ゆうしゃのおバカ

2 勇者の初恋相手

 久しぶりの人間界は魔王軍と戦いの跡はあるものの、住居を構えて新しい生活をはじめているようだった。

 それを見て、素直に良かったなと思う。俺が魔王との戦いに破れたことで人間界が滅びていたとしたら、生きているのが申し訳なく感じただろう。

 何にしてもサリアのことが気になる。しかしながら、勇者は死んだも同然。人間の前に立って、何と言われるか。住居に入るのをためらっていると、ちょうど女性が出てくるところだった。

「ダムめ。我をひとりにするとは……む?」

 彼女の顔が上がり、俺を見てくる。その顔は険しさに満ちていたが、ずっと会いたかったサリアそのものだった。

「サリア!」

「誰だ、貴様……」

 ――ん? 貴様?

 サリアは俺のことを「勇者様」と呼んでいた。だから、違和感でしかない。

「本当にサリアなのか?」

「サリア……そうか、神子の名はサリアだったな」

 他人事のように自分の名前を確かめるサリア。

「俺のことは、覚えているか?」

「うーむ。見たことがあるようなないような、すまぬが、過去のことはあまり覚えていないのだ。向こうでの記憶も忘れつつあるし」

 向こうでの記憶とは生まれ故郷のことだろうか。サリアは俺を忘れている。もしかして、魔王軍との争いのなかで人格さえも変えるような辛い思いをしたのかもしれない。すべて魔王との戦いに敗れた俺のせいだ。だとすれば、黙ってなどいられない。サリアの体を引き寄せ、抱き締める。

「サリア、すまなかった。辛い思いをさせたな」

「や、めろ」

「言葉づかいもすっかり悪くなって」

 それほどまでに衝撃が大きかったのだと同情する。下心など微塵もなく頭を撫でようとしたら、その腕が誰かに掴まれた。

「神子様に触れるな」

「ダム!」

 神子サリアは俺を突き飛ばす。その細腕に男を吹っ飛ばす力があるというのにも驚きだが、彼女の変化にも戸惑いしかなかった。サリアはダムという大男に対して、きらきらと潤んだ目を向ける。まさか、サリアはこの大男に好意を寄せている?

「神子様、申し訳ありません」

「そうだ、我を置いてきぼりにしおって」

 しかも、ふたりには俺のことなどほったらかしでいちゃつきはじめた。女性経験に乏しい俺には目に毒だった。そして、すぐにサリアの顔があの毛玉とすり変わった。

 いつも屈託なく笑う毛玉。無意識のうちに俺を誘う仕草。俺の身を案じ、あの洞窟で帰りを待ってくれている。そんな毛玉が浮かんで、今、無性に魔界に帰りたくなった。サリアが他の男を好きだろうが、そんなことはどうでもいい。毛玉に会いたい。

「帰るか」

 ダムとサリアは森へと消えたし、他にすることもないし。
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Clap