魔王と神子の入れ替わり

10 魔王

 人間どもはおのれの貧弱さから互いに補い合い、結びつくのだという。やがて子孫を残し、その虫ほどの短い生涯を終える。

 川の水に足を浸しながら、ダムにその話をすると、胸を詰まらせたような苦しそうな顔をする。

「どうした?」

「お言葉ですが、結婚とは神子さまがおっしゃるような貧弱さゆえの結びつきではないと思います」

 いつもおどおどしているはずのダムが真剣な面構えで我をにらんだ。

「ほう、ならば、他にどのような結びつきがあるというのだ? 例を示してもらおうか」

「相手を慈しみ、支えたいと願って結びつくものもいます。そして、誰かのために自分を失ってもよいと思うのです」

 ダムはまるで自分にそういった存在がいるかのように遠い目をした。きっと、その誰かを思い浮かべているのだ。

「だが、ダムがその誰かを助けるために命を失ったとしたら、別に悲しむものがいる」

「そうでしょうか」

 ダムは言葉のなかから我の気持ちを悟ってはくれない。我が言いたいのはただこれだけのことなのだ。

「我が悲しむ」

「えっ?」

 魔王から神子となりその果てで見たものは、人間どもの力は小さくても大きな心だった。生きるためにひたむきに1日を過ごし、生活を快適なものに変えていく。なければ自らの手で作り出していく。ダムもそのうちのひとりだ。欠けてはならない。

「ダムがいなくなったら我は悲しむぞ」

「神子さま!」ダムのやかましい声が耳もとで聞こえる。気づけば、我はたくましい腕のなかにいたのだ。

「ダム?」

「神子さま」

「何だ?」

「一生、あなたのお側にいてもかまいませんか?」

 なぜ、そのようなわかりきった確認が必要なのだろう。ダムのそういった律儀なところは時折面倒くさい。だが、我はその面倒くさいところも含めて好んでいる。

「ああ、もちろんだ」

 真っ赤に染まった太い首に我は腕を回す。ダムはささやくようなかすれた声で「結婚してください」と告げた。我はまたいちいち確認をとられて面倒くさく感じたが、「いいだろう」と返した。

 それからほどなくして聞いた話なのだが、神子は結婚できないのだという。合わせて子も成せないのだと聞いた。

 しかしそれが何だ。神子などこの世界では貧弱な人間と同じ。約束どおり、ダムと結びついてやろう。反対したものは追放と決めれば、誰も意見して来なかった。ひとつの季節がはじまる頃には、ダムと我は正式に夫婦となった。
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