毛玉とダイエット

1 毛玉のいたみ

 ある日、見えないはずの勇者の瞳がわたしの姿をとらえて「毛玉だな」と呟いた。

「ゆ、ゆうしゃ、どうしたの?」

「お前が見える」

 「見える」ということは、目が治ったんだ! 嬉しくて飛び跳ねて喜ぶ。あまりに跳ねすぎて、壁に頭をぶつけたくらいだ。

 これだけ喜ぶのは仕方ない。だって、毎日のように目のまわりの毒素を吸い続けたんだもの。おかげでまた、体がひとまわり大きくなってしまったけど、勇者のためならいいかなと思う。

「大丈夫か?」

 勇者はわたしの毛だらけの手を優しくとり、起こしてくれる。こんな重いはずの毛のかたまりも勇者は軽々と動かせるのだ。そして、わたしの体を上から下までゆっくりと見渡した。

「本当に丸いんだな。予想より、その……」

 勇者の目線は顔より少し下に向けられているような。

「勇者?」

「いや、何でもない」

 もともと視力は素晴らしく良いらしく、かつては山の先まで見通せたそうだ。その目がわたしからそらされて、わざとらしい咳払いが聞こえる。よくわからないけど、勇者の目が治ったのは間違いなく嬉しい。

「良かったね、勇者」心から笑ってみる。

「あ、ああ」

 答える勇者の声はなぜかどもっていた。やっぱり、魔物のなかでも毛玉じゃ人間は引くかもしれない。人間はみんな同じ姿を好むようだから。そう考えたら、毛に覆われた胸の奥がズキッと痛んだ。
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