緊張しいな女騎士
第12話『準決勝の試合』
こんなにも力の差があるなんて思いもしなかった。どれだけ剣を振っても届く気がしない。どこにも隙がなくて、無駄に動くたびに体力が消耗されていく。
副隊長はわたしの剣を押し返すだけで、攻撃を仕掛けてこない。すべてにおいて余裕があるのだ。それこそ力の差が歴然であることを証明している。
――どうすればいい? 下手に攻撃を繰り出しても返されるのが落ちだ。だからといって、尻ごみして行かなければ、結果的にここで負ける。押しても引いてもどっちみち負けてしまうなら、押した方がいい。それでも、副隊長に隙がなくてうかつには動けない。
しばらくにらみ合いを続けていた。あ、一瞬だけ隙が見えた。わずかに副隊長の懐に隙ができたのだ。わたしは迷わず、そこに向かって剣を振るう。
だけど、副隊長の剣のほうが速く、受け止められてしまった。ここで押し返されれば、また振り出しに戻ってしまう。わたしは歯を食いしばって、押し返されないよう力をこめた。こめたら、副隊長の体が後ろに退いた。
今しかない。そう思ったときには、前のめりになっていたわたしの体勢は崩れた。副隊長の力が無くなり、支えがなくなってよろけてしまったのだ。副隊長がその隙を見逃すはずがなく、わたしの腹部に木剣が当たった。踏ん張ろうとした足は浮いて、腰から地面に落ちてしまった。
「シュテラ、大丈夫か?」
目の前に手を差し出される。剣技大会では剣を取り落としたもの、地面に腰を落としたものは負けだ。わたしは負けた。副隊長に負けたんだ。
「大丈夫です」副隊長の手は借りず、痛むお腹を抱えながら立ち上がる。今は副隊長の顔を見られそうにはない。
遅れて周りの歓声が上がった。送られる声援に副隊長は手を挙げて答える。準決勝の勝者は副隊長と、高らかに宣言された。
結局、決勝も副隊長が勝ち、本戦出場を決めた。わたしは一歩も動きたくなくて、訓練場に立ち尽くしていた。頭に小さな粒が当たって跳ねる。やがて、耳を塞ぐほどの大きな雨粒に変わった。わたしはただ全身で受け止めた。
――団長に報告しなくちゃ。予選で負けたから祝福はいらないと。
でも、顔を合わせたくなかった。言いづらかった。いつもの緊張ではない。団長の期待に応えられなかった自分が情けなかった。悔しかった。団長の顔を見たら、すぐに声を上げながら泣いてしまう。今だってかろうじて歯を食いしばって耐えているけど、ちょっとでも動いたら、涙出そう。出たら、止められない。変な自信はあった。
「シュテラ、お前!」
何で、現れるのだろう。この人は予選が終わった途端、真っ先に帰った人なのに。雨嫌いとか言ってなかったっけ? わざわざ屋根のない訓練場まで足を運んで、雨に塗られて、どうしたんだろう?
「おい、風邪ひくぞ!」
こんな隊長でも優しくされるとうるっと来るものだ。受け取った上着を適当に羽織る。雨で冷えた体が少しはあたたまった気がする。
「速く来い!」まるで訓練中の命令みたいでおかしい。
予想通り、一歩を踏み出したら、涙腺が爆発した。たまりにたまっていた涙がどんどん押し寄せて来る。もう止められない。雨と同じように流れ、落ちていくだけ。その時、隊長がわたしに一歩も二歩も近づいて、片腕で抱き寄せた。
通常なら「親父、変態、やめろ」と突っぱねるところだけど、今のわたしはそんなのでも嬉しかった。相手が隊長だとしても、わたしはすがるものが欲しかった。
「わたし、負けました」しゃくりあげながら告げると、あろうことか隊長は大声で笑った。
「ああ、負けたな。ありゃ、完敗だった」
しかも、この何でもない軽い口調で、わたしの涙に同情もしないらしい。
「そうです。負けたんです。あんなに練習したのに、副隊長に負けました」
「仕方ねえだろ、あいつは俺をも、倒せる実力者だ。本当ならあいつもこの大会に出ねえはずだったが、何か惚れた女が祝福してくれるっていうんで出ることにしたらしい。あいつも情には勝てなかったんだな」
隊長の言葉のせいで副隊長がルセットをどう思っているのか、わかってしまった。なるほど、副隊長もルセットのことを想っていたのだ。両思い。
「うらやましい」
「ああ、そうだな。俺も誰かいねえかな~。シュテラ、どうだ? このおじさんと」
「嫌です」
「くそ~」と言ったその顔は全然、悔しがっていない。隊長はむしろ笑っていて、「飲みいくぞ!」と拳を突き上げた。わたしも「おー!」なんて変な気分で一緒に訓練場を後にした。
