すべての元凶はあなた
第39話『突撃』
何なんだ。頭の中から追い出そうとしても、あの無表情は遠慮なくわたしの目の前に現れる。様子がおかしかったからって、いちいち考えるなんてバカみたい。
だけど、本当に、食欲がないみたいだった。フィデールさんにパンを奪われても、にらみつけたり、嫌味を言ってきたりもしなかった。
いつもは何だかんだで、わたしの隣にいてくれた。常に嫌味は言うし、説教はされるし、うっとおしさしかなかった。口うるさいお母さん並みだったけれど、黙ってわたしを置いていっちゃうことなんてなかった。だから、調子が狂って仕方ない。
もし、ウィルがあの鏡のことで気に病んでいるとしたら、わたしも無視はできない。あの鏡を見つけてウィルに思い出させなければ、こうはならなかったのではないかと感じるから。
すべてがわたしのせいだとしたら、本人に会って確かめたい。何ができるかわからないけれど、これでも仮の救い主なのだから、救いになるようなことをしたい。ウィルならきっと、あの鏡のある部屋にいるはずだ。
もう迷ってなんて、いられない。ベッドの上から抜け出した。薄いナイトドレスだけでは肌寒いかもしれない。そう考えて、クローゼットを探ると、服やら小物やらがきちんと揃っていた。ミアさんが荷物を入れておいてくれたらしい。ショールを引っ張り出して体に巻きつける。
ウィルはまだ起きているだろうか。彼に会えたとしても何を言えばいいのかわからない。言葉も相変わらず通じないし。けれど、もう一度、儀式をするかどうか聞いてみるくらいのことはできる。
部屋を出ようと決めたものの、簡単にフィデールさんに見つかりたくなかった。扉の内側から音が聞こえないかなと、耳をすます。とりあえず、何も聞こえない。恐る恐る部屋の扉を開けてみても、通路にフィデールさんの姿はなかった。あのおっさん、仕事をさぼっているらしい。
ローラントに護衛してもらっていたときは、迷惑をかけたくなくて大人しくしていたのだけれど、フィデールさんは別にいいか。
部屋にあった燭台に火を移し、それを手にしながら通路へと出た。通路はどこを見ても薄暗い。
方向音痴ではないはずのわたしでも、神殿の景色は代わり映えしない。同じ場所をぐるぐる巡っているような感覚がする。
昼間の記憶を頼りに通路を折れるけれど、迷ったかもしれない。嫌だな、部屋に戻れるかなと心配になってきた。
心が折れそうになったときに背後から、足音がした。足音が止まる。つまり、わたしの背後に立ち止まったのだ。
「おい」
「ひゃっ」
思わず、声を出してしまった。疲れたような掠れた声が聞き間違えるわけがない。後ろを振り返ってみれば、目の前に明かりを持ったウィルがいた。顎下から明かりを照らすのはやめてほしい。
「どうして?」
「フィデールは何をやっているんだ、まったく」
呆れたようなため息とともに、わたしは体が縮こまった気がした。絶対、説教される。ウィルのことだから、「お前もお前だ。夜中にふらふらと出歩くな、みっともない」くらい言ってくるだろう。なんて身構えたわたしに降ってきたのは、「お前の部屋に行く手間が省けたな」だった。
「えっ?」
「付き合え」
「どこに?」とたずねたところで、ウィルは無視だ。
「早く来い」
ついていかなきゃダメだろうなと、遠い目になる。仕方ない。ウィルだし。
ちょっと自分の口元がゆるんだ気がしながら、勝手に先へ行く、黒い背中を追いかけた。
何なんだ。頭の中から追い出そうとしても、あの無表情は遠慮なくわたしの目の前に現れる。様子がおかしかったからって、いちいち考えるなんてバカみたい。
だけど、本当に、食欲がないみたいだった。フィデールさんにパンを奪われても、にらみつけたり、嫌味を言ってきたりもしなかった。
いつもは何だかんだで、わたしの隣にいてくれた。常に嫌味は言うし、説教はされるし、うっとおしさしかなかった。口うるさいお母さん並みだったけれど、黙ってわたしを置いていっちゃうことなんてなかった。だから、調子が狂って仕方ない。
もし、ウィルがあの鏡のことで気に病んでいるとしたら、わたしも無視はできない。あの鏡を見つけてウィルに思い出させなければ、こうはならなかったのではないかと感じるから。
すべてがわたしのせいだとしたら、本人に会って確かめたい。何ができるかわからないけれど、これでも仮の救い主なのだから、救いになるようなことをしたい。ウィルならきっと、あの鏡のある部屋にいるはずだ。
もう迷ってなんて、いられない。ベッドの上から抜け出した。薄いナイトドレスだけでは肌寒いかもしれない。そう考えて、クローゼットを探ると、服やら小物やらがきちんと揃っていた。ミアさんが荷物を入れておいてくれたらしい。ショールを引っ張り出して体に巻きつける。
ウィルはまだ起きているだろうか。彼に会えたとしても何を言えばいいのかわからない。言葉も相変わらず通じないし。けれど、もう一度、儀式をするかどうか聞いてみるくらいのことはできる。
部屋を出ようと決めたものの、簡単にフィデールさんに見つかりたくなかった。扉の内側から音が聞こえないかなと、耳をすます。とりあえず、何も聞こえない。恐る恐る部屋の扉を開けてみても、通路にフィデールさんの姿はなかった。あのおっさん、仕事をさぼっているらしい。
ローラントに護衛してもらっていたときは、迷惑をかけたくなくて大人しくしていたのだけれど、フィデールさんは別にいいか。
部屋にあった燭台に火を移し、それを手にしながら通路へと出た。通路はどこを見ても薄暗い。
方向音痴ではないはずのわたしでも、神殿の景色は代わり映えしない。同じ場所をぐるぐる巡っているような感覚がする。
昼間の記憶を頼りに通路を折れるけれど、迷ったかもしれない。嫌だな、部屋に戻れるかなと心配になってきた。
心が折れそうになったときに背後から、足音がした。足音が止まる。つまり、わたしの背後に立ち止まったのだ。
「おい」
「ひゃっ」
思わず、声を出してしまった。疲れたような掠れた声が聞き間違えるわけがない。後ろを振り返ってみれば、目の前に明かりを持ったウィルがいた。顎下から明かりを照らすのはやめてほしい。
「どうして?」
「フィデールは何をやっているんだ、まったく」
呆れたようなため息とともに、わたしは体が縮こまった気がした。絶対、説教される。ウィルのことだから、「お前もお前だ。夜中にふらふらと出歩くな、みっともない」くらい言ってくるだろう。なんて身構えたわたしに降ってきたのは、「お前の部屋に行く手間が省けたな」だった。
「えっ?」
「付き合え」
「どこに?」とたずねたところで、ウィルは無視だ。
「早く来い」
ついていかなきゃダメだろうなと、遠い目になる。仕方ない。ウィルだし。
ちょっと自分の口元がゆるんだ気がしながら、勝手に先へ行く、黒い背中を追いかけた。