すべての元凶はあなた
第55話『できるだけ、全部』
神殿の外に出ると、ウィルが森に囲まれた空を見上げていた。重い雲が木々にかかりそうなほどに垂れ下がっている。いつ雨が降ってもおかしくないだろう。
「お待たせいたしました」
「遅い」
ミアさんの言葉に反応して、ウィルは空から視線をそらして後ろを振り向く。わたしを貫くウィルの視線にふと泣きそうになる。この男には最後くらい優しくしてやろうという気はないのか。どこからもそんな気はまったく感じられない。強気の態度が初めて会ったときとあまりにも変わらないから、泣きたくなる。
「長い時間をかけるな」いつもの小言に違いないのに、普通に受け止められる。
「ウィル様、申し訳ありません。遅れてしまったのは、わたくしの不手際です」
「謝罪など何の意味もない。お前は早く姿を変えろ。すぐにここを発つ」
ミアさんは「かしこまりました」と完璧なお辞儀をして、手際よく服を脱ぎ出した。ドラゴンに姿を変えるときに、体は膨張する。窮屈な人間の服は邪魔になるからだ。
白い肌をさらしたミアさんの背後、神殿の入り口からもっさいおじさんの姿が現れた。
「おいおい、蛇の皮みたいにところ構わず脱いでんじゃねえよ」
大分遅く登場したのは怪訝な顔をしたフィデールさんだった。素っ裸のミアさんに毛布を投げつけるのは、このおじさんなりの優しさなのか。毛布を手にしたミアさんは、眉間を寄せて忌々しげだった。
「何です、フィデール。エマ様のお見送りに遅刻したあげく、よりによって蛇にたとえるだなんて。わたくしがどこで裸になろうがあなたには関係ありません。そうでしょう?」
「そりゃそうだ。だが、腐っても、羽のついたトカゲでも女にはかわりない」
わたしが聞いてもひどい言葉で、ミアさんが怒るかと思いきや、肩の力を抜いたみたいだった。
「今日は言い合いをする気分ではありません。時間もありませんし」
ミアさんは明らかにウィルの方を気にしていた。話を中断されたフィデールさんはふんと鼻を鳴らし、面白くなさそうにそっぽを向いた。
ミアさんが深く息を吸って、吐き出したところから、彼女の白い頬がうろこに覆われていく。美しい鼻筋はとがって、巨大な頭に姿を変えた。首筋がたくましく膨張して、背中から翼が風を裂くように生えた。手は前足となり、地面に落ちた。もう、ミアさんのかたちはない。瞳もドラゴンのそれだ。
「行くぞ」
ウィルは本当に時間が惜しいらしい。先にミアさんの背中にまたがると、わたしに向けて手を差し伸べてきた。拒否する必要もない。そえるぐらいに手を重ねたら、ぎゅっと握りしめられた。強く引かれ、わたしはウィルの前にまたがる。背中から感じる体温に、首筋から顔までが火照ってきた。
ごまかすようにフィデールさんの方に目を向けて、手を横に振れば、おじさんも片手を上げて応えてくれた。入り口からローラントも遅れて登場した。ふたりに見送られながら、わたしの両足はふわりと上がり、風とともに揺れた。ここから見える景色を忘れないようにしよう。背中に感じる体温も。できるだけ、全部。
神殿の外に出ると、ウィルが森に囲まれた空を見上げていた。重い雲が木々にかかりそうなほどに垂れ下がっている。いつ雨が降ってもおかしくないだろう。
「お待たせいたしました」
「遅い」
ミアさんの言葉に反応して、ウィルは空から視線をそらして後ろを振り向く。わたしを貫くウィルの視線にふと泣きそうになる。この男には最後くらい優しくしてやろうという気はないのか。どこからもそんな気はまったく感じられない。強気の態度が初めて会ったときとあまりにも変わらないから、泣きたくなる。
「長い時間をかけるな」いつもの小言に違いないのに、普通に受け止められる。
「ウィル様、申し訳ありません。遅れてしまったのは、わたくしの不手際です」
「謝罪など何の意味もない。お前は早く姿を変えろ。すぐにここを発つ」
ミアさんは「かしこまりました」と完璧なお辞儀をして、手際よく服を脱ぎ出した。ドラゴンに姿を変えるときに、体は膨張する。窮屈な人間の服は邪魔になるからだ。
白い肌をさらしたミアさんの背後、神殿の入り口からもっさいおじさんの姿が現れた。
「おいおい、蛇の皮みたいにところ構わず脱いでんじゃねえよ」
大分遅く登場したのは怪訝な顔をしたフィデールさんだった。素っ裸のミアさんに毛布を投げつけるのは、このおじさんなりの優しさなのか。毛布を手にしたミアさんは、眉間を寄せて忌々しげだった。
「何です、フィデール。エマ様のお見送りに遅刻したあげく、よりによって蛇にたとえるだなんて。わたくしがどこで裸になろうがあなたには関係ありません。そうでしょう?」
「そりゃそうだ。だが、腐っても、羽のついたトカゲでも女にはかわりない」
わたしが聞いてもひどい言葉で、ミアさんが怒るかと思いきや、肩の力を抜いたみたいだった。
「今日は言い合いをする気分ではありません。時間もありませんし」
ミアさんは明らかにウィルの方を気にしていた。話を中断されたフィデールさんはふんと鼻を鳴らし、面白くなさそうにそっぽを向いた。
ミアさんが深く息を吸って、吐き出したところから、彼女の白い頬がうろこに覆われていく。美しい鼻筋はとがって、巨大な頭に姿を変えた。首筋がたくましく膨張して、背中から翼が風を裂くように生えた。手は前足となり、地面に落ちた。もう、ミアさんのかたちはない。瞳もドラゴンのそれだ。
「行くぞ」
ウィルは本当に時間が惜しいらしい。先にミアさんの背中にまたがると、わたしに向けて手を差し伸べてきた。拒否する必要もない。そえるぐらいに手を重ねたら、ぎゅっと握りしめられた。強く引かれ、わたしはウィルの前にまたがる。背中から感じる体温に、首筋から顔までが火照ってきた。
ごまかすようにフィデールさんの方に目を向けて、手を横に振れば、おじさんも片手を上げて応えてくれた。入り口からローラントも遅れて登場した。ふたりに見送られながら、わたしの両足はふわりと上がり、風とともに揺れた。ここから見える景色を忘れないようにしよう。背中に感じる体温も。できるだけ、全部。