すべての元凶はあなた

第45話『腰を下ろして』

 神殿の外に広がる森を背景にして、大きな切り株に腰を下ろす。切り株にはローラントが紳士的な対応で布を敷いてくれたため、服の裾やらが汚れる心配はない。

 ローラントのこういうところは、女の子の扱いに慣れていると思う。わたしにも、ちゃんと女の子の対応をしてくれるし、あいつ(ウィル)とはえらい違いだ。本当にそう思う。

 これに対して、「アリガトウ」と、わたしの言葉が片言なのは許してほしい。何もわからなかった頃に比べれば、これでも上達したほうなのだ。

「どういたしまして」

 ほら、こんな片言でも、ちゃんと、ローラントには伝わる。

 そんなやりとりの後、一緒の切り株に腰を下ろすと、肘同士が触れてしまいそうな距離になる。別に服の上から触れたところで大したことはないのだけれど、ほら、やっぱり相手は異性だし、ローラントは素敵な人だし、ただただ、恥ずかしい。顔が熱くなってくる。

 ローラントには気づかれないように、座る位置を横にずれる。いくらかスペースが作れて、ようやく詰めていた息を流した。そんな仕草さえ、鼻息が荒くなかったかと心配したりした。

 枯れ葉をさらう風が頬をかすめていく。秋の香りがする。こんなところにも季節の変わる瞬間に出会えて、微笑ましくなる。ローラントの隣は安心する。何も話さなくても居心地が悪いということはない。だからか、甘えたくなってしまうのかもしれない。

「アレ、ナニ?」

「あれは木です」

 その後に、耳たぶに触れて、「木」の発音を確かめる。短い単語だから、何とか、覚えられそうな気がする。空も風も、こちらの世界にも同じような言葉があるのだ。哲学っぽいことを考えていたら、ローラントがわたしの名を呼んだ。

「あなたは記憶を失っておられるのですよね」

 言葉で返す代わりに、頷いてみた。

「実はわたしにも幼い頃の記憶がありません」

 ローラントの記憶がないことは、知っていた。

「でも、ただ、ひとつだけ記憶があるんです」

「ひとつだけ」思わず日本語で繰り返した。確かにそんなようなことを聞いた気がする。ローラントのひとつの記憶って何だろう。

「確かにその人は幼いわたしにとって、大事な人でした。しかし、わたしの力ではどうにもなりませんでした。目の前でその人が力尽きていくのを見ているだけでした。わたしは何もできなかった」

 幼い頃のローラントの大事な人とは親や身内だろうか。そして、大事な人はローラントの目の前で亡くなってしまった。

「だから、エマ様だけは守りたいのです」

 意外な言葉に驚いてしまって、勢いよく顔を上げると、ローラントは笑顔だった。これでわかった気がする。そういう理由で、怪我を負ってまでも守ってくれたのだ。

「エマ様にしてみたら、ご迷惑かもしれませんが」

 そんなことはない。首を横に振る。改めて、ローラントには感謝したかった。ありがとう。伝えたときは、やっぱり、片言で変だったけれど、ローラントも「ありがとうございます」と返してくれた。
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