すべての元凶はあなた

第33話『旧神殿』

 荷造りを済ませ、空の上へ。ドラゴンであるミアさんの背中に乗っていると、朝の空気がさらに肌寒く感じた。

 一応、マントを体に巻きつけているとはいえ、寒いものは寒い。背中で感じるウィルの体温も精神的には寒い。馬に乗るときのように手綱を掴んでいるのだけれど、ウィルの胸板が密着している状態なのだ。

 何で抱きしめられないとならないんだ。しかも好きでも何でもない人に。どういう仕打ちだこれはと思う。できるかぎり早く目的地に着いてほしい。

 そんなささやかな願いを受けたドラゴンーーミアさんは、岩の間を器用に抜け、広大な森を見下ろす。鳥が一斉に同じ方向に飛び去っていく。

「すっごい」

 元の世界だって空を飛ぶ機会は少なかったはずだ。おそらくアクティブな方じゃなかったから、パラグライダーの類いはやったことがないと思う。つぎはぎだらけのわたしの記憶なんて当てにならないけれど、きっとそうだ。

「あまり動くな」

 身を乗り出して森を眺めていたら、腰に回った腕が強められた。あんまり強くすると、腹回りのぽっちゃり感が気になってしまう。

 仕方ないのだ。救い主は舞う必要もないため、あまり運動していないし、最近ではミアさんが甘いお菓子をくれるから、太り放題だった。だから、必要以上に密着しないでほしい。当然、「太ったか?」は禁句である。ちゃんと自覚はあるんだから。

「手間をかけさせるな。落とすぞ」

 ウィルはそう言ったものの、わたしを支える腕は言葉とは裏腹に、緩められたりしない。ちゃんと隙間なく、抱き留めてくれている。だからって、尊敬しようとは思わない。

 森を切り開いたような空間に降ろされたわたしの目の前には神殿が建っていた。森の真っ只中に神殿が建っているなんて、神秘的だ。建物を支えるいくつもの柱は、わたしがいたところの神殿に似ている。ただ、もう少しこちらの方がヒビはあるし、色もくすんでいるし、古びていた。

「以前、使っていた神殿だ。だが、手狭になってな。今の場所に移った」

 そうか。だから、一回りも小さい感じなのか。ミアさんの体は光のなかで元通りになって、わたしの斜め後ろに立った。神殿の中に入らないのかなと思っていたら、閉ざされた扉が勝手に開く。

「よく来たな」

 そんな声とともに現れたのは鎧に身を包んだ男の人だった。ただ、なぜか、剣の刃を鞘に収めることなく、むき出しにしている。長い黒髪を適当に後ろに結んでいるものの、髭は生えているし、ローラントとは真逆だ。清潔感がまるでない。

「相変わらずだな、フィデール。救い主を迎えるというのに、マントもろくに揃えていない、身なりもひどい。剣をしまえ」

 こればかりはウィルの意見に賛成だった。仮だとしてもわたしは救い主なので、形式的には大事だと思う。剣なんて物騒なものを見せられても困る。それを聞いてようやくフィデールさんは剣を鞘に収めた。ひとまず安心である。

「仕方ねえだろ。こっちはひとりで適当にやってたのに、いきなり、小娘の面倒見ろっていうんだから。だったら、世話係のひとりでも置いていけ」

 フィデールさんはミアさんをちらっと見た。本当に一瞬で気のせいかと思うくらい。

「フィデール。お前がなぜ、ここに飛ばされたか、忘れたわけではないだろう」

「ああ、ちょっとばかり、な」

「ちょっとばかりですって? あなたは女の敵です」

 ミアさんが珍しく厳しい声で言った。

「お前は竜だろ」

「でも、わたくしの同僚たちを手当たり次第に口説いて最低です」

「お前はそれに入っていないが、な」

「ええ、そうでしたね!」ミアさんが声を荒げる。

「喧嘩はそれくらいにしろ。フィデール、話したいことがある」

 ウィルの言葉で喧嘩は止まった。ミアさんは「喧嘩なんて」と呟いていたけれど、ウィルはお構い無しだった。フィデールさんの目がいくらか真剣なものに変わる。「そうか、わかった」なんて渋い声で応えて、大きな背中をわたしたちに向けたとき、

「……ああ、そうだった。救い主様、ようこそ、我が城へ」

 フィデールさんのおざなりな出迎えで、こちらの神殿生活がスタートした……らしい。

「それから、いい加減、お前は服を着ろ」

 言われたミアさんはあまり理解できなかったようで、首を傾げた。確かに裸のままだった。そこだけはフィデールさんの意見に賛成できた。
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