緊張しいな女騎士
第15話『緊張と興奮』
さすがに追っては来ないだろうと思っていたのに、団長は「待て、シュテラ」と追いかけてくる。ついには腕を取られ、わたしは後ろを振り返らずにはいられなくなった。
「離してください!」
「離すか! 離したら逃げるだろう!」
団長の荒々しい声に少しひるみかけたけど、わたしはひたすら腕を振った。
「そりゃ、逃げますよ! 第一、剣技大会を団長が見届けなくてどうするんですか! こんなどうでもいい一騎士を追いかけてくるなんて、何を考えているんですか!」
「お前は俺にとって、どうでもいい一騎士なんかじゃない!」
わかっている。嬉しいとか思ってはいけないって。団長が言いたいのは、ただ単にわたしは鍛冶屋の娘であり、妹のような存在というわけだ。
「もう、そういうの嫌なんです」
わたしはゆっくりとうかがうように目線を上げた。団長の瞳を見つけたとき、すぐにたくましい腕に囲われる。ぎゅっと隙間なくくっついた体。わたしは敗けを認めるかのように胸板に頬を寄せて、腕の力を抜いた。
「なぜ、嫌なんだ? 言ってみろ」
「わたしは、団長の妹じゃありません」
「ああ、そうだろうな。俺はお前を妹だと思ったことはない」
あっさり否定されると少し傷つく。もしかしたら、妹以下の存在なのか。でも、「どうでもいい一騎士なんかじゃない」と言われたし。くだぐだ考えていると。
「それと俺を避けたことと関係があるのか?」
「それは……」
やっぱり、避けていたことはバレていたか。はじめは予選で負けてしまい、団長に合わせる顔がなかった。
だけど、団長室の前で出会った婚約者を見て、自分の気持ちに気づいてしまった。団長を前にして、以前のようには振る舞えない気がして逃げたのだ。ひとつひとつ謝っていきたいと思う。
「予選で負けてしまって申し訳ありませんでした。もっと早くご報告しないといけないのに。団長に合わせる顔がなくて」
「……言い訳はそれだけか?」
「いえ、その……」
というか、今気づいたけど、抱き締められたままだ。団長は気にならないのだろうか。
わたしが胸板を押すと、案外簡単に腕はゆるめられた。顔を上げると、怒っていると思った団長の瞳は優しくて、胸が苦しくなる。できるだけ息を吐いて、心を落ち着かせる。
「団長のことを好きになってしまったからです」
団長を困らせるのはわかっていた。婚約者がいる人になんて馬鹿な真似をしているのだろう。
「団長のことが好きなんです。ごめんなさい」
もう謝るしか自分にできることは残されていなかった。団長を愛しているはずのあの婚約者の女性にも頭を深く下げたかった。決して、ふたりの仲をぶち壊したいなんて気持ちはないのだ。ただ、単純に伝えて終わりにしたかった。自分勝手な理由だ。
「なぜ、謝る?」
「団長には婚約者がいます」
「婚約者? “いた”の間違いじゃないか?」
「えっ? だって、団長はあの時、婚約者の女性と歩いていましたよ」
団長が小さく息を漏らして笑う。
「まさか、巻き髪の派手な女のことか?」
「は、はい」
「見られていたのか。あれはな……俺の妹だ」
「妹さん?」
団長から話には聞いていた妹さん。団長をよく叱りつけるという妹さん。
「まったく似ていないが、正真正銘、血の繋がった兄妹だ」
「うそ」
わたしはずっと妹さんに嫉妬していたというのか。おかげで団長への気持ちに気づいたけど、何かすっきりしない。力が抜けて何も言わないでいると、「お前こそ、あの噂は何だ?」と団長のすねたような声が聞こえた。
「噂?」
「お前が隊長とつき合っているという噂のことだ」
「あれは大嘘です! 隊長とはまったくそういう関係になったことはありません」
大声で否定することになって、隊長には少しだけ申し訳ないと思ったけど、許してほしい。
「そうか。安心した」
「安心?」
「ああ、お前が心変わりしたと思って、かなり焦った。視察に行ってもお前には避けられるし、心底、落ちこんだ」
団長が落ちこむなんて。
「だが、そのおかげでようやく自分の気持ちに確信が持てた。シュテラ、言っておくが、妹だとか可愛い部下だとか、そういう気持ちは一切ない。お前を女として見ている」
瞳の熱が熱すぎて、わたしの体がこんがり焼けてしまいそうだ。団長は火照った体を優しく抱き寄せる。
「好きだ」
改めて耳元でささやかれると、どうにもならない。汗がありとあらゆる場所から吹き出す感覚がする。もう耐えられない。何も考えられない。団長の唇がわたしの唇に触れた瞬間、極度の緊張と興奮で意識を失った。
