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あかいろのゆうしゃ


 馬車のなかは静かだ。魔王城の前に乗り捨てられた馬車には、わたしをはじめ、最後のパーティにすら入れなかった面々があった。

 向かいで座っているのは、踊り子さんと、シーフくんのふたり。まだ、このふたりはピンポイントで活躍した。

 踊り子さんは、魔力が無くても、特技をめちゃくちゃ使っていたし、シーフくんは、お金や運に関連する特技で、パーティを助けていた。

 わたしなんて、村を出てから基本職にすらついていない。職を見つける神殿すら、連れていってもらえなかった。

 勇者いわく、戦闘に出ないお前には必要ないという。わたしだってやれるんだから! なんていう意地もなく、「確かに」と受け入れた。

 だから、わたしは村娘のままで、呪文も特技も覚えてない。装備もみんなのお下がりを申し訳程度にくっつけている。革のドレスを着て、膝を抱えて座っている。3つ編みにしたお下げは、右と左にわけている。

 どこからどう見ても、村娘の姿だ。武器は、おたまとフライパンがお似合いかもしれない。

 踊り子さんは肌の露出が多い透けた服。シーフくんは全体的に黒くて、動きやすそうな軽装の鎧をつけていた。

「勇者、大丈夫かな?」

 勇者と他の人たちが魔王城へと向かってから、結構な時間が経った。けれど、戻ってくる気配もない。

「大丈夫でしょ」と、踊り子さん。

「あの、勇者だよ。パーティが死んでも、あいつだけは生き残ると思うなぁ」

 シーフくんの言うとおり、確かに、勇者は死なない。全滅寸前に追いこまれても、いつだって生き抜いてきた。今度も大丈夫というのは賛成だ。でも、勇者だって、わたしと同じ村に生まれた人間なんだ。

「それに、魔王を倒した褒美として、あのお姫さまを妻として迎えられる。死ぬわけないよ」

 シーフくんに向けて愛想笑いする。「そうだね」と言いながら、心の中は少し複雑だった。

 勇者とは、小さな頃から一緒だった。ひのきぼうで戦いあったり、村中を駆け回ったり、宝箱に魔物を入れていたずらしたり。そんな幼なじみが、勇者になって、しかも、一国の姫さまと婚約だなんて信じられない。

 現実感がなくても、今の勇者は、わたしの手の届かないところにいるのはわかる。

「村にはもう帰らないよね」

 旅立つ時、村は魔王によって焼け野原になっていた。人々はみんな避難して、誰もいない。

 わたしはひそかに、村に戻るつもりだった。復興できたらいいなと思っていた。その隣に、勇者はいない。わかっていたけれど、つらい。

「新しくお城に住むでしょうね。お城に戻ったら、すぐに婚約するんじゃない?」

「そうだね、いい話だし」

 踊り子さんとシーフさんの話にうなずく。姫さまと勇者は、お似合いだったもの。まるで、昔からそうだったみたいに。

 話しこんでいる間に、馬車の周りが騒がしくなってきた。地面が揺れている。馬車から慌てて飛び出すと、魔王城が崩れ落ちていくのを見た。柱がもげていく様に、わたしは最悪な想像をした。がれきに埋もれた血の気ない勇者を。

「勇者!」

 勇者のもとに駆けつけたい気持ちを、踊り子さんとシーフくんが止めた。腕をとられ、わたしはもがくことしかできない。

「行ってはダメよ!」踊り子さんが叫ぶ。

「でも、勇者が!」

「勇者は、大丈夫だよ。だって……」

 シーフくんの楽天的な言葉も今は前向きになれない。

 いつだって勇者は、大丈夫だと思われている。人間だとは思えないくらい強い人だとされている。

 わたしだけは知っている。勇者が自分のお父さんが亡くなった時に泣きじゃくったこと。村が焼け落ちた時に、わたしの手を握ったこと。

 お母さんが大好きで、旅の合間におみやげを買っていること。戻る家族もないわたしをパーティに加えてくれたこと。全部、勇者の優しさだ。勇者は、痛みも感じるし、優しさを持った人間なんだ。

「勇者! 勇者!」

 勇者だって、死んじゃうんだ。

「うるせえな」

 建物の煙のなかから声がした。しばらくして、黒い影が見えて、わたしに近寄ってきた。

「勇者」

「こんなんで俺が死ぬと思ってるのか?」

「だって」涙でせっかくの勇者の顔が見られない。勇者は、わたしの頭に手をのせる。

「死ぬわけねぇだろ」

「勇者、魔王はどうなったの?」

「倒したよ」

 魔術師さんが代わりに答えた。つまり、魔王を倒したら、魔王城も崩れ落ちたというわけだ。

「それも危なげなく。わたしの魔力はすっかすかですが」

 神官さんは上品にほほえんだ。もう一方は、剣士さんで、まったくしゃべる気配がない。この方は無口なのだ。

「帰るぞ」

 って、あれ。勇者は、その場で自分の装備を脱ぎ始めた。黄金色に輝く鎧、兜、盾を馬車へ積みこみ、軽装に戻る。剣だけは手放せないようだったけど。これでは、村を出たときと同じ格好だ。

