緊張しいな女騎士
第9話『団長からの警告』
団長の胸板に顔をくっつけていると、熱が共有されて、どちらのぬくもりなのかわからなくなる。
「せめて、息をしてくれないか?」
そう指摘されるまで呼吸するのさえ忘れていた。驚き過ぎて呼吸するどころではなかったのだ。
腕の力がゆるめられて、詰めていた空気が一気に入ってくる。勢いが良すぎて、すぐに咳が出て体を折った。
「大丈夫か?」背中に大きな手を置かれる。
「は、はい。す、すみません」
どこまでも優しい団長は、わたしの背中をさすってくれる。どれだけ情けない姿をさらしても、団長は見捨てないでいてくれる。本当に拝みたいぐらいありがたかった。それなのに、
「いきなり抱き締めて悪かった。ただ嬉しくてな」
謝罪までしてもらう始末だ。団長は本当に嬉しそうに微笑んで、わたしの頭をぽんぽんと叩く。
団長からしたら、わたしはまだまだ子供の頃のままなのかもしれない。でも、わたしの方はもう子供のままではない。これでも成人しているし。結婚とか意識するくらいの年齢だし。昔の感覚で抱き締められるのは恥ずかしかった。
まだ顔の熱がおさまりそうになくてうつむいた。とりあえず団長には気づかれなければいいと思って。
「それで、シュテラ。結局、何をするためにここに来たんだ?」
「あ……」
てっきり忘れていた。
「用が無ければこんなところまで来ないだろう?」
「う、あの」
そうだ。あくまでも目的は、祝福の口づけをもらえないかとお願いするために来た。だけど、目線を上げるのが恐い。団長の顔を見られない。
どう切り出せばいいのか。頭のなかが混乱する。こんがらがった糸を解こうとすればするほど、強くからまってしまうみたいに。だからって、黙ってばかりではいられない。何か言わなければ。追い詰められた結果、「口づけをください!」と叫んでしまった。
団長室は静まり返り、自分の心臓の音しか聞こえない。もっと、慎重に言葉を選ぶべきだった。もう一度、“祝福の”口づけが欲しいと伝え直せば、今からでも訂正が効くだろうか?
「あ、あの、団長、これには深い理由がありまして」
「……わかった」
「えっ?」
――「わかった」って、どういうこと? わたしが口元をだらしなく開けているところに、団長のゴツゴツした指が頬に触れる。大きな手のひらがゆっくり降りてきた。輪郭を確かめるように頬を包みこむ。親指がわたしの下唇をなぞる。優しい手つきでくすぐったい。
何でこんなことになっているのだろう。まるで、恋人みたい。夢のように現実感がなくて、団長の顔が近づいてくるのをぼんやり眺めていた。少し顎を傾けて団長が迫ってくる。わたしは反射的に目をつむった。
頭のなかでは副隊長が説教を繰り出す。
――「戦いの間は絶対に目を閉じるな」。そうはいっても副隊長、この場合は目を開けていられないと思う。
やがて、やわらかい感触が降ってきた。唇をそれて頬に当てられた感触は、一瞬のうちに消えた。口づけは唇ではなかった。唇がそれて頬だったことに残念に感じる自分がいる。瞼を押し上げると、眉根を寄せた団長がわたしをにらみつけていた。まれに見る恐い顔だ。
「シュテラ、男の前で軽々しく口づけをくれだなんて言うな。男なら誰でも勘違いをする」
団長に男を強調されて、胸の奥が騒ぎだした。それって、少しはわたしを女だと思ってもらえたということなのか。でも、唇ではなく頬にだったから、妹を心配しての行動かもしれない。
「あの、それなんですが」
わたしは仕切り直すためにも、白状することにした。もし剣技大会の本戦に出場することができたら、団長から祝福をいただきたいこと。
「団長から祝福をもらえるとしたら、予選も突破できると思うんです」
剣がなくても落ち着いて、伝えられた。言いたいことを言えてわたしは満足していたのだけど、団長は「それはそれで……」と戸惑った様子だった。
「ダメですか?」
「いや、ダメではない」
団長にしては歯切れの悪い言い方をする。断りづらいのだろうか。わたし相手なら思い切り断っていただいていいのに。
「あの、本当にダメならいいんです。まだ予選を突破できるかもまだわからないですし」
せめて、予選を突破してから来れば良かった。内心後悔しながらも、手を掴み、団長からの宣告を待つ。どちらに転んでも大丈夫。受け入れる。
「わかった、祝福をしてやろう」
断られると思ったのに意外にも良い答えだった。
「い、いいんですか?」驚いて頭を上げると、またしても優しい団長がそこにいる。
「ああ」
まさか、受け入れてもらえるなんて思わなかった。こんなに甘やかされるとうっかり勘違いしそうになる。だけど、きっと、団長に見えているわたしは、ただの鍛冶屋の娘なのだろう。女じゃない。たとえ、そうだとしても。
「だから、絶対に予選を勝ち抜けよ」
わたしは単純だから。団長のそのひとことでも舞い上がってしまう。
「はい!」
絶対に予選を勝ち抜いて、団長からの祝福の口づけを受けてみせる。そんなことをしたって、団長との関係が変わらないとしても、今のわたしには十分だった。
