緊張しいな女騎士

第7話『祝福の口づけ』

 ようやく騎士としての日常が落ち着いてきた頃、早朝訓練が始まる前に隊長が集合をかけた。

 まず、副隊長が1枚の羊皮紙を掲げて見せた。騎士団を表す剣の紋章の下には、『騎士団主催、剣技大会』の文字がある。右下には団長の名前と印が押されていた。

 副隊長の隣には腕組みをした隊長が立っていた。少しだけ緊張したような面持ちでわたしたち騎士を眺める。大体辺りを見渡してから、ゴホンと咳を1つをした。

「えー、これに示された通り、剣技大会が開催される。資格は隊長職以下の者なら誰でもかまわない。つまり、平の騎士でもこの大会を勝ち進めることで、名をはせることができるわけだ。しいては……何だっけ? 副隊長」

 困ったらしく隊長のかたわらにいる副隊長に助けを求めた。隊長が困るとすがりつくのが、いつも冷静な副隊長である。氷のような眼差しで、眼鏡ごしだとますます冷たい印象が強くなる。副隊長は目を細めて冷ややかな視線を送り、まんまと隊長を凍りつかせた。

「隊長、これくらい覚えてください」

「す、すまん。後は頼んだ」隊長も副隊長には頭が上がらないのだ。

「では、わたしから。大会に推薦する騎士をこの隊のなかからふたり選ばなければならない。推薦者を決めるため、予選を行う。一応、全員参加だ。棄権する者は今ここで申し出ること」

 周りの先輩騎士を見ても、誰一人、棄権を訴えなかった。わたしも絶対に棄権しない。予選。これで勝ち上がらなければ、大会出場の推薦はもらえない。わたしも大会のたびに予選に出ているけど、最後まで勝ち進められなかった。

 だけど、今回だけは違う。剣技は一番自信があるし、何より、あの団長が本戦を観戦するのだ。ますます気合いが入る。

 それに剣技大会の本戦に出場すると、祝福を得られる。祝福とは好きな人から口づけをもらうことだ。

 本戦では怪我のないようにと願いをこめて口づけをされる。そこから婚約、結婚までいった夫婦もいる。つまり、騎士たちはこの大会を利用して、好きな女性から口づけをもらいたいと願う。そして、将来は結婚も考えていたり。だから、燃えているのだ。

 わたしの場合は……と、考えたところで、一瞬変な考えが頭をよぎった。考えを頭から追い出すように首を横に振る。あり得ない。何を失礼なことを。いくら憧れていも、祝福を欲しいなんて、バカにも程がある。

 だけど、もし、祝福を受けられるとしたら、わたしは、優勝まで行けちゃいそうな気がする。団長に失礼なのに。昔馴染みだとしても祝福をしてくれるわけがないのに。いくらそう思って振り払おうとしても、頭にはそのことばかり居座っていた。

 訓練を終えてからも、食事を済ませても、ずっともやもやしていた。部屋に戻ってルセットと顔を合わせて、言うべきか迷った。でも、言わなければ居座り続ける気がする。意を決して、わたしは口を開いた。

「ねえ、ルセット。女騎士が男の人から祝福を受けたいって言ったら変かな?」

「全然、変じゃないわよ。今じゃあ、女が騎士をやる時代よ。女が男から祝福を受けて何が悪いの」

「そ、そうかな」

「そうよ。わたしだって祝福をするばかりじゃなくて受けたいぐらいよ」

 ルセットの苦労はよく耳にしていた。大会の前になると、騎士たちから祝福をくれと詰め寄られるらしいのだ。そのたびに適当にあしらって、今のところ祝福をあげた人はいないらしい。

「今日だって大変だったんだから。まあ、今日はシュテラのとこの副隊長が何とかしてくれたけど。あの人、優しいわね」

「あの副隊長が優しい?」

 冷静沈着で隊長を支え続ける氷の副隊長が、ルセットを助けた? 隊長よりも近寄りがたくて、でも頼りになる副隊長が? わたしが怪我をしたとき、適切な応急処置をしてから、騎士としての行いをくどくど説教されたものだ。何だかんだ世話をしてくれるのだから優しいのか、たぶん。

「そう。明日も嫌、面倒くさい」

「わたしが一緒にいれば、少しはいいんじゃない?」

「そうかも。あいつらわたしがひとりのときを狙ってくるから」

 わたしができるだけ側にいることで、その話は落ち着いた。もう寝ようかと思っていたら、ルセットが「それにしてもよ」と話を切り出した。

「シュテラの口から祝福の話を聞くとは思わなかったわ。もしかして、祝福してほしいのって団長?」

「な、な、な、何で!」

「わかりやすい。なるほど、団長に祝福の口づけをしてもらいたいのか、ふーん」

 顔の中心に熱が集まってきている気がする。違うと否定するのも変だし、かといって認めるのは恥ずかしい。

「む、無理だってわかってるよ! でも、祝福のことを考えたら、団長のこと思い浮かべちゃうんだもの」

「何で? いいじゃない。憧れの人の祝福を受けたいから予選をがんばるなんて素敵だと思う」

 祝福目当てにがんばるわけじゃないけど。

「そうかな」

「そうよ。団長に言ってみたら? 『もし本戦に出場できたら、わたしに祝福の口づけをください』って」

「む、無理!」

 顔を会わせるのだって一苦労、目を合わせて手汗が倍増、話すなんて緊張して無理だ。

「大丈夫よ、剣があれば落ち着くでしょ?」

 だけど、剣を手にしたまま「祝福の口づけをくれ」なんて、脅しをかけているようじゃないか。まあ、そんなの団長の前では脅しにならないかもしれないけど。それに、できたら幼い頃のわたしのように物怖じせず、団長を前に話したい。ちゃんと向き合いたいのだ。

「剣に頼らないで、言いたいとは思ってる」

 難しいとはわかっていてもこの気持ちだけは譲れない。

「……わかった。シュテラならできるよ」

 ルセットの言葉がどれだけわたしの心を奮い立たせるか、彼女はきっとわかっていない。

「うん」

 団長に言うんだ。ちゃんと、自分の力だけで。
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