緊張しいな女騎士
第6話『噂話に弱い人』
目に入る光景がキラキラ輝いて見える。空気さえもおいしく感じる。幸せな日だ。
団長室から自室に戻っても気分は舞い上がったままだった。誰かに話をしたくてたまらない。話すとしたら、同室者のルセットしかいないけど。
ついにルセットが帰ってきたとき、わたしはこれまで起きたことをすべて打ち明けた(でも、扉の前で女の人とはちあわせしたことは言わないでおいた。団長も人に知られたくないだろうし)。
ルセットには団長がどれほど素敵な言葉をかけてくれたか伝えたかったのだけど、どうもうまく伝わらなかったみたいだ。彼女は顔をしかめて、短く「じれったい」と言った。
「えっ?」
「団長はシュテラのことを覚えてた。それで転んだシュテラを見て心配になって、視察を増やしたのよね」
「う、うん」要約するとその通りだ。だけど、ルセットの雰囲気が怖い。わたし、何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「もしかして、団長がああなったのって……」
ルセットはわたしを見て、大きな瞳がこぼれ落ちそうなほどに見開いた。どうして驚いているのか。考えてもわからなくて、わたしが首を傾げると、彼女は「まさかね」と苦笑を浮かべる。
「ねえ、ルセット?」
ルセットは疲れたようにため息を吐く。勢いよく騎士服を脱ぎ捨てると、さっさと頭からナイトドレスを被って寝台に腰をかけた。
「もう寝ちゃうの?」まだ話したいことがあったのに。
「そうしたいのはやまやまだけど、わたしも話したいことができちゃった」
ルセットが含み笑いをする。何か怪しい感じ。
「え、何それ」
「聞いた噂なんだけど」
「噂?」あんまり興味ない。
「団長がらみよ」
「それなら聞く」
団長がからんだ噂なら金貨を払ったって聞く。現金なわたしを前に、ルセットはたくらむような悪い笑みを浮かべた。
「団長、婚約を取り止めたらしいわよ」
「団長って婚約してたの?」
「知らなかったの?」
うんと素直にうなずく。「シュテラって、本当に何も知らないのね」と言われるくらい噂話に疎いのは認める。
所属している隊の騎士たちは女の子みたいなおしゃべりはしないし、大体は下品な話だ。食堂のねえちゃんや城の侍女の話が多い。あと街の酒場で働く女の子とか。こういうとき女はどう思ってんだ。そんなことをわたしにたずねてきたりする。だから、団長の噂話は知らなかった。しかも、婚約者なんて。
「婚約者の方から破棄されたらしいって話よ」
今耳にした婚約破棄の噂を改めて考えてみると、今日のできごとが関係しそうな気がしてきた。団長室の前で出会った女の人は団長の婚約者。怒っていたのは婚約を破棄しにやってきたから?
「シュテラ?」
考えれば考えるほどしっくりくる。ルセットがいうように団長が婚約を破棄されたなら、きっと心は穏やかではなかっただろう。まったく落ちこんだ様子を見せずにいた団長。わたしにも気づかいを見せてくれた。浮かれていた自分がバカみたいだ。
「どうしたの?」
首を横に振る。何も言いたくはなかった。何でも打ち明けてきたルセットを前にしたとしても団長の話はしたくない。噂が嘘だったらいいのに。その思いをこめて、「それ、本当の話なの?」とたずねた。
「わからないわよ。噂だし。シュテラ、何か知ってるの?」
「し、知らない」
慌てて顔をそらすけど、それが反対に不自然に見えたらしい。「怪しい」と距離を詰め、寄ってくる。でも絶対に口を割る気にはならない。団長の品位を落とすようなことは絶対に話したくない。
頑ななわたしにきつい視線が刺さった。ルセットの目はぱっちりしているから、にらむとき凄みが増すのだ。彼女もわかってやっている。視線に耐えていると、「……はちあわせしたんでしょ?」と図星をつかれた。
「えっ?」何で知っているの?