団長の胸板に顔をくっつけていると、熱が共有されて、どちらのぬくもりなのかわからなくなる。
「せめて、息をしてくれないか?」
そう指摘されるまで呼吸するのさえ忘れていた。驚き過ぎて呼吸するどころではなかったのだ。
腕の力がゆるめられて、詰めていた空気が一気に入ってくる。勢いが良すぎて、すぐに咳が出て体を折った。
「大丈夫か?」背中に大きな手を置かれる。
「は、はい。す、すみません」
どこまでも優しい団長は、わたしの背中をさすってくれる。どれだけ情けない姿をさらしても、団長は見捨てないでいてくれる。本当に拝みたいぐらいありがたかった。それなのに、
「いきなり抱き締めて悪かった。ただ嬉しくてな」
謝罪までしてもらう始末だ。団長は本当に嬉しそうに微笑んで、わたしの頭をぽんぽんと叩く。
団長からしたら、わたしはまだまだ子供の頃のままなのかもしれない。でも、わたしの方はもう子供のままではない。これでも成人しているし。結婚とか意識するくらいの年齢だし。昔の感覚で抱き締められるのは恥ずかしかった。
まだ顔の熱がおさまりそうになくてうつむいた。とりあえず団長には気づかれなければいいと思って。
「それで、シュテラ。結局、何をするためにここに来たんだ?」
「あ……」
てっきり忘れていた。
「用が無ければこんなところまで来ないだろう?」
「う、あの」
そうだ。あくまでも目的は、祝福の口づけをもらえないかとお願いするために来た。だけど、目線を上げるのが恐い。団長の顔を見られない。
どう切り出せばいいのか。頭のなかが混乱する。こんがらがった糸を解こうとすればするほど、強くからまってしまうみたいに。だからって、黙ってばかりではいられない。何か言わなければ。追い詰められた結果、「口づけをください!」と叫んでしまった。
団長室は静まり返り、自分の心臓の音しか聞こえない。もっと、慎重に言葉を選ぶべきだった。もう一度、“祝福の”口づけが欲しいと伝え直せば、今からでも訂正が効くだろうか?
「あ、あの、団長、これには深い理由がありまして」
「……わかった」
「えっ?」
――「わかった」って、どういうこと? わたしが口元をだらしなく開けているところに、団長のゴツゴツした指が頬に触れる。大きな手のひらがゆっくり降りてきた。輪郭を確かめるように頬を包みこむ。親指がわたしの下唇をなぞる。優しい手つきでくすぐったい。
何でこんなことになっているのだろう。まるで、恋人みたい。夢のように現実感がなくて、団長の顔が近づいてくるのをぼんやり眺めていた。少し顎を傾けて団長が迫ってくる。わたしは反射的に目をつむった。
頭のなかでは副隊長が説教を繰り出す。
――「戦いの間は絶対に目を閉じるな」。そうはいっても副隊長、この場合は目を開けていられないと思う。
やがて、やわらかい感触が降ってきた。唇をそれて頬に当てられた感触は、一瞬のうちに消えた。口づけは唇ではなかった。唇がそれて頬だったことに残念に感じる自分がいる。瞼を押し上げると、眉根を寄せた団長がわたしをにらみつけていた。まれに見る恐い顔だ。
「シュテラ、男の前で軽々しく口づけをくれだなんて言うな。男なら誰でも勘違いをする」
団長に男を強調されて、胸の奥が騒ぎだした。それって、少しはわたしを女だと思ってもらえたということなのか。でも、唇ではなく頬にだったから、妹を心配しての行動かもしれない。
「あの、それなんですが」
わたしは仕切り直すためにも、白状することにした。もし剣技大会の本戦に出場することができたら、団長から祝福をいただきたいこと。
「団長から祝福をもらえるとしたら、予選も突破できると思うんです」
剣がなくても落ち着いて、伝えられた。言いたいことを言えてわたしは満足していたのだけど、団長は「それはそれで……」と戸惑った様子だった。
「ダメですか?」
「いや、ダメではない」
団長にしては歯切れの悪い言い方をする。断りづらいのだろうか。わたし相手なら思い切り断っていただいていいのに。
「あの、本当にダメならいいんです。まだ予選を突破できるかもまだわからないですし」
せめて、予選を突破してから来れば良かった。内心後悔しながらも、手を掴み、団長からの宣告を待つ。どちらに転んでも大丈夫。受け入れる。
「わかった、祝福をしてやろう」
断られると思ったのに意外にも良い答えだった。
「い、いいんですか?」驚いて頭を上げると、またしても優しい団長がそこにいる。
「ああ」
まさか、受け入れてもらえるなんて思わなかった。こんなに甘やかされるとうっかり勘違いしそうになる。だけど、きっと、団長に見えているわたしは、ただの鍛冶屋の娘なのだろう。女じゃない。たとえ、そうだとしても。
「だから、絶対に予選を勝ち抜けよ」
わたしは単純だから。団長のそのひとことでも舞い上がってしまう。
「はい!」
絶対に予選を勝ち抜いて、団長からの祝福の口づけを受けてみせる。そんなことをしたって、団長との関係が変わらないとしても、今のわたしには十分だった。