嫌われ魔術師

第1話(フルグライト視点)

 俺が彼女の存在に気づいたのは天敵のセロンが弟子をとったという、どうでもいい噂からだった。名はエリアル。肩上に切り揃えられた金色の髪、日の光も弾きそうな白く透明感のある肌。深緑を映したような瞳は吸いこまれるように美しい。侍女がうらやましそうにそんな噂をしていた。

 そのときの俺にはその噂が真実であろうがなかろうが大した意味はなかった。あの偏屈なセロンの弟子になるとは哀れな。浮かんだのは同情心くらいで、すぐに噂など忘れてしまった。

 エリアルには大分経ってから、対面する機会が訪れた。セロンが占いと称して団長室に押しかけてきたのだ。俺とすればありがた迷惑。占いなど大した役にも立たぬもの。おのれの腕っぷしだけが未来を切り開くと思っていた。まるで興味がわかなかったが、セロンの隣に立っていたエリアルに目を奪われた。

 噂通りの美女だった。俺のせいか、自信のないおどおどとした仕草にイラつくよりも可愛らしさを感じた。一回りは違うであろう歳の小娘。このなで回したい、抱き締めたいという衝動は、幼子や動物に対しての感情と同じものだろう。

 しかし、彼女が俺とセロンの不毛なやりとりで笑みをこぼしたとき、全身がおかしくなっていた。動悸がする。顔が熱い。手を握りこむと尋常ではなく、汗ばんでいた。

 俺は年甲斐もなく、年の離れた(あろうことか)少女に惚れてしまったのだ。

 惚れているくせに、彼女の前に出ると素っ気ない態度になってしまう。先程の「魔法臭がきつい」などとよく言えたものだ。むしろ、団長室にこもってろくに風呂にも入らない自分のほうが臭いだろうに。

 エリアルは臭いどころか石鹸の香りがした。おそらく、召喚の儀式の前には手を洗っているのだろう。その香りが鼻の奥に達したとき、詰まった息をゆっくり逃がした。彼女を目の前にして緊張していた。そのせいであのような心にもないことを。

 こんなどうしようもない俺がすがったのは、あのセロンだった。国王に施す前の試しと称して、ある術を施し、俺の本音を彼女の前に引き出す。もし、本当に本音をぶつけられるなら、エリアルに振られたとしても後悔はしないはずだ(おそらく)。

おわり
8/8ページ
Clap