破門される魔術師
最終話
フルグライト様は目を見開いて固まっていた。やがて、眉根が寄っていくのを見て、わたしは後悔した。この顔は不機嫌だととらえたほうが無難だと思う。おそらく彼に対する気持ちが重すぎたのかもしれない。
やってしまったと自己嫌悪に陥っていると、大きなため息が聞こえてきた。
「もう無理だ」
「えっ?」
フルグライト様の表情を読み取ろうとしても、腕で目元を隠していて、わたしを見てくれない。
「ずっと、考えてきた。エリアルにこのことを告げるときはどこがいいか、どの場面がいいか。しかし、我慢ならん」
「無理だ」、「我慢ならん」が示しているのはわたしとの関係だろうか。もうお付き合いが無理だとか我慢できないほど嫌だとか、そういうこと?
「エリアル、俺は弱い。中でも、お前のことに関してはまるでダメだ。年甲斐もなく焦っている、他の男にとられはしないだろうかとか、俺が先に死ぬとか」
「そんなこと!」
「そんなことで悩み、落ちこむくらいに俺は弱い」
苦笑を浮かべたフルグライト様は、上体を起こした。
「寝台から降りてくれないか。そして、立ってくれ」
意味はわからないものの、彼の声が固く感じたので、言われた通りにする。ローブの裾を直し、たたずんでいると、フルグライト様は右膝を立ててしゃがみこむ。これは騎士などが目上の人の前でする体勢だ。なぜ、こんなことをするのだろう? 彼の表情はうつむいているせいでわからない。
「手を」
フルグライト様の言うがまま、わたしは筋肉質な手に自分の貧相な手を重ねた。すぐに震える彼の手が強く握ってくる。彼はわたしを仰ぎ見た。快晴を思わせるはずの瞳が揺れている。
「エリアル。俺と、こ、れから、ともに」
後半から声が小さくなりすぎて聞き取れなかった。首を傾げると、フルグライト様は深呼吸をした。彼と繋いだ手がとても熱い。固くつむった瞼が開かれる。
「……俺の妻になってほしい。俺のそばにいてほしい。頼む」
彼はわたしが手を離すのではないかと気が気ではないようだ。額を手の甲に当てて「頼む」と唱えている。離すわけないのに。むしろ、こちらから頼みたかったのに。
「フルグライト様」
呼びかけると彼の肩が跳ね上がった。
「何だ?」
どうしても告げなければならないことがあった。
「わたしは今、破門されそうになっているんです。それで、フルグライト様と、けじめをつければ、破門は取り消すと。師匠の話はそういうことでした。だから、わたし、破門されたくなくて、あなたに結婚してくれませんかって言うつもりでした。だからもし、ここでうなずいてしまったら、ずるい気がするんです。あなたは真っ直ぐな気持ちで伝えてくれたのに」
「真っ直ぐではない」
「えっ?」
「俺はエリアルより歳をとっている。うまい言葉の1つも吐けないこんな男よりも、もっといい相手がいるに決まっている。だが、俺はお前を離したくはない。他の男になど渡したくはない。結婚というものでお前と結びついていたかった。そんな自分勝手な理由で求婚したのだ」
わたしのほうこそ、他の女性にフルグライト様を渡したくない。破門などという理由がなくても、あなたのそばにいたい。
「それで、だ。エリアル、答えは?」
わたしの心はすでに決まっている。
「フルグライト様、喜んであなたの妻になります。ずっと、わたしのそばにいて」
フルグライト様の顔に、普段は隠されている笑いじわが浮かぶ。彼は、「ああ、しあわせにする」と言って、わたしの手の甲に口づけを落とした。
おわり
フルグライト様は目を見開いて固まっていた。やがて、眉根が寄っていくのを見て、わたしは後悔した。この顔は不機嫌だととらえたほうが無難だと思う。おそらく彼に対する気持ちが重すぎたのかもしれない。
やってしまったと自己嫌悪に陥っていると、大きなため息が聞こえてきた。
「もう無理だ」
「えっ?」
フルグライト様の表情を読み取ろうとしても、腕で目元を隠していて、わたしを見てくれない。
「ずっと、考えてきた。エリアルにこのことを告げるときはどこがいいか、どの場面がいいか。しかし、我慢ならん」
「無理だ」、「我慢ならん」が示しているのはわたしとの関係だろうか。もうお付き合いが無理だとか我慢できないほど嫌だとか、そういうこと?
「エリアル、俺は弱い。中でも、お前のことに関してはまるでダメだ。年甲斐もなく焦っている、他の男にとられはしないだろうかとか、俺が先に死ぬとか」
「そんなこと!」
「そんなことで悩み、落ちこむくらいに俺は弱い」
苦笑を浮かべたフルグライト様は、上体を起こした。
「寝台から降りてくれないか。そして、立ってくれ」
意味はわからないものの、彼の声が固く感じたので、言われた通りにする。ローブの裾を直し、たたずんでいると、フルグライト様は右膝を立ててしゃがみこむ。これは騎士などが目上の人の前でする体勢だ。なぜ、こんなことをするのだろう? 彼の表情はうつむいているせいでわからない。
「手を」
フルグライト様の言うがまま、わたしは筋肉質な手に自分の貧相な手を重ねた。すぐに震える彼の手が強く握ってくる。彼はわたしを仰ぎ見た。快晴を思わせるはずの瞳が揺れている。
「エリアル。俺と、こ、れから、ともに」
後半から声が小さくなりすぎて聞き取れなかった。首を傾げると、フルグライト様は深呼吸をした。彼と繋いだ手がとても熱い。固くつむった瞼が開かれる。
「……俺の妻になってほしい。俺のそばにいてほしい。頼む」
彼はわたしが手を離すのではないかと気が気ではないようだ。額を手の甲に当てて「頼む」と唱えている。離すわけないのに。むしろ、こちらから頼みたかったのに。
「フルグライト様」
呼びかけると彼の肩が跳ね上がった。
「何だ?」
どうしても告げなければならないことがあった。
「わたしは今、破門されそうになっているんです。それで、フルグライト様と、けじめをつければ、破門は取り消すと。師匠の話はそういうことでした。だから、わたし、破門されたくなくて、あなたに結婚してくれませんかって言うつもりでした。だからもし、ここでうなずいてしまったら、ずるい気がするんです。あなたは真っ直ぐな気持ちで伝えてくれたのに」
「真っ直ぐではない」
「えっ?」
「俺はエリアルより歳をとっている。うまい言葉の1つも吐けないこんな男よりも、もっといい相手がいるに決まっている。だが、俺はお前を離したくはない。他の男になど渡したくはない。結婚というものでお前と結びついていたかった。そんな自分勝手な理由で求婚したのだ」
わたしのほうこそ、他の女性にフルグライト様を渡したくない。破門などという理由がなくても、あなたのそばにいたい。
「それで、だ。エリアル、答えは?」
わたしの心はすでに決まっている。
「フルグライト様、喜んであなたの妻になります。ずっと、わたしのそばにいて」
フルグライト様の顔に、普段は隠されている笑いじわが浮かぶ。彼は、「ああ、しあわせにする」と言って、わたしの手の甲に口づけを落とした。
おわり
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