緊張しいな女騎士

第16話『慣れるまで』

 瞼を開けてみると、霞がかった中に人の顔が浮かんできた。いったい正体は誰なのか。真相を確かめたくて、その顔に手を伸ばす。指の先が届く前に、大きな手のひらに包まれる。それでも掴む力は手加減されていた。

 手に伝わるぬくもりがあまりにもあたたかい。夢にしては現実的な暖かさで驚いてしまう。もしかして夢じゃないの? 視界がはっきりしてくると、人の顔は団長そっくりだった。穏やかな瞳がわたしを見下ろす。

「ほんもの?」

「ああ、本物だ」声まで聞こえてくるし。

「夢じゃない?」

 上体を起こしてみると、お腹から下は毛布がかけられていた。やけに寝心地がいいと思ったら、わたしは寝台の上にいたのだ。

 しかも一人用の寝台ではなく、横に転がっても十分幅の余る大きな寝台だった。団長も起き上がり、あぐらをかいて座っていた。でも、つい先ほどまでは、こんな寝台にふたりして横たわっていたのだ。驚かないほうがどうかしている。

 訳がわからなくて混乱していると、「まさか気絶するとはな」と苦笑混じりに言われた。

「わたし、気絶したんですか?」

「ああ、さすがに慌てた」

 団長の話によれば、あんな街のど真ん中で倒れたらしい。それも信じられないくらい恥ずかしいと思うけど、もっと気になったことがひとつ。

「団長が慌てるなんて想像できません」

 いつも余裕があって格好よい団長が慌てるなんて、大げさな言い方だと思う。

 おかしくて笑うと、団長は「まいったな」と言葉をこぼした。何か失礼な態度をとってしまったのだろうか。

 心配になっていると、「シュテラ」と呼ばれた。優しく頭だけを抱き寄せられて、団長の胸板が頬にくっついた。

「だ、団長!」

「好きだ」

「えっ?」

 どこかで聞き覚えがあった。街のど真ん中で繰り広げた団長とわたしの会話。口づけをする前に、団長がわたしに「好きだ」と伝えてくれた。というか、わたし、団長に告白をされた。しかも、口づけを!

「シュテラ? まさか、覚えていないのか?」

 団長の顔を見ようとして、唇に目が向いてしまう自分が嫌だ。あの唇が自分のとくっついたなんて、信じられない。

「お、覚えてます。しゅ、祝福じゃないのに口づけをされました」

「嫌だったのか?」

「嫌じゃありません。き、気持ち良かったです……」

 感想なんて聞かれてもいないのに口走ってしまい、恥ずかしい。身体中の熱で頭がボーッとしてくる。団長の顔が近づいてきた。

「好きだ、シュテラ」つんと鼻の奥が痛む。嬉しすぎるからって泣いたらダメだ。ぐっと顔に力を入れて耐える。

「はい、わたしも」

「だから、もう俺を避けたり、逃げたりするなよ。傷つくから」

「わかりました」

 余程、団長も避けられたり逃げられたりしたことが嫌だったのだろう。念を押された。

「それから、俺のいないところで気絶するな」

「大丈夫ですよ。気絶するほど緊張するのは団長の前だけですから」

「そうなのか?」

 ようやくわかった。気絶するほど緊張する理由は、ただ団長が好きだから。好きな人の前だから、ものすごく緊張するのだ。

「団長が好きだから、緊張するんです」

 自分から団長のたくましい胸に飛び付いて、背中に手をそえる。なぜか、頭上から「くそ」と汚い言葉が降ってきた。

 どうしたのか。聞いたほうがいいのかなと考えていると、わたしの腰に団長の左腕が回った。右手が頬に伸びる。親指が下唇をなぞってくすぐったい。

「それなら、少しずつ慣らさないとな」

 わたしが何かを言う前に寝台に押し倒された。どれだけ鈍くうといわたしでも、団長に見下ろされている体勢はおかしいと感じる。

「ちょ、団長、待って」

「もう待たない」

 団長の顔が近づいてくる。熱い瞳から目が離せない。ようやく瞼を閉じると、祝福よりも甘い口づけを落とされた。唇が離れれば終わりかと思ったら、今度は角度を変えてもう一度。

「団長? まだ、するんですか?」これ以上されると心臓が苦しくて、体がもたない気がする。

「ああ、お前が慣れるまでな。慣れないと次に行けないだろう」

 つまり、団長はわたしと口づけ以外のことも望んでいるわけだ。大好きな笑顔を前に、何とも言えなくなった。改めて団長はわたしが好きなのだと感じる。わたしも団長が好きだし、もう考えるのはやめよう。いいや。

「それならもっとください。早く慣れたいです」

 本心でそう言ったのだけど、団長は不機嫌そうに眉を寄せた。また「くそ」とこぼす。でも、次にわたしに触れた唇は相変わらず優しくて、あたたかった。
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