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【メガネ――『白馬と姫』番外編】

 サディアスが何か言っている。たぶん、わたしが起こしたミスを並べて、叱っているんだろう。

 でも、今のわたしにはどんな言葉も頭に入ってこなかった。執務室の机をはさんで向き合う、わたしの旦那さま――サディアスに釘付けだった。

 朝は普通だったと思う。いつものように無表情で、わたしが起こすドジの数々を呆れたように見守っていた。

 なのに、執務室に入ってきたサディアスは明らかに違っていた。顔を見て、すぐに変化に気づいた。出会った頃のように、サディアスの目を縁取るメガネがあったのだ。

 だけど、大人の男性となったサディアスは、印象が変わる。とてつもなく、頭が良さそうで、知らない人みたい。叱られているというのに、わたしは不覚にもドキッとしてしまう。

「おい、聞いているのか?」

 じーっと見つめすぎたかもしれない。サディアスに気づかれてしまった。

「き、聞いてる」

 答えてみたものの、旦那さまにごまかしは通用しない。意地悪そうににやっと笑う。

「そうか、じゃあ、俺が何を言っていたか、覚えているな?」

「ご、ごめん。無理です」

 そっこうで嘘がバレた。顔が熱くなるのがわかる。このまま前のめりに倒れて、ピカピカの机に顔を伏せてしまいたい。ただ、そんなことをしたら、サディアスがますます怒りだすだろう。

「何を考えていた?」あんまり話したくないけど、認めなくちゃならない。

「だって、ずるいよ、サディアス。何で、メガネなんかしてるの?」

「これか?」サディアスはメガネのふちを掴んで上げる。

「うん」

「昨日、昔使っていた部屋を整理していてな」

 わたしと出会う前から、サディアスが寝泊まりしていた部屋だ。わたしは思い出が詰まっているから、残してほしいとお願いしたんだけど、ダメだった。旦那さまはもう必要ないと頑なだった。だから、最近、少しずつ荷物を整理していたのだ。

「埃をかぶったメガネと、これを見つけた」

 サディアスが1枚の紙を机の上にひらりと投げた。わたしはすくうように手のなかに入れて、くしゃくしゃになった紙を広げた。紙には震えたような汚い字が並んでいる。わたしはその字を読んだ。

 ――『さでぃあす』
 ――『みやこ』

「練習したときの紙が出てきて、むしょうにあの頃が懐かしくなった。実のところ、俺がメガネをかけたらお前がどんな態度をとるのか、興味があってな。まさか、こんなにもあからさまに惚けるとは思わなかった」

 サディアスはわたしが「うぬぼれないで!」とか、反論すると思ったのだろう。黙っていると「どうした?」なんて首を傾げてくる。わたしはそんな仕草に心が持っていかれそうになるのをこらえながら、質問の答えを探した。

「驚いてる。サディアスがこの紙をずっと、持ってるなんて」

 昨日、見つけたこの紙を、今までお守りのように携帯していたのだ。サディアスは少し目を見開いてから、すぐに顔をそらした。自分の失態に気づいたんだろう。あからさまに照れてる旦那さんが可愛らしい。

「サディアスって、結構、わたしのこと好きだよね?」うぬぼれでも何でもなく。

「だったら、何だ?」

「嬉しいなぁって」

「恥ずかしげもなく言いやがって」

「ほら、好きでしょ、わたしのこと」

 抱き締めてほしくて、両手を上げる。なかなか、動いてくれない旦那さまに「ほらほら~」と挑発する。サディアスは「くそっ」と口悪く吐き捨てると、机から回りこんでわたしを腕のなかに閉じこめた。

「紙、わたしにちょうだい」

「ダメだ」

「何で?」

「……」

 耳元でささやく声に胸が高鳴った。

「お前の書いた下手くそな文字が好きだから」

「下手くそは余計でしょ!」

 だけど、きっと、わたしの顔は、にやけまくってる。いつもは叱られる下手くそな文字も、サディアスが好きと言ってくれる。それだけで、救いだ。

「だが、書類の書き損じだけは許せない」

 説教をはじめる旦那さま。それでも、ぎゅっと抱き締めることはやめない。心音だってどくどく言っている。

「それさえなければ、もっとふたりでいられるだろう」

 強く抱き締められる。

「だね」と軽く返したら、また叱られてしまう。どれだけダメなわたしでも、サディアスは見放したりしない。根気よく付き合ってくれる。自分には何の見返りもないのに。

「本当に好きだね、わたしのこと」

「うぬぼれ、ヘボ女王」

 照れ隠しのくせに。わたしはそんなサディアスが好きだ。きっと、これからも。

おわり

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