 馬車に乗りこむ面々。わたしは膝を抱えて、勇者の隣に座る。いつもは遠慮して遠めに座っていたけど、今日は特別だった。

 疲れたと言わない勇者でも、あくびをしたりする。眠気と戦う勇者がちょっぴり可愛らしい。

「あの、勇者。膝枕してあげようか?」

「はあ?」

「あんまり心地よくないかもしれないけど」

 言葉がしぼんでいく。勇者は詐欺師じゃないかと疑っているような薄目で、わたしを見てくる。

 膝枕なんかいらないんだろう。わたしなんかじゃ、勇者の役に立つことなんてなかった。わかりきっていたのに。

 やっぱり、冗談でしたと逃げようとしたら、勇者は寝転んでわたしの膝に頭を置いた。

「城に着いたら起こせ」

「うん!」

 城に戻るこの時間だけは、わたしに欲しい。望みのない恋は、今日までにするから。それまではこのままでいさせてほしい。馬車が動き出す。勇者といられる時間が少しずつ減っていく。



 お城までの道のりは、お祭りさわぎだった。国民たちは、長年、魔王の存在に悩まされてきた。もう悩むことはない。平和に生きていける。解放感がお城中に広がっている。

 笑顔、歌、声。すべてに包まれて、馬車はお城にたどり着いた。

 玉座では王さまが珍しく顔をゆるませていた。王さまのかたわらには、そのままでも挙式があげられそうな豪華な装飾の姫さま。彼女の目は、勇者だけにしか向けられていない。頬を赤らめて、王さまの言葉を待っているようだった。

「勇者、よくやった」

「俺だけの力ではない。魔術師や神官、剣士の働きもでかい」

「おお、そうであったか」

「ああ。仲間にはそれなりの褒美をやってくれ。魔術師には研究所の職を与えて、神官には壊れた教会の復興資金がいいな。踊り子には新劇場を作って、剣士と結婚させればいい。シーフには仲間とともに仕事を与えて、盗みから足を洗わせてやってくれ」

 剣士さんと踊り子さんって確か、あまり仲が良くなかったはず。踊り子さんが一方的に、剣士さんに突っかかっていたけど、いつの間にか、そんなことになっていたんだ。知らなかった。

 ――ちなみに、わたしの話は出なかった。まあ、見返りは求めていないんだけど、ちょっともやもやした。

「ふむ」

 王さまが了承して、すべては丸くおさまるはずだった。勇者が変なことを言い出すまでは。

「あと、姫とは結婚しないから」

 勇者は、さらりと言いのける。姫さまの悲鳴が聞こえた。「どうしてですの!」と。

 王さまも信じられないというふうに瞬きしていたけど、勇者は動じない。

「どういうことだ?」と王さまがたずねる。

「俺は自分の村に帰る」

「帰るといっても、あなたの村はもうないでしょう!」

 姫さまは金ぴかの椅子から立ち上がり、叫び声を上げる。それにも、勇者は、顔色ひとつ変えずにたんたんとしていた。

「これから新しく作る。そのために旅で得た武器や道具を売って金にする。旅の日記は書籍にして金にする。勇者の住む村となれば、観光地にもなるだろう」

「そんなの許さないわ! あなたはわたくしのものだもの!」

「お前が欲しいのは国を救った英雄の妻という名声だろう。わざわざ魔物にさらわれて、俺に助けさせた。国王の許しを得るためにな。俺はそんなバカな話にはのらん」

「お父様!」

「勇者、何を言っても無駄なのじゃな」

「ああ。じゃあ、俺はこれで」

 勇者は姫さまとの縁談を華麗に断った。その事実を飲みこむのが遅くなってしまった。ぽかんとする周りの人たちを気にすることなく、勇者は歩き去ろうとする。わたしは慌てて勇者の後を追う。他の仲間たちも同じく。

「後悔いたしますわよ!」後ろで姫さまが声を上げていたけど、「するかよ」と勇者は、こぼしていた。

 城を出ても勇者は止まらない。城下町のお店を回り、馬車にあった装備や道具をうりさばいた。残ったのは金貨の入った袋だけ。そうまでして、新しい村に投資したいのだろう。仲間たちのなかにも、勇者を止めるものはいなかった。

 馬車に乗りこむと、これまでの旅の道のりを引き返した。その途中で仲間のひとりひとりとお別れをする。シーフくん、剣士さんと踊り子さん、神官さん、魔術師さん。みんな仲間だった。つい先程までは同じ目的のために集まった仲間だった。今はその必要もない。魔王はいない。平和になったんだ。

