寝台の上の騎士

部屋を守るメイド

 相変わらず、騎士様の部屋の蜘蛛の巣を落とすのは、わたしの仕事だ。

 蜘蛛の巣が無くなり、椅子から降りて片づけていると、いきなり後ろに引き寄せられた。騎士様がわたしの体を抱きしめたのだ。

「あの~」

「うるさい」

「うるさいって」

 仮にも婚約者なのに、そんな言い方ってあるのだろうか。いくら言い合いしてきたわたしたちだとしても、少しは仲良くなる努力をしたほうがいいんじゃないか。

 わたしの肩に自分の顎をのせて、腕で囲う騎士様。鎧なんて無くたって騎士様の胸板は筋肉で固い。わたしが力を抜いて、体をゆだねると、腕に力がこめられた。

「……会うのは、久しぶりだよな。帰還できたのが昨日の夜中で、さすがにお前が寝ていると思って、なくなく我慢したんだ。それなのに、お前は俺をちらっと見ただけで、掃除をはじめやがった。しかも、蜘蛛の巣なんか、どうでもいいだろう!」

 あれだけ蜘蛛の巣やらを気にしていた男とは、思えない発言である。

「どうでもよくないです」

「いや、いい」

「わたしにとっては、どうでもいいことじゃないんです」

 騎士様にはわからないだろうが、騎士様がいない間、この部屋を守るのがわたしの仕事だった。騎士様の残り香がそこかしこにあるこの部屋を掃除していると、心が落ち着いた。いつか、戻ってくる。真っ先にわたしに会いに来てくれると信じて、掃除をし続けたのだ。

 今朝、部屋を開けたとき、騎士様がいて、わたしは夢のなかにいるんじゃないかと思った。都合のいい夢はきっと、触れた瞬間消えて無くなる。

 だから、あえて触れないで普通に掃除をはじめた。蜘蛛の巣に取りかかった。そうしたら、夢じゃなかった。騎士様はちゃんと存在していた。わたしを抱き締めてくれた。

「今、わかったんです。夢じゃなかったんだって、帰ってきてくれたんだって」

 泣くつもりなんかなかった。騎士様が死んだわけでもないのに、悲しいわけでもないのに、涙があふれて仕方ない。

「会いたかった。本当はずっと会いたかったんです。騎士様が生きていて……良かった。本当良かったです。お帰りなさい」

 もう鼻声だとか、どうでも良かった。自分から後ろを振り返って、騎士様にしがみついた。鼻水がつこうが、今日だけは許してほしい。子どもみたいに声を上げて泣いても許して。

「ただいま」

 騎士様はわたしの頭を撫でてくれる。安心とか、嬉しいとか、愛おしいとか、何個もの感情が溢れだす。

 あまりに声を上げて涙を流すから、「泣くなよ」と言って、泣き止むように背中を撫でてくれる。それがますます涙を誘うのだということを、騎士様はきっと、知らない。

おわり
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Clap