緊張しいな女騎士

第4話『団長室の前で』

 本日の訓練は走るだけという単純かつ、きつすぎるものだった。ぜーはー言いながらも止まることなく、走り続けている。

 どうせならこのまま倒れて医務室に行ってしまいたい。そう思うのは完全に逃げだ。人間の体は簡単に倒れたりしない。心が弱いそんな自分を叱咤しながら走り続ける。

 そんなとき、訓練場が慌ただしくなってきた。あののんびり隊長が忙しなく動き出したということは、団長が視察に訪れたのだ。

 お忙しいはずの団長は最近よく視察に訪れる。時間の関係か、お手合わせすることはないけど、隊長といくつか話を交わして視察を終えられる。

 本日もそうだった。団長はざっと訓練を眺めて、隊長と話を交わす。何を話しているのか、したっぱのわたしにはわからないけど。

 あまり近寄れないので走りながら遠くから眺めていたのだけど、去ろうとする団長と目が合った。そして、団長は足を止めて、にこやかに笑う。団長が笑いかける相手を探してみようと周りを見渡しても、他には見つからない。むさい男しかいないのだ。

 つまりはその、笑顔を向けられているのは、うぬぼれかもしれないけど、わたしなのか。だとしたら嬉しいけど、真実はわからない。確かめようがないし。とりあえずは無視をしたくないので軽く頭を下げておいた。

 その後、どうにか、きつすぎる訓練を走り終えた。地面に倒れたわたしに、隊長が手招きした。

「おい、シュテラ、ちょっと」

 こっちは訓練を終えたばかりで足がふらついているのだけど、見てわからないのか。イライラしても隊長は上司である。逆らえない。わたしはしぶしぶ立ち上がり、隊長のもとへと駆け寄った。

「お前、団長とどんな関係なんだ?」

 いきなり爆弾投下である。

「どんなって」

「とぼけるなよ。団長はお前を見て、笑っただろう。ここのところ何か視察が多いし、どう考えてもお前目当てだろう」

 「お前目当て」と言われるのは悪い気はしない。だけど、隊長が思うような仲ではない。ニヤニヤされても期待には応えられない。

「昔馴染み、それだけです。変なこと考えないでください」

「じゃあ、その昔馴染みなら、団長にそれとなく言ってくれないか?」

「何をです?」

 隊長が「耳を近づけろ」と言うので、むさい口ひげに耳を近づけた。唇を当てるなよと思う。

「あんまり視察に来ないでくれませんかねーと、それとなく遠回しに……」

「視察は団長の権限でいつでもできるはずですけど」

 騎士法で決まっている。隊長だって知っているはずだけど、大方、自分がのんびりできないからだろう。隊長らしい。

「でも、こんなに視察に入らなくてもいいだろう」

 その意見は賛成だ。あんまり視察に来られると、嬉しいけど落ち着きがなくなるというか。団長のことばかり考えて、訓練に身が入らない。

「ということで、これを届けるとともにそれとなく伝えてほしい。頼んだぞ」

 受け取ったのは紙の束。隊長はわたしが返事をする前に逃げ足速く、どこかへ行ってしまった。

 紙の束を届けるだけでも緊張するのに、「視察は遠慮してください」なんてそれとなく言えるのか。ああ、紙の束が湿ってきた。わたしの汗が吹き出してきたのだ。

 隊長のように面倒なことを他人に押しつけられたらいいのに。したっぱが絶対に無理なことはわかっている。わたしは湿り気を帯びた紙の束を持ちながら、団長室の前へとやってきた。例によって呼吸を整えていると、扉をへだてた先から大声が聞こえてきた。

 低い声は団長だろうか。高い声は女性のもの? 扉が開くと、「最低!」と団長をののしる女性の声が聞こえた。団長室から出てきたのは騎士とはかけ離れたひらひらのドレスをまとった女性だ。肩にたっぷり垂らされた巻き髪、完璧に作り出された眉はつり上がり、お怒りの様子である。

 わたしが避けると、彼女は鼻息荒く去っていく。団長と女性の関係はよくわからないけど、おそらくそちら方面だろう。あれほどまでの団長が独り身でいるほうがおかしい。お相手がいるに決まっているとは思っていたけど、あんなに激しい人だったとは思わなかった。

 こんなのを見てしまい、団長室に入りにくい。扉は開きっぱなしだし、どうしたらいいのだろう。迷っている間に団長が扉を閉めようした。ちょうど、ばっちり顔を合わせてしまった。

「シュテラ……」

「す、すみません」お取りこみ中のところにやってきてしまったことを詫びる。

「なぜ、お前が謝るんだ。まあいい、よく来たな、入れ」

 団長はいつものように笑った。まったく気にした様子もなく、わたしを団長室に招き入れてくれた。
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Clap