すべての元凶はあなた
第58話『忘れてやらない』
あんなことを言ったくせにフィデールさんは、ミアさんの肩に手を置いた。実は、ミアさんのことを一番考えているのは、フィデールさんだったりするのかもしれない。感心した矢先に「行くぞ」とミアさんの腕を掴みあげた。無理やりにも歩かせようする感じは、やっぱり、がさつなフィデールさんだ。
ローラントは信者さんたちを部屋から出るようにと促していく。部屋を出る間際に会釈をしたりして、思わせ振りに笑みを浮かべてくる。何を考えているのだか。よくわからないけれど、わたしはウィルとふたりきりにされた。
改めてふたりきりになると、気恥ずかしい思いにかられる。どちらからが話さなければ、静かなままだ。
「ようやく静かになったな」
「うん」
「お前とはこれまでだ」
ウィルがわたしの前に手を差し出した。相変わらず白くて骨張っている手だ。一見すると、態度と同じで冷たいように思うけれど、触れてみると意外と温かいのだ。もしかしたら、この温かさがウィルの本心なのかもしれない。
わたしはウィルの指を握った。最後くらいは笑顔でいたかったから、彼の瞳を見つめて頬を上げる。何の表情もないと、冷たい印象を受けるウィルの顔。でも、これで笑ったりすると、胸の奥が潰されたように苦しくなるのだから、不思議だ。見つめ合う時間が続く。
「本当に今まですまなかった」
何を今さらそんなことを言うのだろう。わたしは嫌がってここに来たわけではない。自分の足でここに立っている。むしろ、「ありがとう」と言いたい。
そう告げたら苦笑するウィルが儚くて、こちらの方が心配してしまう。歩み寄ると、骨ばった手に自分の手を重ねる。痛そうに歪めた眉を見て、やけどを負っていたらしい。
「あ、ごめん」
慌てて手を離そうとしたら、反対側の手がわたしの腕を引っ張った。体勢を崩して、ウィルの胸板に頬がぶつかった。
「きっと、お前のことは忘れない。お前が忘れても、俺は忘れてやらない」
らしくない臭い言葉をどんな顔で言っているのだろうか。気になって顔を上げたら、ウィルはわたしに顔を近づけてきた。ゆっくりと瞼が降りていく。唇が重なって、いわゆるキスというやつになっていた。
どれくらいしていたのか。離れていくやわらかさに、もう終わりなのだと悟った。瞼を開ければ、ウィルの顔が浮かぶ。
「これで簡単には忘れないだろう」
ウィルは意地悪く笑う。
「ウィルも、ね」
「ああ」
抱き締める力が緩められる。わたしは自分から後ずさる。台座に立つ。足下から光が上がってきた。光がウィルの姿を隠してしまう。言わなくちゃ伝わらない。
「ウィル!」光で影にしか見えない。でも、きっとまだ、ウィルに届くと信じてる。
「わたし、あなたのこと、好きだから! 忘れないから!」
声は届いただろうか。言葉は伝わっただろうか。光の残像だけで、ウィルはもう、見えなくなった。
光が消えた後にやってきたのは、大量の水だった。忘れていたけれど、わたしはあちらの世界に行く前におぼれていた。戻るということは、そういうことなのだ。
口から漏れる空気。苦しい。死ぬのかもしれない。せっかく、元の世界に戻れたのに。
遠退く意識のなかで、誰かの声が聞こえた気がした。もしかしたら、お兄ちゃんかもしれない。わたしもお兄ちゃんみたいに聖霊になったりして。だったら、恨みをこめて、ウィルにつきまとってやる。それなら、一緒にいられるのかな。
そんなことを考えながら、意識を手放した。
あんなことを言ったくせにフィデールさんは、ミアさんの肩に手を置いた。実は、ミアさんのことを一番考えているのは、フィデールさんだったりするのかもしれない。感心した矢先に「行くぞ」とミアさんの腕を掴みあげた。無理やりにも歩かせようする感じは、やっぱり、がさつなフィデールさんだ。
ローラントは信者さんたちを部屋から出るようにと促していく。部屋を出る間際に会釈をしたりして、思わせ振りに笑みを浮かべてくる。何を考えているのだか。よくわからないけれど、わたしはウィルとふたりきりにされた。
改めてふたりきりになると、気恥ずかしい思いにかられる。どちらからが話さなければ、静かなままだ。
「ようやく静かになったな」
「うん」
「お前とはこれまでだ」
ウィルがわたしの前に手を差し出した。相変わらず白くて骨張っている手だ。一見すると、態度と同じで冷たいように思うけれど、触れてみると意外と温かいのだ。もしかしたら、この温かさがウィルの本心なのかもしれない。
わたしはウィルの指を握った。最後くらいは笑顔でいたかったから、彼の瞳を見つめて頬を上げる。何の表情もないと、冷たい印象を受けるウィルの顔。でも、これで笑ったりすると、胸の奥が潰されたように苦しくなるのだから、不思議だ。見つめ合う時間が続く。
「本当に今まですまなかった」
何を今さらそんなことを言うのだろう。わたしは嫌がってここに来たわけではない。自分の足でここに立っている。むしろ、「ありがとう」と言いたい。
そう告げたら苦笑するウィルが儚くて、こちらの方が心配してしまう。歩み寄ると、骨ばった手に自分の手を重ねる。痛そうに歪めた眉を見て、やけどを負っていたらしい。
「あ、ごめん」
慌てて手を離そうとしたら、反対側の手がわたしの腕を引っ張った。体勢を崩して、ウィルの胸板に頬がぶつかった。
「きっと、お前のことは忘れない。お前が忘れても、俺は忘れてやらない」
らしくない臭い言葉をどんな顔で言っているのだろうか。気になって顔を上げたら、ウィルはわたしに顔を近づけてきた。ゆっくりと瞼が降りていく。唇が重なって、いわゆるキスというやつになっていた。
どれくらいしていたのか。離れていくやわらかさに、もう終わりなのだと悟った。瞼を開ければ、ウィルの顔が浮かぶ。
「これで簡単には忘れないだろう」
ウィルは意地悪く笑う。
「ウィルも、ね」
「ああ」
抱き締める力が緩められる。わたしは自分から後ずさる。台座に立つ。足下から光が上がってきた。光がウィルの姿を隠してしまう。言わなくちゃ伝わらない。
「ウィル!」光で影にしか見えない。でも、きっとまだ、ウィルに届くと信じてる。
「わたし、あなたのこと、好きだから! 忘れないから!」
声は届いただろうか。言葉は伝わっただろうか。光の残像だけで、ウィルはもう、見えなくなった。
光が消えた後にやってきたのは、大量の水だった。忘れていたけれど、わたしはあちらの世界に行く前におぼれていた。戻るということは、そういうことなのだ。
口から漏れる空気。苦しい。死ぬのかもしれない。せっかく、元の世界に戻れたのに。
遠退く意識のなかで、誰かの声が聞こえた気がした。もしかしたら、お兄ちゃんかもしれない。わたしもお兄ちゃんみたいに聖霊になったりして。だったら、恨みをこめて、ウィルにつきまとってやる。それなら、一緒にいられるのかな。
そんなことを考えながら、意識を手放した。