魔王と神子の入れ替わり

7 神子

 空には分厚い雲がかかり、その合間を切り裂くように雷の筋が見えます。雷鳴のとどろく真下には、魔王のお城がありました。

「本当に魔王のお城って感じですねぇ」

 お城の外観は、太陽の下にないせいか、毒々しい色の紫の屋根をしていました。

 出入口と思われる大きな扉の前には、牛の頭を持った男や骨だらけの男が見張りに立っています。二股に別れた槍を手に、空から来た侵入者もひとつきにするつもりでしょう。ちょっと不安になってきました。

「あの、ウピリさんっ、わたしたち大丈夫でしょうか? 突き刺されたりしませんよね?」

「何をおっしゃいますか! まっおうさまがお怪我をするなんてありえませんよ!」

 ウピリさんの言ったことは事実でした。見張りの人たちはわたしを見つけても、突き刺したりしませんでした。

 むしろ、見上げながら、槍をかかげておたけびを上げるのです。今のわたしの姿は布しか身にまとってはいませんが、魔王だからそうするのかもしれません。予想していた被害もなく、ちゃんと魔王城のバルコニーの真上まで来れました。

 ウピリさんは安全慎重に、わたしを魔王城のバルコニーへとゆっくり降ろしてくれました。

「ありがとうございます、ウピリさん」

「い、いやー」

 何だか、とっても落ち着かない様子のウピリさんです。バルコニーの手すりに逆さになってぶら下がります。

「これが、わたしの部屋ですか」

 改めて部屋を見渡してみますと、壁紙のないむき出しになった岩壁に囲まれていました。壁には肖像画がずらっと並んでいます。人相の悪い男女がにたりと笑っているのでした。

 もしや、魔王の肖像画なのでしょうか。ウピリさんにたずねてみますと、「こちらはすべて歴代のまっおうさまです」という答えをいただきました。

 一番東にある肖像画は真新しいものです。顔は整っていて牙もなく、歴代の魔王に比べれば人間に近いように思いました。

 ただ、瞳だけは冷ややかにわたしを見つめてくるのでした。なぜか、この画だけには目が吸い寄せられてしまいます。

「まっおうさま?」

「いえ、とても気になってしまって」

「この方はわったしめもよーく知っております。まっおうさまのなかでも相当なお力を持った方でした。しかし、不慮の事故により、消滅されました」

「消滅とは、消えてしまわれたということですか?」

「それはそうですよ。わったしたちは物質です。失われれば消えるのも当然でしょう」

 果たしてそうでしょうかと、わたしは疑問を感じました。人間の世界では肉体は失われても魂というものは残るとされています。もしくは新しいものに生まれ変わるという説もあるほどです。

 わたしが人間の頃の記憶をとどめているように、魔王であっても、生まれ変わることは可能だと思うのです。

 お祈りを捧げたく、魔王の肖像画に手を触れました。魔王であっても魂が安らかに眠りますようにと念じました。

 しばらくそうしていましたが、部屋の扉が豪快な音ともに開きました。ウピリさんは驚いたようでバルコニーの手すりから落ちそうになります。わたしも怖くなって壁に張りつくように逃げました。

 開かれた扉の向こうには全身が黒くしっぽが生えている魔物がいました。つり上がった大きな瞳はくりくりしていて、頭に生えた2本の触覚も可愛らしく見えたのでした。

「魔王さま! ご報告いたします!」

 ギザギザした歯の奥から出てきた声は甲高いものでした。

「は、はい!」

 魔物の大きな声が移ったようにわたしの声も大きくなったのが、少し恥ずかしいです。

「魔王軍が……壊滅いたしました」

「かいめつ? かいめつってあの、壊滅ですか?」

「そうです……」

 伝令の魔物は悲壮感をにじませていましたが、わたしの心は軽くなっていました。壊滅したということは、人間が反撃をして魔王軍を打ち破ったのです。

 人間は滅びずに済んだのです。今も里や森はあるのかもしれません。長い戦いもついに終わり、平和となったのです。

 わたしは嬉しさのあまり、感情がわき上がるのを止められませんでした。熱いものが頬をすべったのを感じました。

「ま、まっおうさま!」

 ウピリさんが心配してくれているのか、わたしの周りを飛んできます。伝令の魔物も「魔王さま」とこちらに寄ってきてくれます。

「まっおうさま、お気を確かに」

 今、気づいたのですが、わたしが泣いているのを悲しみのあまりだと勘違いさせてしまったようです。

「い、いえ、これは」

 嬉し涙なのですが、ウピリさんは翼でわたしをくるんできます。きっと、なぐさめてくれているのでしょう。

「大丈夫です!」

「きゃ」耳もとで聞くにはとても大きい声なので驚きました。

「必ずや、魔王軍を立て直し、人間ども地の果てへと! まっおうさま、すぐに緊急会議を開きましょう!」

「は、はい」

「しかしながら、その格好ではまるでダメです! 新しい服を仕立てましょう! インプもその爪が役に立ちます。一緒に来なさい。まっおうさまはどうかお休みになってくださいね」

 ウピリさんはもしかしたら、ただのコウモリではなく、偉い人なのかもしれません。開いた扉にはドアノブはなく、体当たりするようにウピリさんとインプさんは飛び出していきました。わたしはひとり、部屋に残されました。

「でも、魔王軍が壊滅したということは……」

 肖像画に目が向きました。この肖像画の魔王と同じように、多くの魔物たちが消滅したのでしょう。それを思うと、軽くなったはずの心は岩を乗せたように重くなりました。
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