殺すのが愛

第2話

 殺すと決めてからもう6年だ。いまだにロスを殺すには至っていない。

 残念だが、寝首をかっ切ろうとしても、あの男はすぐに勘づいてしまう。ちょっと前には熟睡していたはずなのに、わたしが剣を降り下ろす瞬間には、ばっちり目を開けているのだ。

 何度、首筋を斬られそうになったかわからない。屈辱的だが、ロスには剣技ではかなわない。それを強く痛感し、早々に正攻法(暗殺者としてのだ)をやめた。

 あの手この手でロスの寝室に忍びこむうちに、討伐ギルドのマスターであるドミナスにその腕をかわれた。酒場の2階に住まわせてもらうことになったのだ。そして、15歳の頃には、ロスと同じ討伐ギルドに入っていた。

 そこからさらに1年が経ち、わたしも16歳だ。結婚やら生活やらを本気で考える歳だ。

 でも、なかなかこのギルドにいる限り難しい気がしている。暗殺者としての習慣を終えて1階に降りると、ドミナスがカウンターで紅茶を飲んでいた。まるで、周りが酒場とは思えない優雅な雰囲気を漂わせて、顔を上げる。

「やあ、メーベル」

 金色の髪の毛を後ろに撫でつけて外見は紳士という感じだ。にこやかに笑っているものの、目だけは蛇のように鋭い。この鋭さがギルドのマスターという立派な証拠だと思う。

 あいさつ代わりに会釈で返すと、「今日こそ、ロスを殺せそうかな?」なんて、まるで朝の会話には不似合いな言葉をかけられる。

 あいまいに返事をしてから、天井を仰いだ。朝恒例の行事が上手く成功してくれたらなあと思う。そうすれば、ロスともさよならできるし、ドミナスからも解放される。わたしがずっと望んできた穏やかな日々がやってくるはずだ。

 でも、現実は甘くない。いきなり砂ぼこりが落ちてきた。とうとう始まったらしい。ドタドタと品のない階段を降りる音。やがて、色落ちした革の靴先が目に入ってくる。それもめちゃくちゃな履き方で、よくもまあ、まともに歩けるものだ。わたしなら転けてしまいそうな気がする。

 よれよれのズボンにしわしわのシャツ。完全に寝起きだ。寝癖を右手で適当にかき上げながら階段を下りてくる。戦いのときは無表情なのに、こういうときは案外感情的だ。今は目をつり上げて、めちゃくちゃ怒っている。おそらくわたしのせいだろう。

「メルっ! また、やりやがって!」

 ロスの手で握りつぶされた毒矢の残骸。蛇の毒を仕こんだ鋭い矢じりはどこにもない。扉が開くときに仕掛けた弓矢が毒矢を放つ仕組みなんだけれど、どうも失敗したらしい。

「残念。今日もきみはギルドから離れられないようだね」

 ドミナスは絶望的な言葉をくれた。ドミナスとはロスを殺せば、ギルドから出してもらえるという契約をした。つまりはこの大男を仕留めれば、わたしも自由の身となるのだ。しかし、ロスは今日も元気でわたしの目の前にたたずんでいる。よって、契約は成立しない。

 働くしかないのだ。

「さあ、ふたりとも仕事だ」

 これがここ数年続いている3人のやりとりだったりする。
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Clap