殺すのが愛
第4話
夢は普通な家庭。でも、今は地道に採集の仕事。街の外れにある森には徒歩で向かう。妖精の名前がついたフェアルの森には、大昔、きこりの靴の片方を盗む妖精がいたらしい。森で靴を失うとしたら相当の痛手だ。蛇やら虫やらに襲われたとき、恐怖でしかない。
ロスには妖精が来ないように見張りをしてもらい(ただ木の根に背中を預けて寝ているだけ)、わたしは薬草を探した。
太陽が高くなる頃に、巻き紙に記された薬草の欄はすべて埋まった。体を動かしたおかげで汗をかいたし、一休みをしようかと木の幹に近づく。
周りを見渡してみてもこの森は獣が少なく静かだ。頭上の木の葉が風に叩かれる。ロスの短い髪も少しだけ揺れる。瞼を閉ざした彼は子どもっぽい。本当に無防備に眠っている。
薬草を採るために使っていた草の汁付きのナイフを見つめる。
もし、このナイフで無防備な喉をかっ切るとしたらどうだろう。今なら殺気を感じさせないで殺れるかもしれない。だけど、ロスがあまりにもしあわせそうに眠っているから。
吸い寄せられるように顔を近づける。わたしの息がかかったためか、彼のまつ毛が震える。自分でも何がしたいのかわからない。どうして、顔を近づけるのか。我に帰ったときには唇が重なったあとだった。
「んっ」と声が聞こえてきて慌てて後ろに退こうとしたら、左足が強く痛んだ。逃げようとした手首が捕まれる。
「……終わったか?」
ロスが薄目を開けてわたしを見てくる。「終わったか」の意味がわからなくなって、混乱する。まさか、気づいていた? でも、彼の視線がわたしの腰辺りにあるから、薬草のことを示しているのは明らかだった。
腰に吊るした袋を指し示すと、「そうか」と呟いて立ち上がる。ロスの目がわたしの足元に行く。剣を振りすぎたせいでタコだらけの硬い手が、わたしの左足の擦り傷に触れた。
「メル、お前、何やってんだ? 靴がとられている」
急いで見下ろしてみると、確かに片方の靴が無くなっていた。だから、左足が痛んだのだ。おそらくわたしがロスに顔を寄せていたわずかな時間に、妖精にとられたのかもしれない。情けない。
靴の代わりに足に巻きつける布を探していたら、わたしの目の前でロスがしゃがみこんだ。
「ほら」
反応できないわたしに対して、ロスは後ろを振り返り、乗れと言う。嫌だと首を横に振るが、「早くしろ」と言われる。ロスにおんぶをされるなんて屈辱でしかない。それでも生い茂った森を抜けるなら、彼に頼るしかないだろう。
わたしは無理やり自分を納得させて、彼の背中に飛び乗った。ロスに軽々と持ち上げられる。わたしの体が大きくなったとはいえ、ロスの背中は広くて硬い。首に巻きつけた腕の力をこめる。突然、彼がこちらに横顔を向けた。口元がやけに緩んでいる。
「胸、でかくなったな」
ニヤニヤするものだから、わたしはナイフの柄をロスの脳天に降り下ろした。
夢は普通な家庭。でも、今は地道に採集の仕事。街の外れにある森には徒歩で向かう。妖精の名前がついたフェアルの森には、大昔、きこりの靴の片方を盗む妖精がいたらしい。森で靴を失うとしたら相当の痛手だ。蛇やら虫やらに襲われたとき、恐怖でしかない。
ロスには妖精が来ないように見張りをしてもらい(ただ木の根に背中を預けて寝ているだけ)、わたしは薬草を探した。
太陽が高くなる頃に、巻き紙に記された薬草の欄はすべて埋まった。体を動かしたおかげで汗をかいたし、一休みをしようかと木の幹に近づく。
周りを見渡してみてもこの森は獣が少なく静かだ。頭上の木の葉が風に叩かれる。ロスの短い髪も少しだけ揺れる。瞼を閉ざした彼は子どもっぽい。本当に無防備に眠っている。
薬草を採るために使っていた草の汁付きのナイフを見つめる。
もし、このナイフで無防備な喉をかっ切るとしたらどうだろう。今なら殺気を感じさせないで殺れるかもしれない。だけど、ロスがあまりにもしあわせそうに眠っているから。
吸い寄せられるように顔を近づける。わたしの息がかかったためか、彼のまつ毛が震える。自分でも何がしたいのかわからない。どうして、顔を近づけるのか。我に帰ったときには唇が重なったあとだった。
「んっ」と声が聞こえてきて慌てて後ろに退こうとしたら、左足が強く痛んだ。逃げようとした手首が捕まれる。
「……終わったか?」
ロスが薄目を開けてわたしを見てくる。「終わったか」の意味がわからなくなって、混乱する。まさか、気づいていた? でも、彼の視線がわたしの腰辺りにあるから、薬草のことを示しているのは明らかだった。
腰に吊るした袋を指し示すと、「そうか」と呟いて立ち上がる。ロスの目がわたしの足元に行く。剣を振りすぎたせいでタコだらけの硬い手が、わたしの左足の擦り傷に触れた。
「メル、お前、何やってんだ? 靴がとられている」
急いで見下ろしてみると、確かに片方の靴が無くなっていた。だから、左足が痛んだのだ。おそらくわたしがロスに顔を寄せていたわずかな時間に、妖精にとられたのかもしれない。情けない。
靴の代わりに足に巻きつける布を探していたら、わたしの目の前でロスがしゃがみこんだ。
「ほら」
反応できないわたしに対して、ロスは後ろを振り返り、乗れと言う。嫌だと首を横に振るが、「早くしろ」と言われる。ロスにおんぶをされるなんて屈辱でしかない。それでも生い茂った森を抜けるなら、彼に頼るしかないだろう。
わたしは無理やり自分を納得させて、彼の背中に飛び乗った。ロスに軽々と持ち上げられる。わたしの体が大きくなったとはいえ、ロスの背中は広くて硬い。首に巻きつけた腕の力をこめる。突然、彼がこちらに横顔を向けた。口元がやけに緩んでいる。
「胸、でかくなったな」
ニヤニヤするものだから、わたしはナイフの柄をロスの脳天に降り下ろした。