すべての元凶はあなた
第51話『森のなかの泉』
ミアさんはさすがに力強いドラゴン族だった。翼が起こす風圧で、木々の間を騒がせながら飛び続ける。振り落とされるか心配だったけれど、ローラントの腕が抱き止めてくれているから、大丈夫だった。
やがて、ミアさんの速度は緩やかになった。森のなかでもぽっかり空いた場所で、空中にとどまる。徐々に高度を下げると、地面が近づいてきた。
地面に降り立つ前に、ローラントは身軽に先に飛び降りて、わたしの手を取った。その助けもあって、ミアさんの背中から降り立つと、泉が目の前に広がった。深い青に溶かされた月の色。ホタルのような光を放つ虫たちは不規則に飛び交っていく。
はじめて感じた景色に「綺麗」と、こぼれ落ちた言葉が少し恥ずかしかった。こんなくらいの言葉しか見つからない。でも、それが本心だった。
わたしは泉のかたわらに立った。夜の冷たさが頬をかすめていく。風に折れた長い草が足首を撫でて、くすぐったい。
ここまで来たら深い青の底をのぞきたくて、吸い寄せられるように、足が動く。泉の水に触れたかった。泉に手を浸して、指先を遊ばせる。
予想通りの冷たさを感じたとき、心臓が大きく脈を打った。スピード速く、耳鳴りもする。
お兄ちゃんに「危ないよ」言われているような気がした。警告を聞かなかったせいで、大事なお兄ちゃんはわたしの前から消えた。大事なことを忘れたわけじゃない。思い出した今、忘れるわけにはいかない。
好奇心を封じこめて、泉から手を上げようとしたとき、手首が血の気のない手に捕まれた。自分の方に手を引こうとすれば、手首に白い指が食いこむ。泉の方へと強く引っ張られていく。白い手の先をたどると、細腕の男の子が泉の水面を浮き上がった。青白い光に透けたその体や顔に見覚えがある。
その人の名を呼ぶ前に、わたしの体は泉のなかに入っていた。深く深く身を沈めていき、口もと、鼻まで浸した。
苦しくて、息を吸おうとすれば、水が入ってくる。腕を振っても泉から上がれないのはわかっているのに。大きな泡がいくつもわたしから離れていった。
この感覚を、覚えている。あの日も見つからなかった。お兄ちゃんを探して、わたしは川のなかをさまよった。何でもいいから見つかればいいと思った。深いところで、足がもつれた。そして、わたしは、溺れた。
掴もうとした手は水をかくばかりで、何の役にも立たなかった。重く重く、体力が奪われていくのがわかった。
助けてくれる人はいない。お兄ちゃんもいない。命が尽きるのを待つだけ。ただ、そうだった。もがき、苦しみ、光は失われていった。
その時、腕を掴んだのは、骨張った白い手だ。わたしはただ、手にしたがって体の力を抜けばいいだけだった。やがて、全身は眩い光りに包まれた。
ミアさんはさすがに力強いドラゴン族だった。翼が起こす風圧で、木々の間を騒がせながら飛び続ける。振り落とされるか心配だったけれど、ローラントの腕が抱き止めてくれているから、大丈夫だった。
やがて、ミアさんの速度は緩やかになった。森のなかでもぽっかり空いた場所で、空中にとどまる。徐々に高度を下げると、地面が近づいてきた。
地面に降り立つ前に、ローラントは身軽に先に飛び降りて、わたしの手を取った。その助けもあって、ミアさんの背中から降り立つと、泉が目の前に広がった。深い青に溶かされた月の色。ホタルのような光を放つ虫たちは不規則に飛び交っていく。
はじめて感じた景色に「綺麗」と、こぼれ落ちた言葉が少し恥ずかしかった。こんなくらいの言葉しか見つからない。でも、それが本心だった。
わたしは泉のかたわらに立った。夜の冷たさが頬をかすめていく。風に折れた長い草が足首を撫でて、くすぐったい。
ここまで来たら深い青の底をのぞきたくて、吸い寄せられるように、足が動く。泉の水に触れたかった。泉に手を浸して、指先を遊ばせる。
予想通りの冷たさを感じたとき、心臓が大きく脈を打った。スピード速く、耳鳴りもする。
お兄ちゃんに「危ないよ」言われているような気がした。警告を聞かなかったせいで、大事なお兄ちゃんはわたしの前から消えた。大事なことを忘れたわけじゃない。思い出した今、忘れるわけにはいかない。
好奇心を封じこめて、泉から手を上げようとしたとき、手首が血の気のない手に捕まれた。自分の方に手を引こうとすれば、手首に白い指が食いこむ。泉の方へと強く引っ張られていく。白い手の先をたどると、細腕の男の子が泉の水面を浮き上がった。青白い光に透けたその体や顔に見覚えがある。
その人の名を呼ぶ前に、わたしの体は泉のなかに入っていた。深く深く身を沈めていき、口もと、鼻まで浸した。
苦しくて、息を吸おうとすれば、水が入ってくる。腕を振っても泉から上がれないのはわかっているのに。大きな泡がいくつもわたしから離れていった。
この感覚を、覚えている。あの日も見つからなかった。お兄ちゃんを探して、わたしは川のなかをさまよった。何でもいいから見つかればいいと思った。深いところで、足がもつれた。そして、わたしは、溺れた。
掴もうとした手は水をかくばかりで、何の役にも立たなかった。重く重く、体力が奪われていくのがわかった。
助けてくれる人はいない。お兄ちゃんもいない。命が尽きるのを待つだけ。ただ、そうだった。もがき、苦しみ、光は失われていった。
その時、腕を掴んだのは、骨張った白い手だ。わたしはただ、手にしたがって体の力を抜けばいいだけだった。やがて、全身は眩い光りに包まれた。