すべての元凶はあなた
第4話『期待された会話』
ウィルの話は大体、わかった。仮の救いの主として、しばらくの間、ここで活動すればいい。そうすれば、いつかのタイミングで元の世界に帰してもらえる……だそうだ。
話はわかったけれど、何でわたしが選ばれたのだろう。
何の接点もない異世界にまで呼び寄せられた意味は? しかも、名前以外の記憶を無くしてしまうなんて、どういうこと?
呼び寄せた責任をとって、きちんとした説明がほしい。でも、残念だけれど、ウィルがわたしの思いに気づくことはない。
「話は終わりだ。今日は休むがいい」
こちらの返答を期待しない。会話というより言い捨てだ。わたしの横を通ろうとするとき、ウィルはいったん足を止めた。
「言っておくが、逃げようなどとは思わないほうがいい。この神殿は“足”なしでは脱出することもかなわない」
逃げようなんて考えたこともなかった。まず、逃げたところでどうなるかもわからないし。そこまで考えなしの人間に見えたとしたら心外だ。腹が立ってくる。顔を上げたときには、もうウィルは部屋を出ようとしていた。
扉を開けて、顔の見えない誰かとひそひそ話をしている。何を言っているのだろう? 聞こえない。ひそひそ話が終わると、ウィルと入れ代わりに今度は鎧を纏った人が現れた。
騎士を思わせるような鎧を纏っているものの、首から上にある金髪はあまりかみ合っていない気がする。横わけになった前髪はクセひとつない。さらさらと流れる髪の毛がうらやましい。
わたしの髪はクセっ毛で、長く伸ばすとブラシで解かすのに手を焼くのだ。だから、肩ぐらいの長さでキープしている。
自分の頬に触れると、にきびを見つけた。髭の生えていないつるつる肌に嫉妬すら感じていると、鎧の人は自分の胸に手を当てた。何かの仕草らしい。
「わたしはローラントと申します。あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」
返答を期待された会話は、はじめてだった。「わたし……」と言おうとしてやめた。言葉が通じないのだから、余計なものはつけない方がいい。だから、ただシンプルに「絵茉」と告げた。
「エマ……様?」
ちゃんと通じた。ひかえめにうなずくと、ローラントは「エマ様」と呼び直す。「エマ様」なんて全身がくすぐったくなるような響きだ。こんな庶民に敬称をつけるなんて似合わない。でも、ローラントから呼ばれた感じだと、嫌じゃなかった。逆に胸の辺りが光が灯ったように温かくなる。
そして、ローラントにだったら、たとえ言葉が通じなくても、わたしの思いを受け止めてくれる気がした。
「わたし、何でこの世界に来たんですか? 名前以外の記憶を無くしてしまったのはなぜですか? もし元の世界に帰れたとしても、あちらでの記憶が無くなったら、こちらの世界に来たことと変わらなくなっちゃう」
わたしの記憶がどこにあるのか、わからない。その不安を目の前のローラントにぶつける。彼のせいではないのだけれど、高ぶった感情をどう抑えたらいいのか。堪えきれない涙や鼻水が外気に触れて熱を失っていく。体温の伝わらない鎧に頬を押しつけた。
ローラントの体がびくっと跳ねた気がする。わたしの体を離したいのか、両肩に手が置かれる。無理矢理はがされるのが嫌で、固い鎧に腕を回す。わたしの体温のせいか、冷たいはずの鎧が温もりに包まれる。というか、体が熱い。いきなり風邪でもひいたかのように手が汗ばんできた。
「エマ様のお体が!」
あ、なんか、鎧に回した腕が光っている。目の回りが異常に明るい。顔も光っているのだろうか。どんどん光の点滅の間隔が狭くなっていく。強烈な白い光に眩まされたかのように、わたしの意識はそこで途切れた。
ウィルの話は大体、わかった。仮の救いの主として、しばらくの間、ここで活動すればいい。そうすれば、いつかのタイミングで元の世界に帰してもらえる……だそうだ。
話はわかったけれど、何でわたしが選ばれたのだろう。
何の接点もない異世界にまで呼び寄せられた意味は? しかも、名前以外の記憶を無くしてしまうなんて、どういうこと?
呼び寄せた責任をとって、きちんとした説明がほしい。でも、残念だけれど、ウィルがわたしの思いに気づくことはない。
「話は終わりだ。今日は休むがいい」
こちらの返答を期待しない。会話というより言い捨てだ。わたしの横を通ろうとするとき、ウィルはいったん足を止めた。
「言っておくが、逃げようなどとは思わないほうがいい。この神殿は“足”なしでは脱出することもかなわない」
逃げようなんて考えたこともなかった。まず、逃げたところでどうなるかもわからないし。そこまで考えなしの人間に見えたとしたら心外だ。腹が立ってくる。顔を上げたときには、もうウィルは部屋を出ようとしていた。
扉を開けて、顔の見えない誰かとひそひそ話をしている。何を言っているのだろう? 聞こえない。ひそひそ話が終わると、ウィルと入れ代わりに今度は鎧を纏った人が現れた。
騎士を思わせるような鎧を纏っているものの、首から上にある金髪はあまりかみ合っていない気がする。横わけになった前髪はクセひとつない。さらさらと流れる髪の毛がうらやましい。
わたしの髪はクセっ毛で、長く伸ばすとブラシで解かすのに手を焼くのだ。だから、肩ぐらいの長さでキープしている。
自分の頬に触れると、にきびを見つけた。髭の生えていないつるつる肌に嫉妬すら感じていると、鎧の人は自分の胸に手を当てた。何かの仕草らしい。
「わたしはローラントと申します。あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」
返答を期待された会話は、はじめてだった。「わたし……」と言おうとしてやめた。言葉が通じないのだから、余計なものはつけない方がいい。だから、ただシンプルに「絵茉」と告げた。
「エマ……様?」
ちゃんと通じた。ひかえめにうなずくと、ローラントは「エマ様」と呼び直す。「エマ様」なんて全身がくすぐったくなるような響きだ。こんな庶民に敬称をつけるなんて似合わない。でも、ローラントから呼ばれた感じだと、嫌じゃなかった。逆に胸の辺りが光が灯ったように温かくなる。
そして、ローラントにだったら、たとえ言葉が通じなくても、わたしの思いを受け止めてくれる気がした。
「わたし、何でこの世界に来たんですか? 名前以外の記憶を無くしてしまったのはなぜですか? もし元の世界に帰れたとしても、あちらでの記憶が無くなったら、こちらの世界に来たことと変わらなくなっちゃう」
わたしの記憶がどこにあるのか、わからない。その不安を目の前のローラントにぶつける。彼のせいではないのだけれど、高ぶった感情をどう抑えたらいいのか。堪えきれない涙や鼻水が外気に触れて熱を失っていく。体温の伝わらない鎧に頬を押しつけた。
ローラントの体がびくっと跳ねた気がする。わたしの体を離したいのか、両肩に手が置かれる。無理矢理はがされるのが嫌で、固い鎧に腕を回す。わたしの体温のせいか、冷たいはずの鎧が温もりに包まれる。というか、体が熱い。いきなり風邪でもひいたかのように手が汗ばんできた。
「エマ様のお体が!」
あ、なんか、鎧に回した腕が光っている。目の回りが異常に明るい。顔も光っているのだろうか。どんどん光の点滅の間隔が狭くなっていく。強烈な白い光に眩まされたかのように、わたしの意識はそこで途切れた。