すべての元凶はあなた
第47話『自由に』
とうとう儀式の日がやってきてしまった。
本当に久しぶりに救世主の服を着せられた。今回はミアさんの前で裸をさらすのも、抵抗感はなかった。
そんなことがささいなものだと思うほどに、頭の中がいっぱいいっぱいだった。鏡の前に座ったとき、膝の上の手に力が入りすぎて、指先が白かった。
鏡のなかでミアさんの手によって、メイクがほどこされる。いつかのように白い唇に発色のいい赤が塗られる。確か、ウィルにお前には似合わないと言われたことを覚えている。ミアさんは、そのことを覚えていたらしく、ちゃんと薄手の布で唇の色を押さえてくれた。
頭にじゃらじゃらした重い飾りが被せられて、重心を前に向ける。雫のような丸みの宝石が揺れる。額に触れて冷たいのは前と同じ。首飾りのホックを留められると、胸元に宝石の雫が散らばった。
自分の体が服や宝石に彩られていくうちに、儀式をするのだと実感がわいてきた。ウィルのお母さんの霊を静めるために、祈りを捧げること。
願うのは、ウィルのお母さんが迷わないように。お母さんの魂が静めることができた後に、ウィルの気持ちが少しでも軽くなるように。それがわたしにできる唯一のことだと思うから。
ローラントが付き添ってくれて、神殿の開けた場所にやってきた。柱の間から差す、外の光が眩しい。この場所はきっと、儀式とか重要な式典に使われていたのだろう。
でも、今は、人の姿は見られない。大勢の人がいなくても、ローラントが見守ってくれている。お母さんのように柔らかな表情をしたミアさんも、離れた場所に立ってくれている。まあ、フィデールさんは面倒なのか、姿はないけれど、想定内だ。
ウィルの傍らに、あの鏡があった。鏡の前まで来ると、頬が冷気に触れたようにぴりっとした。
「頼む」
命令されたことはあるけれど、こうやって、ちゃんと頼みこまれたことはない。ウィルは気づいているだろうか。思わず、頬がゆるみそうになるけれど、がんばって顔を引き締める。
「任せて」
わたしは救い主になった気分で、足を踏み出した。
改めて、鏡と向き合う。銀色の鏡にはいつか見た光景が繰り返し流れていく。赤ちゃんを抱いた女性が殺されていく様は、どんな状況で見ても、気分の良いものではない。けれど、目をそらしてはいけない。一番、見たくないのは、ウィル本人なのだから。
鏡から目をそらすことなく、わたしは、息を深く吸いこんだ。いいんだよね。そう確認するようにウィルの顔を見る。うなずいてもらえば、もう悩む必要もない。舞うしかない。
体に染みついた舞いのかたちは難しくはないものの、ウィルのことを思えば、力が入った。その中で、瞼を閉ざしたわたしは想像した。
お母さんの魂が静まり、自然と笑えるようになったウィル。あの仏頂面が日の当たる窓辺で笑顔を浮かべている。
かたわらには女性がたたずんでいる。わたしとは似ても似つかないくらい綺麗な女性だ。お似合いのふたりは、顔を見合って笑う。親しげなふたりの姿は、あまりにもしあわせそうで、胸が痛い。
でも、ウィルがしあわせなら、わたしは自分のもやもやした気持ちと向き合わない。胸の痛みなんて気にしない。この人の笑顔が見たくて舞い踊っている。そこまで考え落ちたとき、自分の中の気持ちに触れた気がした。
わたしってば、もしかして。
瞼を開けて、動きを止めたとき、鏡のなかに立ち尽くすわたしの姿が映った。鏡に触れるウィルの姿もある。
もう、鏡のなかにお母さんの魂はいない。ウィルは自由だ。
とうとう儀式の日がやってきてしまった。
本当に久しぶりに救世主の服を着せられた。今回はミアさんの前で裸をさらすのも、抵抗感はなかった。
そんなことがささいなものだと思うほどに、頭の中がいっぱいいっぱいだった。鏡の前に座ったとき、膝の上の手に力が入りすぎて、指先が白かった。
鏡のなかでミアさんの手によって、メイクがほどこされる。いつかのように白い唇に発色のいい赤が塗られる。確か、ウィルにお前には似合わないと言われたことを覚えている。ミアさんは、そのことを覚えていたらしく、ちゃんと薄手の布で唇の色を押さえてくれた。
頭にじゃらじゃらした重い飾りが被せられて、重心を前に向ける。雫のような丸みの宝石が揺れる。額に触れて冷たいのは前と同じ。首飾りのホックを留められると、胸元に宝石の雫が散らばった。
自分の体が服や宝石に彩られていくうちに、儀式をするのだと実感がわいてきた。ウィルのお母さんの霊を静めるために、祈りを捧げること。
願うのは、ウィルのお母さんが迷わないように。お母さんの魂が静めることができた後に、ウィルの気持ちが少しでも軽くなるように。それがわたしにできる唯一のことだと思うから。
ローラントが付き添ってくれて、神殿の開けた場所にやってきた。柱の間から差す、外の光が眩しい。この場所はきっと、儀式とか重要な式典に使われていたのだろう。
でも、今は、人の姿は見られない。大勢の人がいなくても、ローラントが見守ってくれている。お母さんのように柔らかな表情をしたミアさんも、離れた場所に立ってくれている。まあ、フィデールさんは面倒なのか、姿はないけれど、想定内だ。
ウィルの傍らに、あの鏡があった。鏡の前まで来ると、頬が冷気に触れたようにぴりっとした。
「頼む」
命令されたことはあるけれど、こうやって、ちゃんと頼みこまれたことはない。ウィルは気づいているだろうか。思わず、頬がゆるみそうになるけれど、がんばって顔を引き締める。
「任せて」
わたしは救い主になった気分で、足を踏み出した。
改めて、鏡と向き合う。銀色の鏡にはいつか見た光景が繰り返し流れていく。赤ちゃんを抱いた女性が殺されていく様は、どんな状況で見ても、気分の良いものではない。けれど、目をそらしてはいけない。一番、見たくないのは、ウィル本人なのだから。
鏡から目をそらすことなく、わたしは、息を深く吸いこんだ。いいんだよね。そう確認するようにウィルの顔を見る。うなずいてもらえば、もう悩む必要もない。舞うしかない。
体に染みついた舞いのかたちは難しくはないものの、ウィルのことを思えば、力が入った。その中で、瞼を閉ざしたわたしは想像した。
お母さんの魂が静まり、自然と笑えるようになったウィル。あの仏頂面が日の当たる窓辺で笑顔を浮かべている。
かたわらには女性がたたずんでいる。わたしとは似ても似つかないくらい綺麗な女性だ。お似合いのふたりは、顔を見合って笑う。親しげなふたりの姿は、あまりにもしあわせそうで、胸が痛い。
でも、ウィルがしあわせなら、わたしは自分のもやもやした気持ちと向き合わない。胸の痛みなんて気にしない。この人の笑顔が見たくて舞い踊っている。そこまで考え落ちたとき、自分の中の気持ちに触れた気がした。
わたしってば、もしかして。
瞼を開けて、動きを止めたとき、鏡のなかに立ち尽くすわたしの姿が映った。鏡に触れるウィルの姿もある。
もう、鏡のなかにお母さんの魂はいない。ウィルは自由だ。