緊張しいな女騎士
第2話『眠れない夜に』
今日の仕事を終えて自分の部屋に戻ってきても、ため息は尽きなかった。寝間着に着替えて寝台の上に横たわったものの、眠れない。燭台の火が揺らめいているのを見つめながらまた、大きくため息を吐いた。
昼間の自分の失態を思い出しては顔の中心が熱くなり、机の角に頭を打ちつけてやろうかと何度思ったか知れない。寸前で思い止まったのは、これ以上、傷を増やしたくなかったからだ。傷を鏡で見るたびにあの失態を思い出したくはない。だから、やめた。
それにしたって、転んだことは大目に見ても、差し出した手を掴もうとせずにあんな失礼な態度をとってしまうなんて、バカもいいところだ。隊の視察にやってきた団長に見とれて怪我をしたときより最悪な気分だ。
涙でも流せれば、少しは気持ちが軽くなるのかもしれないけど、わたしはあんまりうまく泣けた試しがない。訓練のしごきが辛すぎて鼻水を垂れ流したことはあるけど、成人して泣いたことはない。
――ああ、ダメだ。動かないでいると嫌なことしか思い浮かばない。愛用の短剣を鞘から抜き出し、突きの練習をする。ついでに立てかけてあった木剣を使って素振りの練習もしておく。燭台の火が消えてもかまわず続けた。
「ふんっ」
やっぱり、早くこうすべきだった。頭のなかは空っぽで何の雑念もない。朝までこうしていれば、忘れられるかもしれない。寝間着のシャツが汗で張りつくくらいまで素振りをしていたら、
「うるさいな。わたしの存在を忘れてない?」
なんて声が上がった。はっきり言って忘れていた。燭台の火がふたたび灯されて、切り揃えられた前髪の真下にあるくりくりの瞳がわたしをにらむ。彼女は同室者のルセットだ。わたしと同じ騎士でも可憐な容姿は男にモテている。
ルセットは寝る気がそがれたのか、寝台から体を起こす。肩にかかるくらいの金色の髪の毛が軽く揺れた。
「ごめん。でも、落ち着かなくて」
「まあ、あれだけの失態を犯したのだから仕方ないけど」
「な、何で知ってるの?」
「自分でぶつぶつ言っていたんでしょ。団長の前で転けるなんてー、とか」
ルセットが聞いていたなんて、ますます恥ずかしい。
「憧れの団長に会えたのに、シュテラの緊張しいは相当ひどいね」
「本当にわたしでもそう思うよ」
どうしてうまくいかないのだろう。思い返せば、肝心なときにヘマをするくせは昔から変わらなかった。でも、剣を握っているときだけは冷静になれる。だから、騎士の試験も突破できた。きっと、それは剣に慣れた鍛冶屋の娘だからだろう。
だからといって、団長とお会いするのに剣を持つことは失礼だとは思うし。
「一度でいいから、手合わせをお願いしたかったな」
憧れの団長と剣を交えることはわたしの願いでもあった。
「完全に諦めてるの?」
「うん」
無理だと思う。
「諦めるのは早いと思うけど」
ルセットはそう慰めてくれたけど、わたしは首を横に振った。
「まあ、一度でも『大丈夫か?』と声をかけていただけたし、今まで通りがんばるよ」
わたしは一騎士として、少しでも団長の役に立てれば嬉しいのだから。ルセットは納得はしていないようだったけど、わたしは無理やりにでもそう思おうとした。
今日の仕事を終えて自分の部屋に戻ってきても、ため息は尽きなかった。寝間着に着替えて寝台の上に横たわったものの、眠れない。燭台の火が揺らめいているのを見つめながらまた、大きくため息を吐いた。
昼間の自分の失態を思い出しては顔の中心が熱くなり、机の角に頭を打ちつけてやろうかと何度思ったか知れない。寸前で思い止まったのは、これ以上、傷を増やしたくなかったからだ。傷を鏡で見るたびにあの失態を思い出したくはない。だから、やめた。
それにしたって、転んだことは大目に見ても、差し出した手を掴もうとせずにあんな失礼な態度をとってしまうなんて、バカもいいところだ。隊の視察にやってきた団長に見とれて怪我をしたときより最悪な気分だ。
涙でも流せれば、少しは気持ちが軽くなるのかもしれないけど、わたしはあんまりうまく泣けた試しがない。訓練のしごきが辛すぎて鼻水を垂れ流したことはあるけど、成人して泣いたことはない。
――ああ、ダメだ。動かないでいると嫌なことしか思い浮かばない。愛用の短剣を鞘から抜き出し、突きの練習をする。ついでに立てかけてあった木剣を使って素振りの練習もしておく。燭台の火が消えてもかまわず続けた。
「ふんっ」
やっぱり、早くこうすべきだった。頭のなかは空っぽで何の雑念もない。朝までこうしていれば、忘れられるかもしれない。寝間着のシャツが汗で張りつくくらいまで素振りをしていたら、
「うるさいな。わたしの存在を忘れてない?」
なんて声が上がった。はっきり言って忘れていた。燭台の火がふたたび灯されて、切り揃えられた前髪の真下にあるくりくりの瞳がわたしをにらむ。彼女は同室者のルセットだ。わたしと同じ騎士でも可憐な容姿は男にモテている。
ルセットは寝る気がそがれたのか、寝台から体を起こす。肩にかかるくらいの金色の髪の毛が軽く揺れた。
「ごめん。でも、落ち着かなくて」
「まあ、あれだけの失態を犯したのだから仕方ないけど」
「な、何で知ってるの?」
「自分でぶつぶつ言っていたんでしょ。団長の前で転けるなんてー、とか」
ルセットが聞いていたなんて、ますます恥ずかしい。
「憧れの団長に会えたのに、シュテラの緊張しいは相当ひどいね」
「本当にわたしでもそう思うよ」
どうしてうまくいかないのだろう。思い返せば、肝心なときにヘマをするくせは昔から変わらなかった。でも、剣を握っているときだけは冷静になれる。だから、騎士の試験も突破できた。きっと、それは剣に慣れた鍛冶屋の娘だからだろう。
だからといって、団長とお会いするのに剣を持つことは失礼だとは思うし。
「一度でいいから、手合わせをお願いしたかったな」
憧れの団長と剣を交えることはわたしの願いでもあった。
「完全に諦めてるの?」
「うん」
無理だと思う。
「諦めるのは早いと思うけど」
ルセットはそう慰めてくれたけど、わたしは首を横に振った。
「まあ、一度でも『大丈夫か?』と声をかけていただけたし、今まで通りがんばるよ」
わたしは一騎士として、少しでも団長の役に立てれば嬉しいのだから。ルセットは納得はしていないようだったけど、わたしは無理やりにでもそう思おうとした。