すべての元凶はあなた
第40話『思いがけない話』
ウィルを追ってたどり着いたのは神殿の外だった。ドラゴンになったはずのミアさんの姿は、どこにも見えない。あるのは森を前にしたウィルとわたしだけだ。
大人しくふたりで立ち尽くしていれば、冷たい夜風が頬を撫でた。ショールを持ってきて、正解だったらしい。肩まで引き上げれば、いくらか寒さはしのげた。ウィルは寒くないのだろうか。
夜風を感じながら子どもの頃を思い返す。夜の森は怖いと思っていた。幹を見ていると、顔が浮かんできたり、木々の間から獣が飛び出して来ないかとか想像してしまうほどだった。
でも、なぜか、今は怖くない。まさか、ウィルがいるからということではないだろうけれど、眺めていられた。
会話が途切れて、長く無言が続く中、ウィルが口を開いたのは、どれほどの時間が経ってからだろう。真剣な雰囲気に、わたしは話を聞かなければと、背筋を伸ばした。
「俺の母親は……森奥深くに住む魔女だった」
思わず、「えっ?」と声を上げそうになった。ウィルが自分の話をすることなんて今までになかったから、驚いた。
しかも、お母さんの話をしてくれるらしい。このまま聞いていていいのかわからなかったけれど、ウィルが話してくれるのなら聞いてみようと思った。
「魔女というのは魔力が備わっていながら、人々から疎まれる存在だ。
父親は名のある家に育った男だが、落ち着きがなかったらしい。よく馬に乗り、森を散策していたようだ。
そんな父がある日、森で遭難し、怪我を負ったところを母が助けた。
父は怪我が癒えた後、母を訪ねに、何度も森に入った。出会った瞬間に、母に惚れていたようだ。
父は交際を断られても諦めなかった。ふたりで過ごすうちに母の方が父に根負けし、やがて、ふたりは夫婦になろうとした。
しかし、父方の祖父は許さなかった。俺が腹の中にいるとわかると、母に産むなと迫った。魔女との子など、家の恥でしかなかったからだ。
だが、父と母は祖父の申し出を拒んだ。祖父は俺を身ごもった母を許さなかった。我が子と母が殺されかねないと恐れた父は、祖父から逃れて、森で小さな家を構えた。そこで母は俺を産んだ」
魔女について語るウィルは、やっぱり感情がない。わたしは下手に相づちを打てずに、話の続きを待つ。
「それがここだ。今は神殿になっているが、元は小さな家があった」
ウィルは手で示してみせた。今は何にもない場所でも、ウィルの瞳には映っているのかもしれない。
「幸せな日々は続かなかった。魔女の行方をかぎつけた奴らは母を殺した。
父は俺を人質にとられ、家に戻らざるをえなくなった。父は祖父の言う通りに正妻を設けた。
だが、父には正妻との間に子ができなかった。その頃から、祖父のなかでも魔女の子である俺でも使い道ができたのだろう。殺されずに済んだ」
使い道だなんて、どうして自分を軽く見るような言い方をするのだろう。わたしは眉間に力を入れたけれど、ウィルは気づかず話を続けた。
「しかし、魔女の力を恐れた祖父は俺に魔法を禁止した。外出も制限された。
不自由だったとしても、俺は本当の母を知らず、のうのうと生きてきた。父の苦悩も知らずにな。祖父が死んだとき、父は俺にすべてを語った。祖父が何をしてきたかを。父は『もう自分は家を守るしかないから、ウィルは自由に生きろ』と言った。
父の言うように家を出た俺は、ここを探しだし、ようやく、あの鏡を見た」
鏡を見たときのウィルはどう感じたのだろうか。幼い自分を抱く母が殺される映像を見て。
「一度見たとき、心臓が切り刻まれたようだった。だが、しばらく経って、鏡のなかの母の顔が忘れられずに何度も見た。俺を見下ろす母の表情は、あたたかかった」
確かに、ウィルのお母さんの表情は優しく、我が子に対しての愛情が伝わってきた。もしかして、あの鏡を清めようとしなかったのは、お母さんの表情が見たかったから。
「子供じみているか……」
そんなことはない。首を勢いよく横に振ると、ウィルが笑ったような気配がした。
「……お前にはわかっていてほしかった」
「えっ?」驚いて顔を上げると、ウィルもこちらを見ていた。見つめ合ったのはたった数秒くらいだったと思う。
「いや、戻るぞ」
「えっ?」なんて思わず声に出してしまったけれど、ちゃんとウィルの言葉は耳に届いていた。「お前にはわかっていてほしかった」と確かに言った。わたしが相手だから、ご両親の話をしてくれたということなのか。だとしたら、何だか胸の辺りがくすぐったい。
「早くしろ」
「は、はい!」
ちゃんとわたしが追いつくまで待っていてくれる背中に、嬉しくて笑みがこぼれた。
