すべての元凶はあなた
第50話『夜の散歩』
扉を開いたのはミアさんだった。手には燭台を持ち、わたしを見つけると小さく笑みをこぼした。
「救い主様、お休みのところでしたか?」
このまま横たわっていても、まったく、眠れそうにない。だから、答えの代わりに首を横に振る。そんなわたしにミアさんは、燭台の明かりの上で頬をほころばせた。
「もし、よろしければ、神殿の外にでも出ませんか?」
夜に外出できるなんて魅力的な話だった。ローラントが来てから、ますます外出しづらくなってしまった。迷惑はかけたくないと思ったから。暗い気分を少しでも変えたい。外に出たら、気分も上がるかもしれない。
そんな考えにいたって、軽くうなずこうとしたのだけれど、ためらった。もうひとつの厄介な相手ーーウィルの顔が浮かんだのだ。
だとしても、何を言われたって、わたしはこの世界からいなくなるんだ。ウィルは今まで通り、わたしがいない世界で生きていく。きっと、淋しいなんて思わない。思い出すことだってないのに。ふてくされたわたしは、うなずいて返した。
ミアさんと一緒に外に移動すると、月明かりだけが辺りをぼんやりと照らしていた。葉のすれる音だけ鳴る森は、予想した通りに肌寒かった。気を抜けば、鼻水が垂れてしまいそうだ。
人間はこんなに震えているのに、ドラゴンに姿を変えたミアさんは寒くないのだろうか。叩いても壊れそうにないゴツゴツした背中の上によじ登って、そんなことを思う。
ミアさんは、元の姿に戻ったときのために着る長いショールをスカーフのように巻いている。わたしが目のやり場に困るから、勝手にくくりつけたのだけれど、何も言わないから邪魔にはなっていないと思う。
ミアさんは背中に乗ったわたしを確かめた後、体を斜めに倒し、翼を一度、大きくはばたかせた。ドラゴンに乗るというのも、あまり慣れないものだ。
とうとう地面から離れようというとき、わたしたちに駆け寄る人影が現れた。誰だろう。身構えたとき、「やっと、追い付いた」と声が降ってきた。息を弾ませたローラントがわたしの背後にいたのだ。
「フィデールにはちゃんと見てほしいと頼んだというのに」
フィデールさんに対しての文句を一通りつぶやいた後、ローラントはわたしのほうを見つめた。
「エマ様、ミアとどこに行こうというのです?」
隠すこともできなくて、「森、外」と、答えた。我ながら片言で恥ずかしい。それでも、ローラントは聞き取れたようで、わざとらしくため息を吐いた。やっぱり、想像したとおり。夜に出歩くなんて、ローラントが許すわけがない。大人しく明日を待つしかないのかも。
そう諦めかけたとき、「わかりました」と、聞き捨てならない発言を聞いた。驚くわたしをよそに、ローラントは「さあ、行きましょう」と言った。わたしの背中を抱きこんで、耳たぶに息が触れる。近すぎるなと思いながらも、間もなく体は浮遊感に包まれた。
扉を開いたのはミアさんだった。手には燭台を持ち、わたしを見つけると小さく笑みをこぼした。
「救い主様、お休みのところでしたか?」
このまま横たわっていても、まったく、眠れそうにない。だから、答えの代わりに首を横に振る。そんなわたしにミアさんは、燭台の明かりの上で頬をほころばせた。
「もし、よろしければ、神殿の外にでも出ませんか?」
夜に外出できるなんて魅力的な話だった。ローラントが来てから、ますます外出しづらくなってしまった。迷惑はかけたくないと思ったから。暗い気分を少しでも変えたい。外に出たら、気分も上がるかもしれない。
そんな考えにいたって、軽くうなずこうとしたのだけれど、ためらった。もうひとつの厄介な相手ーーウィルの顔が浮かんだのだ。
だとしても、何を言われたって、わたしはこの世界からいなくなるんだ。ウィルは今まで通り、わたしがいない世界で生きていく。きっと、淋しいなんて思わない。思い出すことだってないのに。ふてくされたわたしは、うなずいて返した。
ミアさんと一緒に外に移動すると、月明かりだけが辺りをぼんやりと照らしていた。葉のすれる音だけ鳴る森は、予想した通りに肌寒かった。気を抜けば、鼻水が垂れてしまいそうだ。
人間はこんなに震えているのに、ドラゴンに姿を変えたミアさんは寒くないのだろうか。叩いても壊れそうにないゴツゴツした背中の上によじ登って、そんなことを思う。
ミアさんは、元の姿に戻ったときのために着る長いショールをスカーフのように巻いている。わたしが目のやり場に困るから、勝手にくくりつけたのだけれど、何も言わないから邪魔にはなっていないと思う。
ミアさんは背中に乗ったわたしを確かめた後、体を斜めに倒し、翼を一度、大きくはばたかせた。ドラゴンに乗るというのも、あまり慣れないものだ。
とうとう地面から離れようというとき、わたしたちに駆け寄る人影が現れた。誰だろう。身構えたとき、「やっと、追い付いた」と声が降ってきた。息を弾ませたローラントがわたしの背後にいたのだ。
「フィデールにはちゃんと見てほしいと頼んだというのに」
フィデールさんに対しての文句を一通りつぶやいた後、ローラントはわたしのほうを見つめた。
「エマ様、ミアとどこに行こうというのです?」
隠すこともできなくて、「森、外」と、答えた。我ながら片言で恥ずかしい。それでも、ローラントは聞き取れたようで、わざとらしくため息を吐いた。やっぱり、想像したとおり。夜に出歩くなんて、ローラントが許すわけがない。大人しく明日を待つしかないのかも。
そう諦めかけたとき、「わかりました」と、聞き捨てならない発言を聞いた。驚くわたしをよそに、ローラントは「さあ、行きましょう」と言った。わたしの背中を抱きこんで、耳たぶに息が触れる。近すぎるなと思いながらも、間もなく体は浮遊感に包まれた。