「団長室に若い女が突撃していったって噂になっているもの。おそらくその女が団長の婚約者」
恐ろしいと思った。ルセットの噂話は嘘も混じっている気がしていたけど、ほとんど真実だ。しかも噂話を聞いたわたしの態度を見て、ルセットは「やっぱりそうか」と納得している。
「他の人には、い、言わないで」
「わかってる」
ルセットは安心させるような笑みをくれたけど。
「だから、何が起きたのか詳しく教えて」
目の奥は有無を言わせない威圧的な視線が隠れていた。
結局、ルセットに洗いざらいしゃべるはめになった。団長室の前で女の人とはちあわせしたこと。部屋がめちゃくちゃになっていたこと。紙を拾うのを手伝ったこと。口止めされていたことまで、しゃべってしまった。団長には申し訳ないことをした。
すべてを滞りなく聞き終えたルセットは、誰にも話さないと約束してくれた。「わたし、噂話が好きだけど、新たに流すことはしないから」という不安を拭うような言葉もくれた。
それから7日経ったけど、今のところ、噂話が流れた感じではない。とりあえずは、ルセットとわたしの約束は守られているのだろう。
目に入る光景がキラキラ輝いて見える。空気さえもおいしく感じる。幸せな日だ。
団長室から自室に戻っても気分は舞い上がったままだった。誰かに話をしたくてたまらない。話すとしたら、同室者のルセットしかいないけど。
ついにルセットが帰ってきたとき、わたしはこれまで起きたことをすべて打ち明けた(でも、扉の前で女の人とはちあわせしたことは言わないでおいた。団長も人に知られたくないだろうし)。
ルセットには団長がどれほど素敵な言葉をかけてくれたか伝えたかったのだけど、どうもうまく伝わらなかったみたいだ。彼女は顔をしかめて、短く「じれったい」と言った。
「えっ?」
「団長はシュテラのことを覚えてた。それで転んだシュテラを見て心配になって、視察を増やしたのよね」
「う、うん」要約するとその通りだ。だけど、ルセットの雰囲気が怖い。わたし、何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「もしかして、団長がああなったのって……」
ルセットはわたしを見て、大きな瞳がこぼれ落ちそうなほどに見開いた。どうして驚いているのか。考えてもわからなくて、わたしが首を傾げると、彼女は「まさかね」と苦笑を浮かべる。
「ねえ、ルセット?」
ルセットは疲れたようにため息を吐く。勢いよく騎士服を脱ぎ捨てると、さっさと頭からナイトドレスを被って寝台に腰をかけた。
「もう寝ちゃうの?」まだ話したいことがあったのに。
「そうしたいのはやまやまだけど、わたしも話したいことができちゃった」
ルセットが含み笑いをする。何か怪しい感じ。
「え、何それ」
「聞いた噂なんだけど」
「噂?」あんまり興味ない。
「団長がらみよ」
「それなら聞く」
団長がからんだ噂なら金貨を払ったって聞く。現金なわたしを前に、ルセットはたくらむような悪い笑みを浮かべた。
「団長、婚約を取り止めたらしいわよ」
「団長って婚約してたの?」
「知らなかったの?」
うんと素直にうなずく。「シュテラって、本当に何も知らないのね」と言われるくらい噂話に疎いのは認める。
所属している隊の騎士たちは女の子みたいなおしゃべりはしないし、大体は下品な話だ。食堂のねえちゃんや城の侍女の話が多い。あと街の酒場で働く女の子とか。こういうとき女はどう思ってんだ。そんなことをわたしにたずねてきたりする。だから、団長の噂話は知らなかった。しかも、婚約者なんて。
「婚約者の方から破棄されたらしいって話よ」
今耳にした婚約破棄の噂を改めて考えてみると、今日のできごとが関係しそうな気がしてきた。団長室の前で出会った女の人は団長の婚約者。怒っていたのは婚約を破棄しにやってきたから?
「シュテラ?」
考えれば考えるほどしっくりくる。ルセットがいうように団長が婚約を破棄されたなら、きっと心は穏やかではなかっただろう。まったく落ちこんだ様子を見せずにいた団長。わたしにも気づかいを見せてくれた。浮かれていた自分がバカみたいだ。
「どうしたの?」
首を横に振る。何も言いたくはなかった。何でも打ち明けてきたルセットを前にしたとしても団長の話はしたくない。噂が嘘だったらいいのに。その思いをこめて、「それ、本当の話なの?」とたずねた。
「わからないわよ。噂だし。シュテラ、何か知ってるの?」
「し、知らない」
慌てて顔をそらすけど、それが反対に不自然に見えたらしい。「怪しい」と距離を詰め、寄ってくる。でも絶対に口を割る気にはならない。団長の品位を落とすようなことは絶対に話したくない。
頑ななわたしにきつい視線が刺さった。ルセットの目はぱっちりしているから、にらむとき凄みが増すのだ。彼女もわかってやっている。視線に耐えていると、「……はちあわせしたんでしょ?」と図星をつかれた。
「えっ?」何で知っているの?
「団長室に若い女が突撃していったって噂になっているもの。おそらくその女が団長の婚約者」
恐ろしいと思った。ルセットの噂話は嘘も混じっている気がしていたけど、ほとんど真実だ。しかも噂話を聞いたわたしの態度を見て、ルセットは「やっぱりそうか」と納得している。
「他の人には、い、言わないで」
「わかってる」
ルセットは安心させるような笑みをくれたけど。
「だから、何が起きたのか詳しく教えて」
目の奥は有無を言わせない威圧的な視線が隠れていた。
結局、ルセットに洗いざらいしゃべるはめになった。団長室の前で女の人とはちあわせしたこと。部屋がめちゃくちゃになっていたこと。紙を拾うのを手伝ったこと。口止めされていたことまで、しゃべってしまった。団長には申し訳ないことをした。
すべてを滞りなく聞き終えたルセットは、誰にも話さないと約束してくれた。「わたし、噂話が好きだけど、新たに流すことはしないから」という不安を拭うような言葉もくれた。
それから7日経ったけど、今のところ、噂話が流れた感じではない。とりあえずは、ルセットとわたしの約束は守られているのだろう。