すべての元凶はあなた

第57話『誰かのしあわせ』

 ミアさんと信者の人たちが作り出した光は、わたしの横をかすめて、ウィルの服の袖に焦げ跡を残した。避けたから焦げ跡で済んだものの、直撃すれば、無事では済まされない。ミアさんは本気だ。怪我をさせてでも、どうにか阻止する気だ。

 繰り出される光に当たらないようにジグザグと走り抜ける。どんどん光の速度も速さを増してきている気がする。退路を断つように左右から光が迫ってくる。止まれないのに信者の人たちが立ちはだかった。

「邪魔をするな」

 語気を強めたウィルが腕を横に振れば、青黒い光が柱の側面をえぐる。まるでハンマーのようなもので殴られたみたいに、辺りに欠片をぶちまける。信者さんたちは、慌てて後ろに飛び退いたおかげで欠片にはぶつからなかった。その隙に、わたしたちは人を振り切って通路に入った。

 通路にはたくさん人がいる。卒業式のアーチにしては列も作っていなくて、歓迎のムードもない。

 ウィルはわたしを抱えるように引き寄せると、「離れるな」と呟くように言った。だから、わたしはウィルの服にしがみつきながら、つたない言葉で「ワカッテル」と強がってみせた。

 ウィルがいれば、どこまで行っても大丈夫な気がする。膝はもうガクガクして、気を張っていなければしゃがみこんでしまいそうになるけれど、隣のぬくもりに助けられる。結局、この男のせいで救い主なんてやるはめになった。今や逃げているわけだけど、お兄ちゃんにお別れを言えたのはウィルのおかげだと思う。

 走り抜けたその先は儀式を行う部屋だった。わたしがこの世界にはじめて降り立った場所だ。広めの台座にかけられた布、背の高い燭台が、中心を囲むように丸く置かれている。あの時と何にも変わっていない。この場所から元の世界に帰るのだと思うと、少し緊張してきた。落ち着こうと深呼吸をすれば、お香の匂いでむせそうになった。

 ウィルは内側から扉の鍵をかけた。その上、扉の側面に光の円を描いた。薄暗い部屋にろうそくの明かりが灯る。

「これでしばらくの間、入ってこれまい」

 わたしは台座の前にしゃがみこんで、大人しくその時を待つ。ウィルは両膝をついて、何やら呪文のようなものを唱えている。その横顔に見惚れそうになってしまうから、とりあえず、あまり見ないようにした。

 呪文が鳴り止むと辺りは暖かさに包まれた。やがて、台座に光の円が浮かび上がる。見つめすぎると光が目に残る。これが出入口の役割をするのかもしれない。顔を上げたウィルは少し疲労は見えるものの、特に感情を浮かべていなかった。

「さあ、そこに立て」

 あんまり実感はないけれど、この円の上に立てば、元の世界に戻れる。

「もう、時間がない」

 ウィルの視線を辿ると、扉の光の円が薄くなって消えていくのが見えた。わたしは首を横に振った。このまま、ウィルを放っておいて元の世界に帰るわけにはいかない。ミアさんを説得しないとわたしも安心して帰れない。救い主として最後にできることはそのくらいだ。

「おい、エマ」ウィルが眉間にしわを寄せる。これは不機嫌だからじゃない。動き出そうとしないわたしを心配しているのだ。安心してほしくて、笑いかけた。

「ミア、ト、話ス」

「無駄だとおもうが」

「ワカル、キット」話せば、わたしの気持ちをわかってくれる。長い間過ごしてきた分、それだけの信頼感はあったと思いたい。だから、話したい。

「お前がそうしたいならそうしろ」

 ウィルはやっぱり優しいんだなと思う。これ以上は何にも言わなかった。1つため息を吐いて、壁側に避けてから腕を組む。

「アリガトウ」

 会話の途中にも、扉にぶつかる音がする。何度かの衝撃の後に盛大に扉は倒れてきた。破るということばが正しいくらい。その先には信者たちを引き連れたミアさんが立っていた。まるで悪役みたいな登場の仕方で泣きたくなった。ミアさんは何もしないウィルを眺めると、手のひらにあった光を握り潰した。

「救い主様」近づいてくるミアさんに、こちらからも歩み寄った。お腹の前で手を組んで、深呼吸した。

「話ガ、アル」

「もちろん、救い主様のお話ならいくらでもお聞きしますわ」

 そうじゃないと、首を横に振る。わたしは胸に手を当てた。

「ワタシノ、言葉」

 ミアさんとは救い主じゃなく、ちゃんと対等に話がしたかった。真っ直ぐミアさんを見つめて、どうか気持ちが届くようにと願う。

「救い主様」

「ミア、ワタシハ、正シクナイ。フツウノ人間」

 わたしはただの人間だから、救い主になんてなれない。

「それは違います。あなたはウィル様を救いました。わたくしはあなたを救い主というだけでなく、ウィル様の伴侶になっていただきたく……」

 伴侶って、奥さんになるってことだと思うけれど。


「おい」ミアさんの背後から現れたのは、フィデールさん。ローラントもいる。

「だから、てめえはトカゲ女なんだよ。人の気持ちもわからねえ。どんだけ人のかたちを装っても人間にはなれねえ。てめえはウィルが好きだったんだろ? だから、周りも見えねえでこんなバカな真似を」

 フィデールさんは剣を振りかざすようにミアさんを傷つける。

「好きなんて言葉にするほど軽くない! ウィル様はわたしの命の恩人だもの! その方の悲しい顔は見たくないの!」

 わたしがいなくなった後のウィルを想像すると、胸が苦しくなる。わたしだって、きっと、平気ではいられないと思う。でも、このまま、この世界にいるわけにはいかない。わたしがいるべき世界はここじゃないんだ。

 両手で顔を隠し、崩れ落ちたミアさんの肩は頼りない。寄り添いたくて、一歩進み出ようとすると、ウィルから止められる。

「ミア、俺はエマのしあわせを願っている。だから、もう、何もするな」

 ウィルの言葉が鼓膜よりも胸に響いた。
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