クサいけどいい匂い

第4話

 さすがにもう会わないだろうと思っていたのに、シビリルはまたしても泥除けのマットの上に立った。鼻をすする。

「今日もドミナスの使いだ」

 わたしがたずねるよりも早く、シビリルは話した。

 そして、またしても依頼の品が腹下しに効く薬だった。在庫はない。これだけ売れるのなら、普段から作り置きしておくべきかもしれない。

 シビリルは慣れた足取りで作業場へ行き、腕を組んで壁に寄りかかった。何なら、わたしより早くたどり着いて、部屋で待ち構えていた。

「別に見てなくたっていいんだけど」

「暇だから」

「そう」

 あれだけ悪態をついていたくせに、今日は大人しい。けれど、わたしを弓で射ぬくように見ていた。まるで的か、獲物になった気分で、居心地悪く、薬に取りかかった。

「俺、親がいねえんだ」

「えっ?」いきなりだった。薬草の粉末や乳鉢で潰したものを鍋に入れているところで、反応が遅れた。

「ギルドならこんな俺でも仕事がもらえると思った。実際、雑用くらしかねえけど、生きてはいける。今はまだ、ドミナスに使われるくらいしか能がねえけど、いつか、自分でもギルドを作る。そんで、俺みたいなガキをギルドで雇うんだ。……前に言ったみたいに誇りなんてねえけど、目標ってやつはあったらしい。あんたに言われて気づいた」

 シビリルがわたしを見ている。射ぬくわけでもなく、ただ真っ直ぐ。まるでわたしと対等の位置にいるみたいに、本当に真っ直ぐ。

「あんたは?」

「わたしは……」

 言うべきか迷った。だけど、親がいないという境遇が似ていたからか、シビリルの顔が陽に当てられて柔らかく見えたからか、唇を解いた。

「わたしも親はいないよ。師匠に引き取られて、その頃からよくお腹を下していて、辛かった。でも、師匠は簡単に薬を作って、治しちゃうんだ。いとも簡単に。
確かに師匠は臭かったよ。周りからは変な目で見られてた。でも、手伝っていくうちに、薬を使う人のことを考えたら気にならなくなってた。わたしみたいに、心も体も元気になっていく様を想像したら、平気になったの。臭いで嫌われたって、薬は必要とされているんだって。誰かを助けてるんだって思いながらやってる」

 こんな話をしたのははじめてだった。もちろん、師匠にも打ち明けたことがない。

「ふうん、いいんじゃねえの」

 シビリルはそれだけだった。確かに大げさな態度をとられたら不快に思ったかもしれない。けれど、もう少し反応が欲しかった。そんな自分が恥ずかしく思えて、頬が熱くなる。言うんじゃなかった。だけど、言葉のあとには続きがあった。

「そんくらい熱意があるなら、誇りを持っても」

 最後の言葉に熱が引いて、逆に胸の辺りが暖かくなった。シビリルの顔色を見ようとしたら、顔を横にそらす。耳が赤く見えたのは明かりのせいか、それとも、照れているせいか。

 シビリルに悪い気がして、深く考えないようにした。わたしは作業に戻る。心なしか、作業場の居心地が良くなったような気がした。

 それからシビリルは何度も店にやってきた。暇だといって、紅茶を飲んだり――嫌いではなかったらしい――気が向いたときには作業場で見学するようになった。依頼を忘れているときもあったりして。おそらく、友だちと呼んでも違和感はないかもしれない。

 いつしか、わたしはシビリルをトマと呼ぶようになり、トマもわたしをミラナと呼ぶようになっていた。
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Clap