緊張しいな女騎士

第13話『怪しい関係』

 隊長と酒を飲みに行った次の日。わたしは二日酔いのせいではなく、妙な噂によって頭を抱えることになった。

 ――シュテラ(わたし)と隊長が真剣につき合っている。どうやら訓練場で抱き合っている(合ってはいないけど)姿を何者かに見られたらしい。それが噂になって、広まったというわけだ。

 そもそも、なぜ、わたしが隊長と? どうやっても怪しい関係には見えないと思う。酒を飲んで、肩を組み、騎士団の歌を合唱する姿を恋人とは思わないだろうに。

 ルセットにもさんざん聞かれ、「違う」と言うのにも飽きた。飽きに飽きたので、副隊長のルセットへの想いを言ってしまおうかと思った。だけど、後が恐いのでやめた。副隊長がまだ告げていないのに勝手に伝えたりしたら、余計なことだと怒られそうだ。どちらも怒ったら恐いし、触らない方がいい。

 何とか、ルセットに説明し終わっても、本日の騎士の訓練はあった。噂の相手の隊長と顔を合わす。今日だけは会いたくなかった。

「よう、シュテラ」

 ニヤニヤと企んだような笑みは、おそらくあの噂が耳に入っているのだろう。

「その笑顔は何ですか?」

「何だか、俺たち、つき合っているらしいな」

「隊長!」

 案の定、周りの騎士たちから祝福という名のからかいを受ける。「うるさい」と言ってもなかなかやめてくれない。

「いいじゃないか。抱き合った仲だろう」

「変なこと言わないでください!」

 肩に手を置いて、耳元でささやいてくる。悪ふざけが過ぎた。わたしは完全に頭に血が上って、投げた。「いってえ」盛大な音を立てて地面に落ちる隊長。

「おい、おふざけだろ? 本気になるなよ」

「でも……」

 噂に過ぎないとしても、嫌だった。これだけ広まれば団長の耳にもきっと届く。団長はわたしのことを鍛冶屋の娘ぐらいにしか思っていない。もし顔を合わせたとき、「おめでとう」「幸せになれよ」なんて言われるのを想像したら、鼻の奥がつんと痛んだ。それが冗談だとしても、だ。

「まあ、こんな噂、すぐに消えて無くなる。どう考えたって俺とお前がつき合うわけねえ。みんなわかってるさ。だから、気にすんな……と、適当になぐさめた後で、これを頼む」

 うっかりいい人だと思いそうになったとき、当の隊長から手渡されたのは紙の束だった。しかも団長に出す報告書であることは明らかだ。冗談じゃない。今は団長に会えないのに。

 わたしは突き返そうとしたけど、すでに隊長はいなかった。逃げ足速く、さっさと消えてしまった。あの人の足はどうなっているんだろう?

「はあ、どうしよ」

 天を仰いでもいい案が全然、思いつきそうにない。

 結局、どんな顔で会っていいかもわからずに、団長室までの道のりを歩いている。祝福の必要がないことは団長も知っているだろう。まずは頭を下げまくって、できるだけ速く団長室を出よう。通路を左に折れたところで、

「何で護衛もつけずにこんなところまで来たんだ?」

 団長の呆れたような声が聞こえてきた。後ろ姿だけど、声だけで団長だとわかる。その太い腕に巻きついていたのは細く頼りない腕だった。きっと、剣なんて重たいものは持ったことないだろう。

 甘い花の香り。ひらひらのドレスをまとった女性。肩にたっぷり垂らされた巻き髪は見覚えがあった。彼女は以前、団長室の前で出会った女性だ。おそらくは団長の元婚約者……のはずだけど、“元”とは思えないほどゼロ距離で、くっついている。団長も嫌がっていないようだし、恋人といってもいいみたい。

「いいじゃない。護衛なんかいなくても、誰かさんが守ってくれるでしょ? それに何か機嫌悪そうだったから、わたしが癒してあげようと思って」

「仕方ないやつだな」

 ふたりは仲良さそうに寄り添って団長室に入っていく。そっか。団長の守りたい人は婚約者の人だったんだ。婚約破棄されたのはただの噂だった。ほら、今だってあんなに仲むつまじかった。お似合いじゃない。

 ――あれ? 胸が痛い。何にも消化の悪いものを食べた記憶はないけど。頬から顎にかけてあったかいものが流れ落ちていく。昨日から泣いてばかりだ。でも今日は理由が見つからない。何で拭っても涙が出てくるんだろう? 訳がわからない。

 適当に歩いて、中庭でさぼっているところを見つけた隊長に紙の束を突き返した。

「これは自分で出してください」

 隊長は中庭の長椅子に寝転んでいたけど、わたしの顔を見上げて体を起こした。

「お、おい! シュテラ、お前、何て顔をしてんだ?」

 自分の顔がどうなっているかなんて、見えないし知らない。

「すみません。午後の訓練は体調が悪いので休みます」

「お、おー、そうしろ」

 隊長は案外すんなりと、休ませてくれた。訓練を休んだのは初めてかもしれない。だけど、今は何にも考えられない。考えたくない。

 自分の部屋に戻って寝台に倒れこむ。うつ伏せになって枕に顔を押しつけると、枯れたはずの涙が溢れてきた。もうあれだけ流したのに、一生分泣くつもりなのかもしれない。胸は痛くなり、鼻の奥がつんとする。

 団長に憧れていただけなのに。団長が他の女性と歩いていただけで胸が押し潰されるように痛い。ようやく、わかった。ずっと前からわたしのなかにいた感情。

 ――わたし、団長のことが好きなんだ。
13/17ページ
Clap