブザー音ばかり聞いていると本当に嫌になってくる。
やっぱり指輪がないとパスワードがわからない。指輪があるとしたら、最初にわたしが寝ていた場所だと思う。戻るのは嫌だけど仕方ないのだ。わたしは来た道を引き返すことにした。
最初の部屋に戻ると、どす黒い赤は変わっていなかった。だけど、人影が見えた。
「誰?」問いかけると、一瞬で人影が消える。ちょうど人影が消えた床に指輪が落ちていた。震える指で拾い上げる。そのとき、わたしは思い出してしまった。
――さあ、新しい体だよ。
部屋を飛び出して通路をかけた。男の声が追いかけてくる。
――どうだい? ……そうか、そんなに気に入ってくれて僕もうれしいよ。
聞きたくないのに。
――な、ぜ?
男の人が問いかける。悲しそうな目をして涙を流す。ごめんなさい。わたしは自由になりたかった。新しい体を得て、この場所から離れたかった。だから、男の人を突き刺したのだ。血の海だったのはそのためだ。
両開きの扉まで戻ってきて、パスワードを入力した。小さな電子音がして、扉が開く。その先にはきっと外の世界がある。わたしを自由にしてくれると思っていた。でも、違った。
わたしは外に出た。しかし、わたしの隣には同じ格好をした女性の姿があった。彼女はナイフを持っていた。わたしに近寄り、彼女は「わたしの体を返して」とつぶやくように言った。
そうかとつぶやいてから、声を上げて笑う。あれはなんて単純な暗号だろうか。
「御 ス 前 こ ろ」
「おまえころす」にはわたしが含まれていたのだ。これはあなたの体だった。わたしはすでにこの世のものじゃなかった。手鏡に映った女性こそが本当のわたし。
彼女の手によって、もう一度死ぬ。でも、また誰かわたしをよみがえらせてくれたなら、眩しすぎる照明で目が覚めるところからはじまるのかもしれない。
おわり
はっきりと辺りを見渡せるようになると、わたしは自分の指が動くのを確かめた。長い間、動かしていなかったのか、指の動きがとてもぎこちない。
どうにか、自分の目の前に持ってきて、真っ白な手を眺めた。左手の薬指には文字が彫られた指輪をしている。英数字は何かの製造番号のように思える。だけど、それが何をしめすのはわからない。
両手で握りしめても血がかよっていないように冷たい。「あ」試しに出した声もかすれている。
どれだけの間、眠っていたのだろう。そして、ここはどこなのだろう。わたしのからだにぴったりとおさまる長方形の箱に入っている。手で空を押し上げようとすれば、透明な何かが邪魔をする。
まるで、ガラスケースに入れられてしまったみたい。強引に押してみてもびくともしない。幸い、呼吸はできるから酸素はあるようだ。でも、いつまで持つかわからない。どうしよう?
そのとき、足元からぬるい液体が迫ってきた。メロンソーダのようなあざやかな液体がどんどん水かさを増していく。耳、顎、鼻の穴まで来て、わたしはたまらなくて目をつむった。
◆◆
また目が覚めた。息苦しくない。ちゃんと呼吸ができる。わたしはまだ生きている。
しかし、目をくらますような白いライトはなかった。その代わりに透明なケースにどす黒い赤が飛び散っている。試しに手でケースを押してみると、簡単に浮いてしまう。押し上げたときに何かがすべり落ちる音がした。
「あ」
上体を起こして辺りを見渡したら、部屋中がどす黒い色だった。血なまぐさい臭いに胃からこみ上げる。少しでも気を抜いたら戻してしまいそうだ。口を手で押さえて、どす黒くない壁になるべく目をやりながら、わたしは出口を探した。
何かに挟まれて開閉を繰り返すスライド式の扉がある。その先は通路へと続いているようだ。ここから逃げ出せるならどこに繋がっていてもいい。
裸足で降りると、ぬるぬるする感触に襲われた。だからって、わざわざ裸足の裏を確かめたくない。足の指の間に入ってくる嫌な感触も気づかないふりをしながら、わたしはこの部屋を出た。
◆◆
通路はいたって綺麗だった。わたしが歩くたびに後をついてくる赤い足跡が申し訳ないくらいだ。壁は模様のような亀裂が時折つけられていて、他はつるつるしている。
通路を進んでいくと、やがて行き止まりに当たった。壁の端には数字が並んだボタンがあった。表示板やクリアボタンもある。正しい順番にボタンを押したら、扉が開くのかもしれない。
パスワードになりそうな数字を思い浮かべてみるが、何も思いつかない。扉の周りにヒントがないかなと、よく見るとボタンに赤い指紋がついていた。
指紋が色濃くついていた順番に0、5、6、1。もしかしたら、この順番にボタンを押せば、扉が開くのだろうか。
ボタンを押すと、表示板に数字が表示されていく。小さな電子音が鳴ったかと思うと、『OPEN』と表示された。そして、扉が横にスライドして開いた。
その先はライトが点滅して薄暗さと明るさを繰り返している。引き返すなんて考えもしなかった。わたしは足を進めた。
◆◆
ライトは相変わらず、ちかちかと点滅している。通路の先は行き止まりだった。行き止まりの手前には扉があるから、ここに入るしかなさそうだ。
棒状のノブを持って横にスライドすると、明かりの点いた部屋へと足を踏み入れた。床には紙という紙が散らばっているし、ホワイトボードには1枚の紙がマグネットで貼りつけられている。
マグネットを取って紙を表にすると、業務用連絡の紙だった。あんまり関係ないように見えた。でも、何文字かに赤い丸がつけられている。暗号かもしれない。
「御 ス 前 こ ろ?」
声に出して言ってみても意味がわからない。紙をマグネットで貼りつけて、別の場所を探すことにした。パソコンや紙の山が載ったデスクに目を向ける。デスクの引き出しのなかに何かありそうな気がする。
鍵穴のついた引き出しを手前に引いても、少し揺れるだけだ。やっぱり鍵がないとダメらしい。わたしはデスクの下にしゃがみこんで、床とデスクの隙間に手を入れる。
「あ、あった」
硬い感触に確信を持った。手を引き抜いてみると、やっぱり鍵だった。鍵にはタグがついていて、7桁の数字と1文字のアルファベットが記されている。何だろう、これ?