こんなにも力の差があるなんて思いもしなかった。どれだけ剣を振っても届く気がしない。どこにも隙がなくて、無駄に動くたびに体力が消耗されていく。
副隊長はわたしの剣を押し返すだけで、攻撃を仕掛けてこない。すべてにおいて余裕があるのだ。それこそ力の差が歴然であることを証明している。
――どうすればいい? 下手に攻撃を繰り出しても返されるのが落ちだ。だからといって、尻ごみして行かなければ、結果的にここで負ける。押しても引いてもどっちみち負けてしまうなら、押した方がいい。それでも、副隊長に隙がなくてうかつには動けない。
しばらくにらみ合いを続けていた。あ、一瞬だけ隙が見えた。わずかに副隊長の懐に隙ができたのだ。わたしは迷わず、そこに向かって剣を振るう。
だけど、副隊長の剣のほうが速く、受け止められてしまった。ここで押し返されれば、また振り出しに戻ってしまう。わたしは歯を食いしばって、押し返されないよう力をこめた。こめたら、副隊長の体が後ろに退いた。
今しかない。そう思ったときには、前のめりになっていたわたしの体勢は崩れた。副隊長の力が無くなり、支えがなくなってよろけてしまったのだ。副隊長がその隙を見逃すはずがなく、わたしの腹部に木剣が当たった。踏ん張ろうとした足は浮いて、腰から地面に落ちてしまった。
「シュテラ、大丈夫か?」
目の前に手を差し出される。剣技大会では剣を取り落としたもの、地面に腰を落としたものは負けだ。わたしは負けた。副隊長に負けたんだ。
「大丈夫です」副隊長の手は借りず、痛むお腹を抱えながら立ち上がる。今は副隊長の顔を見られそうにはない。
遅れて周りの歓声が上がった。送られる声援に副隊長は手を挙げて答える。準決勝の勝者は副隊長と、高らかに宣言された。
結局、決勝も副隊長が勝ち、本戦出場を決めた。わたしは一歩も動きたくなくて、訓練場に立ち尽くしていた。頭に小さな粒が当たって跳ねる。やがて、耳を塞ぐほどの大きな雨粒に変わった。わたしはただ全身で受け止めた。
――団長に報告しなくちゃ。予選で負けたから祝福はいらないと。
でも、顔を合わせたくなかった。言いづらかった。いつもの緊張ではない。団長の期待に応えられなかった自分が情けなかった。悔しかった。団長の顔を見たら、すぐに声を上げながら泣いてしまう。今だってかろうじて歯を食いしばって耐えているけど、ちょっとでも動いたら、涙出そう。出たら、止められない。変な自信はあった。
「シュテラ、お前!」
何で、現れるのだろう。この人は予選が終わった途端、真っ先に帰った人なのに。雨嫌いとか言ってなかったっけ? わざわざ屋根のない訓練場まで足を運んで、雨に塗られて、どうしたんだろう?
「おい、風邪ひくぞ!」
こんな隊長でも優しくされるとうるっと来るものだ。受け取った上着を適当に羽織る。雨で冷えた体が少しはあたたまった気がする。
「速く来い!」まるで訓練中の命令みたいでおかしい。
予想通り、一歩を踏み出したら、涙腺が爆発した。たまりにたまっていた涙がどんどん押し寄せて来る。もう止められない。雨と同じように流れ、落ちていくだけ。その時、隊長がわたしに一歩も二歩も近づいて、片腕で抱き寄せた。
通常なら「親父、変態、やめろ」と突っぱねるところだけど、今のわたしはそんなのでも嬉しかった。相手が隊長だとしても、わたしはすがるものが欲しかった。
「わたし、負けました」しゃくりあげながら告げると、あろうことか隊長は大声で笑った。
「ああ、負けたな。ありゃ、完敗だった」
しかも、この何でもない軽い口調で、わたしの涙に同情もしないらしい。
「そうです。負けたんです。あんなに練習したのに、副隊長に負けました」
「仕方ねえだろ、あいつは俺をも、倒せる実力者だ。本当ならあいつもこの大会に出ねえはずだったが、何か惚れた女が祝福してくれるっていうんで出ることにしたらしい。あいつも情には勝てなかったんだな」
隊長の言葉のせいで副隊長がルセットをどう思っているのか、わかってしまった。なるほど、副隊長もルセットのことを想っていたのだ。両思い。
「うらやましい」
「ああ、そうだな。俺も誰かいねえかな~。シュテラ、どうだ? このおじさんと」
「嫌です」
「くそ~」と言ったその顔は全然、悔しがっていない。隊長はむしろ笑っていて、「飲みいくぞ!」と拳を突き上げた。わたしも「おー!」なんて変な気分で一緒に訓練場を後にした。