すべての元凶はあなた

第31話『久しぶり』

 お見舞いを済ませた後、力尽きたわたしは寝室のベッドに倒れこんだ。朝、ベッドの上で目覚めてから、長い1日だった。いい1日になりそうだなんて思っていたのに、ふたを開けてみれば嫌な1日に変わってしまった。

 色んなできごとが起きて、いちいち整理する暇すらなかった。ようやくローラントのこと、ミアさんのことを考えることができる。

 ローラントは落ちこんでいた。笑顔を浮かべていても目は悲しそうだった。

 わたしが連れていかれそうになったことを、自分のせいだと思っているのだろう。だから、「強くなければ」と呟いたのだと思う。

 わたしとすれば、今のままでも十分だった。これまで安心して眠れたのもローラントのおかげだし、何度もあの笑顔に救われていた。そう言ってあげられれば良かったのだけれど、わたしは愛想笑いをするしかなかった。

 それと、ミアさんがドラゴンだったのには驚いた。だけど、姿形が変わっているだけで、中身はミアさんのままだった。

 つり上がったドラゴンの目を見つめていると、不思議と包まれている気分になった。まあまあ柔らかい腹部に体を預けていると、安心感があった。

 今まで通りに接したい。たまには、背中に乗せてもらえたら嬉しい。そんなことを思ったら、迷惑だろうか。

 体も頭も疲れた。このまま寝てしまおう。寝てしまえば、嫌なことも薄まるだろうから。布団をマントのようにしてうつ伏せになる。

 ろうそくの明かりを消したとき、背中が重くなった。誰かにのしかかられている? 誰かって誰? 明かりを消す前、わたししかいなかったはずだ。この重みの正体は……。

「久しぶりだね」

「せ、聖霊くん」

 正体がわかればなんてことはなかった。重みが移動したところで、ろうそくの明かりを取り戻そうとしたけれど、マッチが見つからない。

「明かりはいらないよ。僕には姿形なんてないようなものだし。だから、このままで構わないよ」

「そ、そう」

「うん」

 自分が発した言葉が返ってくるのは久しぶりだ。とりあえず何となく正座して、声と向かい合う。かなり勘だけれど、聖霊くんはこちらを見ている気がした。

「今日はどうしたの?」

「何か思い出したよね?」

 聖霊くんには何もかもお見通しだった。隠す必要もない。

「お兄ちゃんのことを思い出したよ」

「へえ、きみにお兄ちゃんがいたんだ」

「うん。お兄ちゃんがいた。お父さんとお母さんが働いていたから、お兄ちゃんが保護者みたいな感じだったみたい。本当に心配かけた。今も元の世界でわたしのことを待っているのかもしれない」

 そう思ったら、元の世界に帰りたい気持ちが出てきた。

「帰りたい?」

「そりゃあ、帰りたいよ」

 会いたい人もできたし。

「帰る場所、あるの?」

「わからない」

「待っている人はいるの?」

 いるとは思う。お父さんとお母さんもお兄ちゃんもわたしを待っていてくれる。だから「帰りたい」。

「大丈夫。きみがすべての記憶を取り戻したとき、元の世界に帰れる」

「そうなの?」

「うん。だから、それまではちゃんと睡眠とって、ご飯食べて、元気でいるんだよ」

「聖霊くんってお母さんみたい」

 聖霊くんが押し黙る。少しの間黙った後、「よく言われる」と笑い混じりの声が返ってきた。

 まるで、聖霊くんが人間のように見えて変だった。どういう意味なのかとたずねようとしたら、聖霊くんの気配は消えた。本当に気まぐれに現れていなくなる。聖霊くんのおかげだかはわからないけれど、その夜の寝つきは良かった。
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