ウィルを追ってたどり着いたのは神殿の外だった。ドラゴンになったはずのミアさんの姿は、どこにも見えない。あるのは森を前にしたウィルとわたしだけだ。
大人しくふたりで立ち尽くしていれば、冷たい夜風が頬を撫でた。ショールを持ってきて、正解だったらしい。肩まで引き上げれば、いくらか寒さはしのげた。ウィルは寒くないのだろうか。
夜風を感じながら子どもの頃を思い返す。夜の森は怖いと思っていた。幹を見ていると、顔が浮かんできたり、木々の間から獣が飛び出して来ないかとか想像してしまうほどだった。
でも、なぜか、今は怖くない。まさか、ウィルがいるからということではないだろうけれど、眺めていられた。
会話が途切れて、長く無言が続く中、ウィルが口を開いたのは、どれほどの時間が経ってからだろう。真剣な雰囲気に、わたしは話を聞かなければと、背筋を伸ばした。
「俺の母親は……森奥深くに住む魔女だった」
思わず、「えっ?」と声を上げそうになった。ウィルが自分の話をすることなんて今までになかったから、驚いた。
しかも、お母さんの話をしてくれるらしい。このまま聞いていていいのかわからなかったけれど、ウィルが話してくれるのなら聞いてみようと思った。
「魔女というのは魔力が備わっていながら、人々から疎まれる存在だ。
父親は名のある家に育った男だが、落ち着きがなかったらしい。よく馬に乗り、森を散策していたようだ。
そんな父がある日、森で遭難し、怪我を負ったところを母が助けた。
父は怪我が癒えた後、母を訪ねに、何度も森に入った。出会った瞬間に、母に惚れていたようだ。
父は交際を断られても諦めなかった。ふたりで過ごすうちに母の方が父に根負けし、やがて、ふたりは夫婦になろうとした。
しかし、父方の祖父は許さなかった。俺が腹の中にいるとわかると、母に産むなと迫った。魔女との子など、家の恥でしかなかったからだ。
だが、父と母は祖父の申し出を拒んだ。祖父は俺を身ごもった母を許さなかった。我が子と母が殺されかねないと恐れた父は、祖父から逃れて、森で小さな家を構えた。そこで母は俺を産んだ」
魔女について語るウィルは、やっぱり感情がない。わたしは下手に相づちを打てずに、話の続きを待つ。
「それがここだ。今は神殿になっているが、元は小さな家があった」
ウィルは手で示してみせた。今は何にもない場所でも、ウィルの瞳には映っているのかもしれない。
「幸せな日々は続かなかった。魔女の行方をかぎつけた奴らは母を殺した。
父は俺を人質にとられ、家に戻らざるをえなくなった。父は祖父の言う通りに正妻を設けた。
だが、父には正妻との間に子ができなかった。その頃から、祖父のなかでも魔女の子である俺でも使い道ができたのだろう。殺されずに済んだ」
使い道だなんて、どうして自分を軽く見るような言い方をするのだろう。わたしは眉間に力を入れたけれど、ウィルは気づかず話を続けた。
「しかし、魔女の力を恐れた祖父は俺に魔法を禁止した。外出も制限された。
不自由だったとしても、俺は本当の母を知らず、のうのうと生きてきた。父の苦悩も知らずにな。祖父が死んだとき、父は俺にすべてを語った。祖父が何をしてきたかを。父は『もう自分は家を守るしかないから、ウィルは自由に生きろ』と言った。
父の言うように家を出た俺は、ここを探しだし、ようやく、あの鏡を見た」
鏡を見たときのウィルはどう感じたのだろうか。幼い自分を抱く母が殺される映像を見て。
「一度見たとき、心臓が切り刻まれたようだった。だが、しばらく経って、鏡のなかの母の顔が忘れられずに何度も見た。俺を見下ろす母の表情は、あたたかかった」
確かに、ウィルのお母さんの表情は優しく、我が子に対しての愛情が伝わってきた。もしかして、あの鏡を清めようとしなかったのは、お母さんの表情が見たかったから。
「子供じみているか……」
そんなことはない。首を勢いよく横に振ると、ウィルが笑ったような気配がした。
「……お前にはわかっていてほしかった」
「えっ?」驚いて顔を上げると、ウィルもこちらを見ていた。見つめ合ったのはたった数秒くらいだったと思う。
「いや、戻るぞ」
「えっ?」なんて思わず声に出してしまったけれど、ちゃんとウィルの言葉は耳に届いていた。「お前にはわかっていてほしかった」と確かに言った。わたしが相手だから、ご両親の話をしてくれたということなのか。だとしたら、何だか胸の辺りがくすぐったい。
「早くしろ」
「は、はい!」
ちゃんとわたしが追いつくまで待っていてくれる背中に、嬉しくて笑みがこぼれた。