 馬車のなかには、わたしと勇者だけになった。もともと、お城でお別れをするつもりだったのだ。こんなに長い時間をともにできるとは想わなかった。

 無言のまま、馬車が揺れる音が聞こえる。勇者は、何を思っているのだろう。少しはわたしと別れることを淋しいと思ってくれるだろうか。あるわけないのに、考えてしまう。たぶん、淋しいのはわたしだけだ。胸が押し潰されそうなほど痛いのもわたしだけ。

 馬車が止まる。ふたりの時間は終わる。勇者と別れなくてはならない。勇者は新しい村へ。わたしは焼け落ちた村へ。馬車ともここでお別れだ。

 馬車を降りると、崩れた村の門が目の前に現れる。迫る夕日があの時の炎を思わせて、身が震えてきた。

 勇者は村に向かって歩き出す。わたしと別れる前に、村を見ておこうとしているのだろうか。

「勇者」

 震える声で呼べば、何歩か先に行っていた勇者が後ろを振り返って、わたしの方に引き返してくる。きっと、お別れの言葉を持って。

 勇者が「行くぞ」とわたしの手をひく。

「え?」

「帰るぞ、俺たちの村へ」

 「俺たちの村」には、わたしも入るということだ。勇者の真剣な目は、茶化した様子もない。

「わたしも行っていいの?」

「当たり前だろうが。この焼けた村を復興させて、新しい村を作るって言ってんだよ。その時はお前も一緒だ」

「そうだったんだ」新しい村を作るって言うからてっきり、別の場所に村を作るのかと思ってしまった。

「何のために勇者なんてやっていたと思ってんだ」

「お金のため?」村の復興のためかなと思ったら、勇者はしかめっ面になった。

「お前があの瞬間に帰りたいって言うから」

 わたしは思い出す。こうやって、勇者と焼けた村を眺めて、わたしは言ったんだ。

 ――「あの瞬間に帰りたいな。勇者とわたし、おばさんの幸せだった頃に」

 それで、勇者はわたしの手を握ったんだ。繋いだ手が現実に重なっていく。今の勇者が赤い顔をそらしながら、流し目でこちらを見る。あんなに怖かった夕焼けが鮮やかな思い出で彩られていく。いい思い出に変わるなんて、現金なわたしだ。

「新しい村を作って、もっと幸せにしてやるって言ってんだよ」

 今だって十分幸せなんだけど、それを言ったら、勇者はすねてしまうかもしれない。

「うん、わたしもがんばるよ。勇者を幸せにする」

「ふっ、できるのかよ。お前に」

「できるよ。もう、勇者を笑顔にできてるでしょ?」

「まあな」ほら、また、笑顔になる。

「もっと、笑顔にしてあげるからね!」

 いつぶりだろう。こんなに楽しくて頬がゆるくなっちゃうのは。

 勇者は夕焼けが眩しいというように目を細めて、わたしを抱き締めた。急な展開にわたしの頭はついていけない。

「笑顔どころか、もっといいものを俺にくれよ」

「いいものなんて、わたしにはあげられないけど」

 姫さまみたいにお金も美貌もない。革のドレスがお似合いの、その辺にいる娘なんだから。

「これでいい」勇者は、わたしの小振りな胸を掴んだ。これでいいという言葉が頭のなかをめぐる。

「馬車はこういうとき、便利だな」

「え?」

 どういう意味なのかたずねる前に、勇者は、わたしを馬車に引きこんだ。ふたりだけの馬車の荷台は広い。外にはわたしたちの姿は見えない。

 だけど、顔を寄せられて、唇を合わせたときには、胸がはね上がった。その上がった胸をがっちりつかんでくる勇者は抜け目がない。

「好きだった、ずっと」

「えっ?」

「勇者なんてお前がいなかったら、やるつもりなんかねえよ。村の復興のために金を稼ぐなら、勇者がいいと思った。国王をおどしてでも金をもらおうってな。
何度、死にかけても、お前が待っているからって、変な力があふれて、帰ることができた。そういうのを、好きって言うんだろう?」

 わたしは答えの代わりに勇者の首に腕を回した。その問いの意味をわからないくらい子どもじゃない。

「わたしも好き」

 答えを受け取った勇者は、もう遠慮しなかった。革のドレスの背中がくつろげられて、肩にキスをされる。ドレスの裾がまくりあげられて、もはや、そういうことだった。やがてくる痛みも衝撃も、勇者が与えてくれるものなら、何だって耐えられると、わたしは知っていた。

 後で聞いたのだけど、わたしを最後までパーティに入れなかったのは、怪我をさせたくなかったのだという。好きな女を棺桶に入れたいやつなんているか。なんて真顔に言われた時には、もう、わたしには何にも言えなかった。

 村の復興もそのうち終わる。終わったらその時は、結婚式を開くんだ。勇者とわたしのしあわせな結婚式を。 

おわり
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