ヤメ騎士さんとわたし

第6話『薬とブーツ』


 どうすれば、ロルフさんの役に立てるか。深く考えた結果、とにかく、離れないことにした。

 行くところ行くところ金魚のふん並みについていく。朝食のときには食器を並べる。片付けるときも率先してやる。昨日習った洗い方を実践して、食器もピカピカにしてやる。

 扉の前に移動する時もついていく。もちろん、わたしもすかさず、ついていく。つもりだったのだけれど、うっかり自分の足元を見てしまった。

 素足だった。怪我もしている。傷口は乾いているけれど、また、刺激したら血が出てくるだろうし。このまま何もせずに外に出たら、また新しい怪我を作ってしまうかもしれない。

 想像したら、一気に外に出るのが嫌になった。靴の代わりか、靴下の代わりみたいのがあればいいのだけれど、残念ながら、服以外のものは身につけていなかった。

 昨日みたいにシーツの切れ端があれば、靴下の代わりとして使えるかもしれない。余っている生地があれば、もらえるか聞いてみたい。

 しかし、その辺りのことをロルフさんに伝えるにはどうしたらいいのだろう。ジェスチャーで乗り切る自信はあまりない。でも、とにかく、声をかけてみたら、何かが変わるかもしれない。そう思って、「ロルフさん?」と声をかけた。

 確かに何かが変わった。当の本人はわたしの正面に回ると、大きな体を落としてしゃがみこんだ。眉間にシワを寄せて、視線を下に向ける。パンツのはき方が変だったのだろうか。足も見られている気がして、落ち着けない。

 気を紛らわせるために、ロルフさんの頭頂部を眺めることにした。見上げるだけだったロルフさんの頭頂部が近い。長めの髪を後ろで編みこんで結んでいるところを改めて見ると、手先が器用なのだと思う。

 突然、その器用な手がわたしの足首を掴んだ。思いがけない感触に、「わっ」と声が出る。

 弓を構えたり、獲物を仕留める手。スープをかきまぜたり、スプーンを口に持っていく手。どれも同じロルフさんの手なのに、今、わたしの足首を覆う手は暖かかった。誰かに肌を触られているのが恥ずかしい。足首を通して全身が熱を持った気がした。

 ロルフさんはわたしの足の傷をもう一方の指でたどっていく。指が傷をかすめると、自分の口から「んっ」と、小さな声が漏れた。いや、そっちの方で感じたわけではない。傷を撫でる感触が痛かっただけだ。

 指が離れていくと、低く短い声が聞こえた。「なるほどな」と言ったのかもしれない――言っていないかもしれない。

 謎を残して、ロルフさんはいなくなった。足にはまだ、手と指の感触が残っている。いつの間にか、息をするのを忘れていたらしい。詰めていた息を大きく吐き出して、新しい空気を取り入れた。

 しばらくして、ロルフさんは戻ってくると、わたしの足下に1足のブーツを置いた。でかくて、ロルフさんの上着みたいに固そうな革でできたブーツだ。彼の大きな足はすでに違うブーツで覆われている。

 つまり、このブーツはわたしのものだと思っていいのだろうか。履いてしまっていいのだろうか。

 不安と期待で、ロルフさんの顔をうかがうと、髭が上がったように見えた。

 笑っている。昨日よりも自然に、小さく笑っている。見惚れたというのはおかしい。でも、じっと、見てしまう。

 あまりにも見すぎていたためか、残念ながら髭が元の位置に戻ってしまった。本当にもったいないことをした。

 落ちこみながらも、せっかくブーツを借りられたのだ。これで怪我の心配もない。

 喜んで履こうとしたわたしに、「待て」と言うみたいに、ロルフさんは手で制した。

 まだ、履いてはいけないらしい。指で床を示して、弱い力で肩も押さえつけてくるから、「座れ」という意味なのだろう。

 したがっても悪いようにはならない予感はする。わたしは素直に腰を下ろして、自分の膝を抱えた。

 またどこかに行ってしまうロルフさんを、すねた子どものような気分で待つ。別に女扱いをしてほしいとかではない。ただ、待つだけではなく、自分でも“何か”をしたいのだ。

 ロルフさんの手によって、わたしの近くに木のバケツが運ばれた。逆の手には布切れを持つ。木のバケツには水が張られていて、そこに布切れを投げて沈める。ロルフさんが掴む前に、わたしは布切れを取り上げて、絞った。

 ようやく、役に立てそうだ。その布切れで自分の足を拭いた。雨に濡れたことで大方の泥は落ちていたものの、指の間はまだ汚れていた。

 わたしが拭いている間に、ロルフさんは家の奥から、一握りの草と乳鉢を持ってきた。薬草だとは思うけれど、知識のないわたしでは、草の違いがわからない。

 それでも、ロルフさんは魔法使いのように乳鉢で草を潰して、だんだんペースト状にしていった。何度か繰り返せば、緑色のペーストができあがる。塗り薬として使えたりするのだろうか。

 ロルフさんは左手でわたしの足先を掴むと、緑色のペーストを右の人差し指ですくいとった。傷のある部分に広げて、ていねいに塗っていく。 水気があるせいか思ったより早く、肌に浸透した。ある程度、薄く伸ばすと乾いて、色以外はあんまり気にならなくなった。

 すべてをぬり終えたところで、「よし」とロルフさんが言ったような気がした。気休めに感謝の言葉を口にしたけれど、あんまり通じていないだろう。だとしても、気分は悪くなかった。人からの善意はただただありがたい。

 借りたブーツは大きめだけど、紐で縛れば、大丈夫そうだった。少しはマシになった足をブーツに入れて、一息でぎゅっと紐を絞り、結ぶ。何回か靴の先を上下させて確かめた後、ロルフさんの後について外へ飛び出した。
6/56ページ
Clap