緊張しいな女騎士

第3話『木剣を交えて』

 いつものように朝が来て、訓練に励む。訓練にはふたり一組になって組み手をしたり、木剣で打ち合ったり。内容は隊長の気分次第で変わる。その隊長はやる気のない様子であくびをしながら、わたしたち部下による組み手を眺めていた。

 2年もこの人の下についていれば、驚くことは今さらない。戦場以外で隊長が真剣な顔をする機会はないのだろう。とにかく、まだ居眠りをしていない状態はマシだと思う。

 しかし、突然、何があったのか、隊長が「あー!」と大きな声を上げた。副隊長は「何ですか、隊長。突然叫んで」と落ち着いた声でたずねた。

「お前らに言い忘れたけど、今日、団長が視察に来るってよ」

 隊長はすんなりと爆弾を投下してきた。

「団長が。それ本当ですか?」と、副隊長がすかさず突っこむ。

「俺も突然言われてなー、びっくりだわ」

 団長が視察に来たことは何度かある。でも、こんなに事前の知らせのないまま、いきなり視察だなんて、はじめての例だった。

「だが、決まったもんは仕方ねえ。気合い入れろよ」

 隊長はあくびを噛み殺しつつそう言えば、部下のわたしたちは気合いをこめて「はい!」と大声を上げるだけだ。だけど、内心では、団長が視察? 団長ってあの団長? 昨日の今日で? わたしの思考はぐるぐる回っていた。

 思考の堂々巡りは相手と木剣を交えるときに消えた。やっぱり、悩みは剣で断ち切るしかない。あまりにも集中しすぎて、団長が視察に来るということをすっかり忘れていた。だから、相手の木剣を地面に落とせたところで横から声がかかったとき、間抜けな声を出してしまった。

「聞こえなかったか? 手合わせを願おう」

 もう一度、言い直されてしまう。しかも、地面に落ちた木剣を拾い、構えた相手と向かい合ったとき、わたしの思考はまたぐるぐる働きはじめた。

 視察にいらっしゃるとは聞いたけど、何で、わたしの目の前にいるのか。木剣を持っているし、「手合わせを願おう」とはそういう意味なのだろうか。というか、団長とわたしがなぜ手合わせなんか。

 周りの騎士たちも団長が剣を振るうとあって、訓練そっちのけでこちらに集中している。

「シュテラ、来い」

 どうして名前を知っているのかわからないけど、わたしは木剣を手にしているせいか、落ち着きを取り戻していた。こんなまたとない機会にうなずいて返す。

「行きます」

 大きく深呼吸してから、強く踏みこむ。団長にひとふりをぶつける。

 しかし、あっさりと木剣で受け止められ、強く押し返された。他の騎士とは比べ物にならないくらいの力。危うく、木剣を落としそうになった。でも、これくらいは想定内だ。額の汗を拭い、もう一度、自分の間合いに戻る。

 何度も何度も団長と木剣を交えるうちに、わたしは楽しくて仕方なかった。団長はこれほどまでに高い位置にいる。地位だけではない。騎士として自分が目指すべき高みだ。それを目の当たりにしたことでわくわくしてきた。

 地面に崩れても何度でも起き上がる。少しでも近づきたい。力任せに剣を振るっても、団長は相手をしてくれる。わたしの木剣が地面に落とされるまで団長と無言のやりとりを続けた。

 結果は一撃も食らわせられず、完敗だった。わたしは息が上がっていたけど、団長はまるで呼吸に乱れはなかった。ただそこに静かにたたずんでいた。

 地面に腰を着いてしまったわたしにあの大きな手が差し出される。今度こそ手を掴んで、立ち上がるのを助けてもらった。わたしはまだ夢見心地で、ぼんやりと団長を眺めていたら「シュテラ、強くなったな」と微笑まれた。

「どうして、わたしの名を?」

「鍛冶屋の娘だろう?」

 団長は覚えていてくれた。

「覚えていてくださったんですね」

「ああ、大きくなったな」

 まるで親戚のおじさんに言われた感覚でおかしくなってきた。頭もぽんぽんとされる。懐かしい。

 小さな頃、わたしが頭をぽんぽんしてほしいとよくねだっていた。そんなささいなことを思い出してくすくすと笑うと、団長もあの頃のように歯を見せて笑ってくれる。緊張していたのが嘘のように肩の力が抜けた。

「シュテラ、あのな……」団長が言いかけたとき、

「団長、そろそろ」隊長が邪魔しに入る。

「ああ、わかった。また、今度な」

「は、はい!」去り際に頭をポンしてもらった。

 団長はお忙しい。「また、今度」なんていつ来るかもわからない。それくらいの約束だとしても、嬉しかった。団長が鍛冶屋の娘を覚えていてくれたことが何より嬉しかったから。

 もちろん、自分の部屋に戻ったときには、寝台に横たわって嬉しさにもだえていた。ルセットにもその嬉しさが伝わったらしい。

「シュテラ、何かいいことでもあった?」

「わかる? あのね」

 悩みまくっていた昨夜が嘘のように舞い上がっていた。今夜は良い意味で眠れそうにはなかった。
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