すべての元凶はあなた

第36話『とどまる魂』

「この鏡は死んだ母の形見だ。お前が見たように、殺されたときの思念が残されている。俺はもう二度と、鏡の映像を見るものかと思い、ここに捨て置いた」

 ウィルは自分の周りで起きたことを淡々と語る。まるで他人事のような語り口で、ウィル本人の過去だとは思えなかった。

 逆にそこに感情が見えないほど、深い傷のように思えた。わたしの方が泣きたくなってしまう。たまらなくて、ウィルの腕を抱きこんだ。

「何だ?」

 何も考えていなかった。同情というのとは違う。ただ寄り添いたかった。

「……お前は怒っていると思っていた」

「えっ?」

「記憶を封じたことだ」

 ああ、それ。鏡の件ですっかり忘れていた。

 ウィルの前で片手で拳を作って、ちゃんと怒っているとアピールをする。それを見たウィルは、「まだ、怒っているのか」と聞いてきた。当たり前だ。簡単に忘れたりしない。忘れそうだったけれど。

「弁明をするつもりはない。すべては俺のせいだ」

 ウィルには誰かに嫌われたくないという気持ちがないのかもしれない。割りきっているというか。

「何でそんなに平気なの? 自分ばっかり悪者じゃない」

 答えは返ってこなかった。なぜか、無表情で「憎むなら憎め」とそんなことを言う。

 言われなくても憎んでいる。そのはずなのに、ウィルの顔に鏡の件がちらついて困る。目に見えていることだけが本当のウィルではない気がする。

 どうすれば、ウィルを励ませるのか。わたしにできることはないのか。

 考えて出した結論は、ウィルに伝わるかどうかはわからなかった。賭けみたいなものだ。腕を使って舞いの触り部分を踊ってみせる。すると、ウィルは「まさか、儀式をするというのか?」と聞いてきた。

 ちゃんと言いたかったことは伝わったらしい。わたしはうなずいた。舞いを踊り魂を鎮めることが、わたしに唯一できることだから。伝わって満足していたのに、ウィルの顔はほとんど変化しない。

「……いや、儀式はしなくていい。この鏡はずっとこのままでいい」

 「どうして」と問う暇もなく、「行くぞ」と言われて仕方なくついていく。けれど、部屋を出る寸前に鏡をちらっと見た。

 本当に、このままにしておいていいのだろうか。お母さんの魂を安らかにしてあげなくていいのか。ウィルの考えに納得できないまま、胸にはモヤモヤしたものが残った。
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Clap