とにかく鍵を使って引き出しを開けると、なかには手鏡があった。何だ、もう少し役に立つものが入っていると思ったのに。裏返しになった手鏡をゆっくりと回転させてこちらに向ける。
「ひゃ!」
あまりに驚いて、手鏡を床に投げ落としてしまった。そこに映っていたのは血みどろの顔だった。長い黒髪を横わけにした女性。瞳の色はなく、眼球は真っ白だった。
恐る恐るもう一度、手鏡を取って、のぞきこむ。そこには中心に向かって無数のヒビが走ってしまっている。女性の顔を見たのは気のせいだったのかもしれない。
手鏡を持っているのは怖かった。だけど、何かに使えるかもしれないと思うと、わたしは引き出しに戻せなかった。
部屋を探してみてもめぼしいものは見つからず、結局、出口とは違うもう1つの扉に入った。
◆◆
部屋を出ると、また通路である。いい加減に出口にたどり着きたい。そう思っていたら、両開きの扉があった。もしかしたら、出口へと繋がっているのかもしれない。
扉の横に数字とアルファベットのボタンが並んでいる。これもパスワードを入れる仕掛けらしい。わたしはこのとき、鍵についていたタグを思い出していた。タグに記されていた英数字はきっと、この扉を開ける鍵だ。
わたしは記憶をたどって英数字のボタンを順に押した。最後にエンターキーを叩いたけど、ブザー音が鳴ってしまう。どうやら違うようだ。
他にパスワードになりそうな英数字があっただろうか。これまで見てきた英数字を思い出す。
「あ」
わたしの指輪に刻まれていたのは英数字ではなかっただろうか。でも、8文字という英数字は桁が多すぎて思い出せない。わたしは手元を見てみた。なぜか、指輪はなかった。
あとは思いつくかぎりの英数字とエンターキーを押す。全然ダメだ。ブザー音ばかり聞いていると本当に嫌になってくる。
やっぱり指輪がないとパスワードがわからない。指輪があるとしたら、最初にわたしが寝ていた場所だと思う。戻るのは嫌だけど仕方ないのだ。わたしは来た道を引き返すことにした。
最初の部屋に戻ると、どす黒い赤は変わっていなかった。だけど、人影が見えた。
「誰?」問いかけると、一瞬で人影が消える。ちょうど人影が消えた床に指輪が落ちていた。震える指で拾い上げる。そのとき、わたしは思い出してしまった。
――さあ、新しい体だよ。
部屋を飛び出して通路をかけた。男の声が追いかけてくる。
――どうだい? ……そうか、そんなに気に入ってくれて僕もうれしいよ。
聞きたくないのに。
――な、ぜ?
男の人が問いかける。悲しそうな目をして涙を流す。ごめんなさい。わたしは自由になりたかった。新しい体を得て、この場所から離れたかった。だから、男の人を突き刺したのだ。血の海だったのはそのためだ。
両開きの扉まで戻ってきて、パスワードを入力した。小さな電子音がして、扉が開く。その先にはきっと外の世界がある。わたしを自由にしてくれると思っていた。でも、違った。
わたしは外に出た。しかし、わたしの隣には同じ格好をした女性の姿があった。彼女はナイフを持っていた。わたしに近寄り、彼女は「わたしの体を返して」とつぶやくように言った。
そうかとつぶやいてから、声を上げて笑う。あれはなんて単純な暗号だろうか。
「御 ス 前 こ ろ」
「おまえころす」にはわたしが含まれていたのだ。これはあなたの体だった。わたしはすでにこの世のものじゃなかった。手鏡に映った女性こそが本当のわたし。
彼女の手によって、もう一度死ぬ。でも、また誰かわたしをよみがえらせてくれたなら、眩しすぎる照明で目が覚めるところからはじまるのかもしれない。
おわり