緊張しいな女騎士

第10話『祝福の前哨戦』

 団長室を後にした勢いそのままに、わたしは張り切っていた。予選までの期間、少しでも強くなれるように、毎日ヘトヘトになるまで練習した。普段の業務もこなしつつだったので、特に夜勤の見張りはかなりきつかった。

 そんなわたしに対して隊長は、「気合い入ってんなー」と気の抜けた言葉をくれた。

 こんな言葉でも、がちがちになった緊張感がやわらぐのだから、不思議だ。普段はやる気なんてなくて人任せだけど、こういう気配りができる人なのだ。だから、みんなついてくるし、命を預けられるのだろう。だけど、「俺出ないし、関係ねえけどなー」は完全に余計だった。

 そんなこんなで、いよいよ予選の前夜。いつもより軽めに体を動かして部屋に戻ると、ルセットの厳しい顔に出迎えられた。大きめな目は細められて、どこか威圧感を与えてくる。恐い、わたし何かしたっけ? と恐々しつつ、目の前の友人と向き合った。

「ルセット、どうしたの?」

「予選は明日よね?」

「うん、そうだけど」

「シュテラに頼みたいことがあるの」

「頼みたいこと?」

 何でも人に頼らずにやってのけるはずのルセットが珍しい。しかも、真剣な眼差しで、切実なようなのだ。だけど、わたしなんかに頼んでしまって大丈夫か。自分のことながら、かなり不器用だから、不安になる。

「わたしでいいの?」一応、確かめておく。

「うん。シュテラのところのある人を呼び出してほしいの」

「わたしがいる隊の“ある人”を呼び出してほしいってこと?」

「そう言ったつもりなんだけど」

 ルセットは少し呆れぎみだ。

「うん、わかった。で、“ある人”って誰? うちの隊でルセットと知り合いって誰かいた?」

 言葉に出して考えていたら、ルセットは小さい声で何者かの名前を挙げた。

「ごめん。ルセット、もう一回、大きな声で言って」

「だ、だから、シュテラのとこの副隊長!」

「えっ?」

 副隊長を頭に思い浮かべてみる。すぐにぴくりとも表情を動かさない眼鏡の顔が浮かんだ。声を荒げることもなく、殴り付けたりもしない。でも、隊のなかでは隊長よりも恐ろしい存在だと知られていた。わたしも実際、苦手だし。そんな人をこのルセットは、呼び出せと言うのだ。

「呼び出してくれるだけでいいの」

「で、でも、呼び出すって何で?」

「それは……祝福よ」小さな声だったけど、耳に届いた。

「祝福?」

「わたし、誰かに祝福の口づけを求められたことはあるけど、自分から求めたことはないの」

「それって、まさか」

「副隊長に祝福の口づけをしたいってこと」

 ルセットはいつも男の扱いに慣れている感じで、余裕があった。だけど、目の前の友人は顔を真っ赤にさせて、目まで潤ませている。

「そ、そうなんだ。ということはルセットは副隊長のこと?」

 ルセットは赤い顔で小さくうなずく。

「一目惚れだと思う」

 話に聞いた副隊長に助けてもらったこと。それがきっかけで気になったのだとルセットは話す。しかも、最近は食堂で顔を合わせることが増えて、短い会話はしているそうなのだ。副隊長が大会に出る話を聞いた。祝福の相手が見つかっていないことも何となく知り得たらしい。

「だから、副隊長を呼び出してほしいの」

 ルセットのためなら力になりたい。でもきっと、あの副隊長のことだ。わたしの嘘やごまかしなんて簡単に見抜くに違いない。副隊長とルセットに面識があるのなら、本人が押しかけたほうがいい気がする。たぶん、この時間なら副隊長も隊の詰め所にいるだろうし。

「ごめん。呼び出してあげたいけど、ルセットが自分で突撃したほうがいい気がする。副隊長ってそういうの嫌いだから」

「そ、そっか」

「ルセットなら大丈夫だよ」

 わたしより度胸あるでしょ? そう笑いかければ、ルセットの不安そうな表情が少しやわらいだ。

 そう、騎士になる前、ルセットはいいところのお嬢様だった。だけど、女子のたしなみの裁縫や、男との顔合わせでしかない舞踏会。お嬢様としての未来に嫌気が差したそうだ。それが10歳の頃の話(早い)。

 3つ年上のお兄様が騎士を目指していたこともあって、ルセットも自分の道を自分の手で拓く決意をした。両親に猛反対されても貫き通せる強い心があるのだ。

「そうね」

「そうだよ」

「でも、シュテラ。あなたわかってるの? わたしが副隊長に祝福してあげることになったら、あなたとわたしは敵になる。どちらかしか祝福は受けられないってこと」

「あっ、そっか」

 本戦に出られるのはひとりだけ。祝福の口づけを受けられるのもひとり。

「負けないわよ」

 ルセットはそう不敵な笑みを浮かべながら、副隊長に突撃するため部屋を出ていった。

「強敵かも」

 副隊長も強敵だけど、ルセットには勝てた試しがなかった。

 わたしがまどろみ始めた頃にルセットは部屋に戻ってきた。

「どうだった?」部屋のなかは薄暗く、燭台の明かりではルセットの表情をうかがうには頼りない。うつむきかげんだった顔が上がった。

「副隊長がいいって、わたしの祝福を受け入れてくれるって言った」

 喜びのあまりなのか、ルセットは弾むような軽い声で返した。あの副隊長を相手にして、約束を取りつけたことはすごい。

 だけど、複雑な気持ちはあった。こちらだって団長の祝福がかかっているし、ルセットが友人だとしても負ける気はしないのだ。

「ルセット、わたしだって負けないからね」

「そう? でも、あの副隊長は負けないわよ」

 そんなルセットの余裕綽々な言い方にはじめて腹が立った。副隊長が強いことはわたしがよく知っている。一度も勝てたことがないし。

 でも、やってもいないのに諦めたくはない。あの副隊長にだって勝てる可能性はあるはずだ。
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