さすがに追っては来ないだろうと思っていたのに、団長は「待て、シュテラ」と追いかけてくる。ついには腕を取られ、わたしは後ろを振り返らずにはいられなくなった。
「離してください!」
「離すか! 離したら逃げるだろう!」
団長の荒々しい声に少しひるみかけたけど、わたしはひたすら腕を振った。
「そりゃ、逃げますよ! 第一、剣技大会を団長が見届けなくてどうするんですか! こんなどうでもいい一騎士を追いかけてくるなんて、何を考えているんですか!」
「お前は俺にとって、どうでもいい一騎士なんかじゃない!」
わかっている。嬉しいとか思ってはいけないって。団長が言いたいのは、ただ単にわたしは鍛冶屋の娘であり、妹のような存在というわけだ。
「もう、そういうの嫌なんです」
わたしはゆっくりとうかがうように目線を上げた。団長の瞳を見つけたとき、すぐにたくましい腕に囲われる。ぎゅっと隙間なくくっついた体。わたしは敗けを認めるかのように胸板に頬を寄せて、腕の力を抜いた。
「なぜ、嫌なんだ? 言ってみろ」
「わたしは、団長の妹じゃありません」
「ああ、そうだろうな。俺はお前を妹だと思ったことはない」
あっさり否定されると少し傷つく。もしかしたら、妹以下の存在なのか。でも、「どうでもいい一騎士なんかじゃない」と言われたし。くだぐだ考えていると。
「それと俺を避けたことと関係があるのか?」
「それは……」
やっぱり、避けていたことはバレていたか。はじめは予選で負けてしまい、団長に合わせる顔がなかった。
だけど、団長室の前で出会った婚約者を見て、自分の気持ちに気づいてしまった。団長を前にして、以前のようには振る舞えない気がして逃げたのだ。ひとつひとつ謝っていきたいと思う。
「予選で負けてしまって申し訳ありませんでした。もっと早くご報告しないといけないのに。団長に合わせる顔がなくて」
「……言い訳はそれだけか?」
「いえ、その……」
というか、今気づいたけど、抱き締められたままだ。団長は気にならないのだろうか。
わたしが胸板を押すと、案外簡単に腕はゆるめられた。顔を上げると、怒っていると思った団長の瞳は優しくて、胸が苦しくなる。できるだけ息を吐いて、心を落ち着かせる。
「団長のことを好きになってしまったからです」
団長を困らせるのはわかっていた。婚約者がいる人になんて馬鹿な真似をしているのだろう。
「団長のことが好きなんです。ごめんなさい」
もう謝るしか自分にできることは残されていなかった。団長を愛しているはずのあの婚約者の女性にも頭を深く下げたかった。決して、ふたりの仲をぶち壊したいなんて気持ちはないのだ。ただ、単純に伝えて終わりにしたかった。自分勝手な理由だ。
「なぜ、謝る?」
「団長には婚約者がいます」
「婚約者? “いた”の間違いじゃないか?」
「えっ? だって、団長はあの時、婚約者の女性と歩いていましたよ」
団長が小さく息を漏らして笑う。
「まさか、巻き髪の派手な女のことか?」
「は、はい」
「見られていたのか。あれはな……俺の妹だ」
「妹さん?」
団長から話には聞いていた妹さん。団長をよく叱りつけるという妹さん。
「まったく似ていないが、正真正銘、血の繋がった兄妹だ」
「うそ」
わたしはずっと妹さんに嫉妬していたというのか。おかげで団長への気持ちに気づいたけど、何かすっきりしない。力が抜けて何も言わないでいると、「お前こそ、あの噂は何だ?」と団長のすねたような声が聞こえた。
「噂?」
「お前が隊長とつき合っているという噂のことだ」
「あれは大嘘です! 隊長とはまったくそういう関係になったことはありません」
大声で否定することになって、隊長には少しだけ申し訳ないと思ったけど、許してほしい。
「そうか。安心した」
「安心?」
「ああ、お前が心変わりしたと思って、かなり焦った。視察に行ってもお前には避けられるし、心底、落ちこんだ」
団長が落ちこむなんて。
「だが、そのおかげでようやく自分の気持ちに確信が持てた。シュテラ、言っておくが、妹だとか可愛い部下だとか、そういう気持ちは一切ない。お前を女として見ている」
瞳の熱が熱すぎて、わたしの体がこんがり焼けてしまいそうだ。団長は火照った体を優しく抱き寄せる。
「好きだ」
改めて耳元でささやかれると、どうにもならない。汗がありとあらゆる場所から吹き出す感覚がする。もう耐えられない。何も考えられない。団長の唇がわたしの唇に触れた瞬間、極度の緊張と興奮で意識を失った。