緊張しいな女騎士

第5話『落ち着く短剣』

 夕方の団長室は嵐が通り過ぎたかのように、めちゃくちゃだった。

「あの、これは先ほどの女性が?」

「ああ、あれは一度暴れれば、手がつけられん」

 それにしたって、ひどかった。床に散らばった紙という紙が、長椅子の下にまで広がっている。投げつけたのか、短剣の先が壁に突き刺さっている。燭台は倒れ、ろうは割れてしまっている。団長はひとりしゃがみこみ、紙を拾っていた。

「て、手伝います」

「すまんな」

「いえ」

 わたしは手当たり次第、床に散らばった紙や羊皮紙を集め、団長に渡した。1枚1枚を団長は区別しながらまとめていく。すべての紙を拾い終えたところで、改めて隊長から預かった紙の束を団長に手渡した。

「シュテラ、本当に助かった」

「いえ、そんな、わたしなんて何にも」

「何か、礼がしたい」

「お、お礼だなんてとんでもないです」

 紙を拾っただけだ。団長からお礼をしていただくなんて恐れ多い。

「礼というのは名ばかりだ。みっともない姿を見られた口止めと思ってくれていい」

 確かに口止めと考えれば、お礼よりも受け取りやすいかもしれない。そして、わたしは今回の任務を思い出した。隊長からのお達しだ。

「あ、あの、それでは、ひ、ひとつだけいいでしょうか?」人差し指でさえも震える。

「ああ、言ってみろ」

「し、しし」

 「視察が多いのでもう少し減らしていただけませんか」と言うだけなのに、緊張してきた。こんなところで緊張してどうするのか。手汗を拭い、もう一度、団長を見据えた。

「しし……」

「獅子?」

 このままだとダメだ。目に入ってきたのは壁に突き刺さったままのあれ。もしかしたら、これを手にしていれば、冷静になれるかもしれない。

 わたしは短剣を壁から引っこ抜いた。短剣が手になじむと、緊張がやわらぐ。よく手入れがされた切っ先にわたしの顔が映った。

「シュテラ、どうした?」

「団長。お願いがあります」声が震えない。大丈夫、今なら伝えられそう。

「あ、ああ」

 逆に団長のほうが戸惑っているように感じる。視線をたどるとわたしの手にある短剣に向けられているらしい。説明しないとわけがわからないだろう。

「あの、わたしは緊張しやすい性格なのですが、短剣を持つと気持ちが落ち着くのです。ですから、大した意味はありません。気になさらないでください」

「そうか、わかった。わかったから、切っ先を下げてくれないか?」

「すみません」

 すぐにわたしは短剣の手を下ろしてから、まっすぐ団長を見つめた。

「それで、願いとは何だ?」

「団長が視察にいらっしゃると騎士の士気も高まります。しかし、これほど頻繁ですと、団長は隊長を信用なさっていないのかと思えてしまいます。隊長にも体面というものがありますから、お控えください」

 言えた。短剣を持って、まるで団長を脅しているみたいだったけど、何とか言い切れた。ホッとして短剣を机の上に置く。

「そうだな。わかってほしいのだが、隊長に不満があるわけではない。ただ、お前が気になってな」

「へっ?」

「いや、今でもお前の父と酒を飲む機会があって、そこでお前がどうしているかとよく聞かれる。騎士としてやっていけるかどうかと。隊長にはそれとなく報告を受けていたし、大丈夫だろうと思っていた。だが、以前、お前はここで転けただろう? 何もないここで」

「は、はい」思い出したくもないいまだ癒えない傷だ。

「それで不安になってな。ちゃんとやっているかどうか、この目で見極めようと思った。だから、視察が増えたというわけだ。訓練に励むお前は真剣そのもので、騎士として、しっかりやっていけている。転けることもなく、な。お前の父親にもそう報告する。案ずるな」

 団長は優しく包みこむように笑っていた。涙がこみ上げてきてうつむくと、ぽんぽんと頭を軽く叩かれる。

「あ、りがとう、ございます」

 下手くそな感謝の言葉も「気にするな」と団長は受け止めてくれた。こんな素晴らしい人に憧れて騎士になって良かったと心の底から思う。何度も頭を下げた。

 どれくらい感謝の言葉を口にしても足りない気がする。だけど、辺りは夕闇が迫り、燭台の明かりが必要な頃合いになっていた。長い間、居座ってしまったらしい。頬に残った涙を拭い、顔を上げた。

「だ、団長、わたしはこれにて失礼いたします」

「ああ」

 またしばらくはお会いできる機会はないだろうから、瞳に焼きつけるように団長を見つめる。闇が邪魔をしてちゃんと表情がわからないのが残念だけど。

 満足すると、団長から背中を向ける。もう未練はない。歩き出そうとしてすぐ、「シュテラ」と、まさか呼び止められなんて思わなかった。後ろを振り返る。

「がんばれよ」

 何度わたしを舞い上がらせるつもりなのか。団長の「がんばれよ」が胸に染みる。

「はい!」

 がんばるしかない。がんばって、父親にも胸を張って会えるような騎士になってみせる。そう心を新たにした瞬間だった。
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Clap